妹編
妹と出会う・表
太陽がやけに突き刺す日曜日。
相変わらず机と椅子が馬鹿みたいに並べられている。こんなに使わないだろう。
その中で俺は椅子に座っている。目の前にいる恋愛探偵は饒舌に、いや仕方が無く語り出す。お呼びで無いと言わんばかりだが、それが許される段階ではない。お前も俺も来る所まで来たんだ。最後までいかねえと。
「淫魔というのは文字通り淫乱な魔性だ。悪魔ではない。性に奔放である事は決して恥ずべき事でない。日本が慎ましいなんて言われる様になったのは近代だ。それより昔は性交渉そのものが推奨されていた。まあ当然だ。娯楽そのものが少ない時代において文字通り体一つで遊べる娯楽は性交渉だろう。それを否定する人間はいないだろうさ」
「それが、ゆると関係あるんですか?」
「あるさ。彼女の体を見て君は欲情しないのかい?私は女だから分からないが小柄、大きな胸、如何にも男受けするような小動物の様な顔立ち、そして庇護を望む乙女を思わせる雰囲気。男ならと思うだろうさ」
恋愛探偵の背後に立つゆるを見る。確かに出鱈目に可愛いし、欲の形をしている。だが、そんな体型の人間なんて。
「ああ、ごまんといるさ。だがね、私は君達を調べ尽くした。だから分かる。南足ゆるという少女は君に出会ってから可愛くなった。まるで君という存在に貪られる為に実り続けた歪な果実だ」
「もー、恋愛探偵。褒めないでよ。この体、肉片一つ全てお兄ちゃんの物なんだから」
ゆるは笑う。それは魔性の顔。男を騙し、骨抜きにするだろうその色気が俺に浴びせられる。下腹部が満たされる。お腹に何かが溜まっている。
「だが、このゆるという女の完成にはあるパーツが必要だ。さて、ではこの魔性はどうして生まれたのか。それは君の出生に遡る。さあ、過去への旅路だ」
恋愛探偵はいつもの様に手を叩いた。ん?いつも手を叩いてたか?いや初めてそれを認識したのに、何故か何度も見た記憶が・・・
「へえ、恋愛探偵。あなたってこんな事をしてたのね。退行催眠なんてどこで覚えたの?」
「探偵だからね。色々あったんだよ」
俺は意識が昏倒する。椅子から落ちそうになると鳩が俺を支える。ありがとうと言おうと思うが呂律が回らない。口をはごはごすると鳩は俺の口に口をぶつける。キスなんかじゃない。まるで俺の中に注ぎ込むように舌を入れ続ける。俺はまた満たされる。
―――
俺が生まれた場所は覚えていない。俺は父親と母親の顔を知らない。自意識が目覚めたのは小さな孤児院だった。 鬱蒼とした森の中、そこに立っている一軒の建物だった。様式なんて分からない。だがテントウムシのサンバで出てくるような形である。そこがどこかなんて分からないし、分からない事を思い出す事なんて出来ない。だが、俺はその頃から女の子にモテていた。
それは好ましい事なんかじゃない。一方的に襲われる様に愛情をぶつけられ、歳の近い同性からは暴力を振われる。何故?どうして?疑問に思う事も出来なかった。
キス。殴られる。ハグ。蹴られる。服を脱ぐ。頭を叩きつけられる。俺に跨る。俺に跨る。中に入る。中に入る。
痛みと快楽。それが永遠と繰り返される。孤児院ではそれが続いた。全身に青あざができ続け、身体中にキスマークが付いて、女の匂いが取れなくなった頃、俺は南足という男に引き取られる事になる。
―――
「この子は・・・何でこんなに怪我を?」
「説明しづらいのですが、生まれた星の元としか」
俺は孤児院の院長室にいた。真っ白な壁と真っ白なタイル。幾つか木製の家具が置かれているが、どれも寄付で貰ったものばかり。そのせいかバランスが悪い。まあ、それは俺も同じだが。
俺は眼帯をつけて、手にギブスを付けている。眼球の方は同性に、腕の方は異性にやられた。好意は一周回ると悪意に変わる。10でようやく理解した。
俺の隣にいる院長は人の良さそうな顔をしている。白衣は少し汚れているがよく似合っている。無精髭を生やしているが特に不潔さは感じない。60そこらだろう。この人は何一つ問題を解決する能力はない。俺の境遇を理解せず、男女混合の部屋に閉じ込めたのがいい証拠だろう。
そして目の前にいる南足を名乗る男も善良な雰囲気である。裕福な雰囲気を醸し出しており、それは服からも分かる。一見して高価なスーツと分かる。光沢や装飾に品がりバランスが良い。高価な物は整っているのだ。
「郭公近友。中々面白い名前ですね。この子の父親は?」
「ええ、それが。所謂遊び人で。どこにいるかも」
「そうですか。ですが、この子はこのままここにいたら死んでしまいます。それは分かるでしょ?院長?」
「はあ」
要領を得ない。この院長に何かを決断する事なんて生涯出来ない。俺は助けを求めるように祈る様に口を開く。
「た、助けて下さい。俺はまだ死にたくないです」
南足と名乗った男と目が合う。同性から向けられる同情と哀れみの目。悪くない。俺をこの場所から助けてくれ。その男は頷く。
「この子は私が引き取ります」
男は俺の体を持ち上げる。そして隣のソファーに座らせる。メガネを掛けた、本当に善良な顔をしている。
「こんにちわ、これから君は南足近友だ。私の名前は南足浩太だ。君のお義父さんになるんだ、よろしくね」
これが俺と父の出会いだった。
――—
「感動的だな。だが君はその頃から女と交わっていたのか。全く大した女好きだ。いや、この頃は君の顔の形がまだ整っていたらしいからね。そりゃ気が狂う程モテるだろうさ」
恋愛探偵はあごで指示を出す。先輩が卓上の資料から写真を出す。そこには俺の幼少期が映っている。先輩はいやらしい笑みを浮かべている。股に手を当てている。品がない。
「かかか可愛すぎるねえ」
写真には俺がいる。確かに滅茶苦茶可愛い。贔屓目に見ても可愛い。
「森羅さん、それを彼に。これが君だ。美少年すぎるねえ。まあ、これが維持出来たのは孤児院にいた最初だけだ。君の顔は同性からの暴力と異性からの愛で怪我と修復を繰り返して今の凡庸な顔になったんだ。輪郭が変わる程、憎まれて愛されるなんて想像できないよ」
「そうですか、確かに可愛らしいですね。ですが、俺は・・・」
―――
俺が初めにやってきた南足家はマンションだった。かなり高いビル。その上層階である。
扉を開けるとまず天井と高さに驚く。机も椅子も長い。まるで夢の家である。窓が巨大で光を大量に取り入れられる。そこから見える風景は下にいる人間と自分が別の存在と錯覚させるには十分である。だが、気になる事もある。俺が拾われたのは一週間前である。
にも拘わらず家具のどれもにも子供様の加工がされている。つまり俺の前に子供がいる。ならなんで血も繋がらない俺を?
「ゆる、出ておいで。一応お兄ちゃんになるのかな?ほら、挨拶しなさい」
この家は扉から通路を抜けて今いるリビングという構造である。そして、通路の横には扉がありそれは別の部屋に繋がっているのだろう。その扉の一つが開く。
唸り声。まるで怪物。
通路から何かが近づいてくる。二足歩行ではない足音。そして、それが俺に飛びかかってくる。俺の首を掴み、そのまま締め付ける。それは荒れた髪、歯を剥き出しにした顔、見開いた目、顔は可愛らしい事は分かるがそれが破綻する程、酷い表情をしている。
「ゆる!辞めなさい!ゆる!!全く、どうしてこんなになった」
止めろよ。俺は贄か?だが止めもせず、俺は激しく後頭部を床に叩きつけられる。鼻血が垂れる。意識が飛んで・・・
―――
今に戻った。鳩が俺の体を弄っている。舌の方に手を伸ばしかけていたので掴むと口を膨らませている。なにやってんだ。
恋愛探偵はあきれながら話を進める。
「贄だったんだろうね。南足浩太は森羅とも関係を持つ下請建設会社を経営していたのさ。恨みを買いやすい。何らかの祟りを踏んだんだろうね。建築なんてのはそんなオカルトを気にしていては仕事にならないからね。だが、このゆるはそれに取り憑かれたんだねえ。この頃は取りついていたのは淫魔とも呼べない原始的な憑物さ」
恋愛探偵は嬉々として語る。全く冗談じゃない。それに目が痛い。日差しが顔に当たる。口周りだべっとりとしている。先輩が来て俺の口を拭くが既に目が不純に満ちている。体に力が入らない。先輩はそれに気づいて、俺の口に指を入れる。
どいつもこいつもおかしい。まともなのは俺だけだ。
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