先輩の祖父と出会う・表

 日常が虚ろであり、日々変わらない生活。怠惰で満たされた甘い花のように時間。それの理由を知りたい。そんな些細な疑問は解けば解くほど最悪の末路に向かっている。氷の上を歩ている気分である。その底には名状しがたい何かがある。


 俺はそれを知る為に恋愛探偵に相談したのだ。


 過去と今を行きする奇妙な冒険。それはさらに深く、先輩の美しき崩壊まで辿り着く。


―――


「ほら、ちゃんとスーツを着るんだ。お祖父様は礼節を大事にする。君が如何に一般人であろうとちゃんとしていれば怒号を飛ばす人では無い」


 先輩にネクタイを締められている。足場に乗って、俺に顔を近づける真剣な雰囲気がで少しどきどきする。

 

「きついです」


「辛抱だよ」


 俺は先輩の部屋にいた。豪華絢爛、西洋式の家具が所狭し並べられている。だがその大半は成金的であり、兎に角ブランド品という品のなさがある。だが、その中にある先輩が選んだであろう勉強机や椅子は色味が良くセンスがある。


 先輩が来ているのも同じ様に黒のスーツである。レディースではあるが彼女の丈に合わせたオーダーメイドであろう。ネクタイや腕時計全てが彼女の肌色と髪質、顔立ちに合わさっている。


 芸術品。完成した陶器人形に見える。


「惚れ直した?でも遅いよ。私の逆鱗に触れたんだ。君は私が飽きるまで飼い殺してあげる。覚悟しててね」


「いつだって俺は先輩が大好きですよ」


「・・・いいさ。私は君を支配する。これで終わりだ」


 先輩に嫌われてしまった。


 先輩に連れられて長い廊下を歩く。森羅邸はこの街の中心に建てられている。本来一等地であるその場所には市役所や県庁が建てられる。もしくは商業施設や交通網の中心もなるはずである。だがそうはならなかった。

 森羅幸三は陰湿な老人である。だが賢かった。その邪悪な天才は人の弱みを嗅ぎ取り確実に脅せる準備をして近づく。そうやって増やした脅迫内容が合わさって、森羅を中心として街が再開発されたのだ。

 

 意図的に古い街並み。それは森羅が関与しない場所はこうなる事を示している。俺が住む街は見せしめなのである。


「お祖父様を今日の為に呼んだの。時間は限られている。だから、私に従いなさい。分かった?」


「ええ、分かりました」


 俺は首元を少しだけ触り、言われた事を守ろうと緩めず先輩についていく。すると少しだけ歩幅を緩める。


「ねえ、あなたはこれから自分を監禁するかもしれない取引に行ってるのよ。なんでそんなに堂々としていられの?」


 先輩は俺の隣で首を傾げる。心底不思議で仕方がないみたいな顔だった。そうか先輩にはまだ言っていなかった。知っているのはゆるだけだからな。鳩にも言ってない秘密。ここまで迷惑かけたのだ。少しくらいはいいだろう。


「そうですね。それは


―――


 記憶の断絶。俺の意識は強制的に今に戻る。そして再度過去に戻る。


―――


「そうですね。それは


―――


 ここから思い出せない。俺は何を言ったんだ?


―――


 だからですよ」


 先輩は驚いた顔をしている。信じられないそんな顔だろう。だが事実なのだ。これのお陰で俺はどんな時だって動じずに生きていられる。俺が生涯抱える言っても信じて貰えない俺の秘密。


「そんな事を信じろと?荒唐無稽でありえない話を?恋愛探偵じゃあるまいし、私はオカルトを分析したりはしない。だが、そんな事・・・森羅の力を使って調べよう。もしそれが本当なら」


「情報の扱いはお任せします。信じてますからね」


 先輩は少し悩んで何かに辿り着いた顔をする。だがそれより先に森羅幸三の部屋に付く。全ては賢覧解決の後である。


 扉が開かれる。


 森羅幸三は部屋に出来た日向にいた。無駄に巨大な部屋。壁一面に出来たガラス窓。ただこういう事が出来る事を伝える為だけの部屋。幸三が座る椅子も兎に角豪華に作られている。純金と宝石で作られた歴史の無い一品。だが、座る部分はクッションがある。調和などは考えない。


 そしてそこに座る老人は恐ろしく老いている。着ているのは高価な紫の着物。目は開かない、しわくちゃの顔、よぼよぼの手足。だが、言葉だけははっきりとしている。脳味噌と声帯だけに力を入れている様である。


「良く来た!私の孫であるまほろの彼氏を一目見るまでは死ぬに死ねない!」


「もうお祖父様ったら!」


 老人の声帯から出ているとは思えない力が入った声。頭が混乱する。


「お祖父様。この人が私の彼氏、南足近友。一つ下の後輩だけど・・・」

 

 先輩が説明するより先に祖父は俺を一睨みする。まるで俺を化け物の様な目で見る。離れているが分かる。嫌悪、悪意、吐き気。幸三は立ち上がり近づいてくる。俺そうな足で。ゆっくりとだが確実に。


「お祖父様?」


 先輩の不安な声。だが、幸三は彼女を見る。皺の中にある目を見開いて、孫をなじる。


「馬鹿が、こんなこんな物を連れて来て!貴様が気に入る男なら多少増しかと思ったが、娘の時もそうだ。全くだから恋愛結婚などさせれんのだ。儂の国を、儂の城を、壊すつもりか、この馬鹿孫が!」


 先輩を突き飛ばす。初めて見たのだろう。何も言わず震えている。老人は俺の首元を掴む。そして胸元に隠していた拳銃を取り出す。森羅の当主ならこの程度用意できて当然だろう。


 俺の額に押し当て、引き金に指を掛ける。


「ここで殺す。死体は儂が処理してやる。馬鹿娘と同じ様に男をあてがってやる。こんな物は殺さにゃいかん!!」


「おおじい様、おおおやめ」


「黙れ!!」


「いいいいい」


 口が回らない先輩。泣きながら頭を掻きむしっている。髪に血がついている。うううとうなりながら頭を地面に叩き付けている。理解の範疇を超えてしまったのだろう。


「森羅幸三さん、銃を収めて下さい。私は争いに来た訳ではないです」


「だまれ!化生!貴様は人の皮を被った悪魔だ!!儂は人を見る目だけでここまで来た!晩年、老いても尚、目は曇らぬ。貴様は化生だ!女を喰う!」


「幸三さん、俺は望まれなければ何もしませんよ」


 幸三は俺の顔をよく見る。人を見て人を知る。俺が嘘を付いていな事などすぐにでも分かるのだろう。少しは話を聞いてくれるだろう。

 

「・・・なに?」


「俺は誰も意図的に苦しめた事なんて一つもありません」


「声を聞かせろ。目を見せろ」


 幸三は手を叩く。どこからともなく黒服が現れ、金の椅子を幸三の後ろまで持ってくる。それに座り、老人は煙草を持ってこさせる。珍しいだけ酷くまずそうなそれに火をつけさせる。そして、先輩を何処かに連れていく。自室だろう。


 静かになった部屋。落ち着いたのか周囲を確認出来る。壁の模様は赤と黒、それの混ざり合い。そこに影がさして人がいても気にならないのである。よく出来ている。


「お前、名は南足と言ったな。不吉の予兆。だが、その顔に悪相はない。あるのは単に悪運だ。女難が浮かんでおる」


「そうですか?」


 幸三は俺の手を触る。手相を見ている様である。人を騙す事が仕事なのだ。占いだって出来るだろう。


「それにお前は人を人として見ておらぬ。まるで性玩具の様に思っているな。全くどうしようもない悪童だな。儂ですら身内に情がある」


「俺にも妹がいます」


「血が繋がっていないな。嘘を言うな。全く、あの孫は・・・あの子をお前が誑したのか?」


 俺は口を紡ぐ。分からない。先輩は最初、俺を嫌っていた。俺からアプローチをかけた事など人生で一度しかない。それは少なくとも彼女じゃない。


 この人に嘘は言えない。言った所でばれるだろう。正直に真実だけを離し続けないといけない。


「いえ、俺は何もしていません」


「そうか、あの子はあの子がお前を選んだのか。あの子は可愛い孫なんだ。儂の全てをやりたい。娘は馬鹿でな、好きな男と駆け落ちした。それであの子を捨ててな。まあ、二人ともこの世にはおらんがな」


「あなたが?」


「・・・年寄りに墓下の話を聞くな。礼節を大事にしろとあの子に言われなかったのか?」


「申し訳ありません」


 俺は頭を下げる。老人は酷く老いて、年相応の死に掛けた言葉を投げかける。


「あの子を幸せにしてやってくれ」


「それを望まれるなら」


―――


 過去からいまへ、いまから過去へ


―――

 

 幸三と交渉し、先輩の相続は正式に終わった。森羅幸三はこれから一年使って全て彼女が管理する資産管理会社に移していくという、そして最後に自分の死ぬ瞬間を孫に看取って欲しいと言われた。それをなぜ俺にとは思ったが、自分の口からは言いにくいのだろう。彼もまた人なのだ。


 そして俺は生涯、森羅まほろの近くにいて彼女を支える事を誓った。彼女が望むことをする。幸三にとっては妥協案だろう。


 俺は先輩の部屋に戻る。全て終わった。万事解決である。少し首元を緩める。スーツを脱いでシャツになる。体を伸ばして廊下を歩き先輩の部屋に戻って来る。


 扉を開ける。


 部屋には先輩がいた。だが、服は脱ぎ捨てられ土下座している。頭を地面に叩き付けすぎて血が流れている。白い体、白い髪、赤い血。細かく震えている。


「わ、わわわ私は、ごごごみだ。かあああああすだ。君をまあああもるって言ったのに。ああああああ、あやうくここころしかけた」


 先輩はこちらを向く。血が額から流れてそれがつたっている。絶望、無力感、歯ががちがちとぶつかっている。そこには気丈で誇り高く常に威厳を持った支配者はいなかった。

 無力な少女がそこにいた。


「ゆるしてくれ、、、君をこここころしかけた。わたああしのせいで・・・ああああ」


「先輩、大丈夫です。お祖父様に許して貰いました。大丈夫ですよ。遺産もそうですし、俺の事も大丈夫です」


 俺は先輩に近づいて額の血をポケットに入っていたハンカチで拭く。すると先輩は恍惚とした、奴隷が支配者に対して見せる媚びた表情になる。先輩は俺に抱き着こうとするが、恐れ多いように震えている。先輩の尊厳は完全に崩壊していた。


 祈るように手を握り、拝むように俺を見る。口元には曲がった笑顔。何故だろう。妙に綺麗に思える。


「あああああありがとうございます。どうか、どどうか私に抱擁のけけけんりをいただければ」


「ええ、先輩が望むなら」


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 先輩は俺に抱き着く。その顔は付けていた化粧が溶けて、血にまみれて、唾液と涙を垂れ流して、まるで顔が無くなった様に・・・


―――


 「それから君は森羅まほろを崩してあんな様にする。酷いよ。彼女は本当に、私の友人だったんだ」


 恋愛探偵は憎しみを込めて俺を見つめる。いつの間にか手にはマイクが握られている。歌うためではないだろう、鈍器として使いやすい形をしている。きっとここからは彼女は俺の味方ではない。


 ふと外を見る。まだ夜である。永遠と続くような・・・






















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