先輩の偽装彼氏になる・表
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とある日の放課後。夏と秋の合間、心地よい天気が続いている。日もまだ高い昼までありこれから向かう場所は込んでいるだろう。まあ、それが望みらしいが。
俺は先輩に連れられて大型ショッピングモールに来ていた。この街において大型建造物には森羅の息が掛かっている。高い天井、並べられた衣服達、どれもこれもあまり興味無いが先輩は物珍しそうに見ている。テナントとして認識はしていたが客となってこうやって見るの初めてなのかもしれない。
着ているのは白いワンピースに小振りの黒い帽子。手を組んで歩いている。靴も新調したのか真新しい。透明感のある肌も合わさってまるで真夏の蜃気楼に見える。そんな先輩は俺の方を見る。
にぱっと笑う。無邪気さが徐々に溢れている。
「どうだい?似合うか?」
「似合ってますよ」
「そうだろ!」
先輩はふふと笑う。少し頬を赤らめながらまるで恋する乙女の様に。彩り豊かな店店を見ながら、周囲の視線を感じながら、俺はまた先輩に・・・
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「失望したのかい?君は森羅まほろを尊敬していた。理知的で高圧的で支配的な彼女が好きだった。だけど森羅まほろは君に恋をした。恋は盲目なんて言葉があるがまさしくその通りだと思う。何も見えない。君しか見えない。だから君を見ていなかった」
意識を無理矢理戻される。恋愛探偵は自由である。
「言葉遊びですね。俺は別に失望なんかしてないです」
「そうかな?君は間違いなく落胆している様に見えるよ」
そんな事はない。でも確かに彼女は可愛くて無邪気で子供っぽくて、そんな風になった彼女を見て、元に戻って欲しいと思わなかったかと言われれば嘘になる。でも、それは変化を拒絶する事になるし、なによりそんな事・・・
夢現・・・また記憶の彼方。
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先輩とこうやって歩き回っているのは、先輩との関係性を周囲に知らしめる為である。偽装彼氏として必要なのは周囲の証言である。まず外堀から固めるってのが先輩の理論だった。実際、それは成功しているらしく、あまり見なくなった同級生とも顔を会わせた。
先輩は学校の人間と出会う度、引っ付いて少しでもカップルである事をアピールする。だが、その大半が手を繋ぐとか近づくとか子供じみた物ばかりだった。それも恥ずかしいのか顔はずっと赤らめていた。
そんな風に練り歩いているとお腹も減ってくる。
俺達は二階のにあるフードコートに向かった。中にあるのはそこまで目新しくない。バランス良く味がばらけている。売り上げが偏らない様になっているのだろう。
席は少し汚れているので先輩の服の為に布巾を使って軽く清掃した。そんな事をするなと裾を掴まれたが俺は案外綺麗好きらしく汚れ1つなくなるまでやった。そんな完成した席に先輩は座る。
そんな中で彼女が食べるのはハンバーガーである。お嬢様は下々の食事に興味があるのは相場だが、彼女はそう言った事はない。むしろ嬉々として食べていた。
「新作だぞ。うまい、うまい」
「ほら、垂れてますよ」
俺が持っていたテッシュで先輩の口元を拭く。彼女は照れて、そのまま恥ずかしさを隠す様にハンバーガーを貪る。
俺はそれを見て・・・
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「欠伸でもしたのか?気に入った女が退屈な女になって」
「うるさいですよ」
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ショッピングモールは三階まであり、その上にはちょっとしたテラスがある。少し寂れた空間、古い筐体しか無いゲームセンター、雨にさらされボロボロの机と椅子、ビアガーデンに使われる机が倉庫からはみ出している。
その中にある古くて緑色の椅子に二人で座る。
彼女が望めばそこに人気は無くなる。本来なら見て貰うべきだが、彼女の中で目的が変わっていた。
あくまで見せる為だったのに先輩はもう自分の顔を他に人に見て欲しくない様に見えた。
少し濡れた瞳、白い肌に赤い唇。先輩と俺だけだ。
周囲には風はなく、夕暮れが心地良い。遠くには無数の建築物。家の方角は高層建築のせいで見渡しが悪い。ビルに囲まれた街である。まるで檻である。
指を絡めて来る先輩。少しずつ、顔を近づける。俺は動かず、先輩のしたい事をさせる。先輩はやり方が分からないのか頬にキスをする。
「それで・・・」
だが物足りないのか俺の膝に座る。そして抱きしめながら唇を合わせてくる。歯が当たる。だが、強く抱きしめて少しでも距離を無くそうとする。
「ん」
俺もゆっくりと抱きしめる。先輩は落ち着いた様である。口の中いっぱいにソースの味がする。色気もクソもあった物では無い。
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「随分と不感動だね。まあ、キスも行為も慣れっこだろうだからね。不感症にもなるだろうさ」
「なんで、過去に浸らせてくれないんですか?少し言葉が多すぎますよ」
いつもなら上手い事合いの手を入れるのに妙に下手くそである。恋愛探偵は腕を組んで少し寂しい顔をする。懐かしんでいる様にも見えた。
「いや、森羅まほろは正気だった頃に少しだけ話た事があるんだ。理知的で恐ろしい人だった。私は友人の様に思っていたんだ。相手はそうは思ってないけど、こちらとしては知り合いの崩壊を聞かされたら挟みたくなるさ」
あんまりな話だ。俺が一体。
「俺が何をしたって言うんですか?」
「何もしてないんだろ?」
―――
黄昏、少し日の光が目に入り、顔が曇る。それを見て先輩は自分の事を嫌がったのかと聞いてくる。そんな事は無いと頭を撫でると直ぐに落ち着く。
先輩は不器用に俺に好意を伝えようとする。立場が地位が不経験がそれを拒み続ける。それでも縋る様に懇願する様な態度は無意識に出ている。森羅まほろは弱い人なのだ。
「こうやって一緒に話しているとさ、本当の恋人に見えるかもな」
「そうですね。その為に一緒にいるんでしょ?」
「そうなんだけどな。なあ、君は私を・・・どう思っているんだ?」
「大事な先輩です」
淡白に言ってしまう。だが大事なのは本当なのだ。
「いけずだね。それはあんまりだ。私は君が・・・いやだめだ。貸しも借りも作りたくない。君とは対等でありたいんだ」
先輩は少し凛とした顔になる。だが口周りには少し濡れていて、目には恋の色が入っている。息は濃く強い。その気持ちは痛い程伝わってしまう。森羅まほろとはこんな不器用な人なのか。
俺は先輩を愛しく思ってしまう。これが恋なのか?いやそれよりはお腹の底から出てくるこの気持ちは?
―――
「過去の君も分かっていたんだ。だが、君はそれを受け入れ無かった。その理由は簡単だ。君はね、森羅まほろが好きになっていた。だけど君の好きは歪なんだよ。好意なんてものじゃない。むしろ悪意に近い。彼女は・・・恋に無垢だからね。それに気付いて無かった。趣味で人を壊しても、恋で壊されるなんて思いもしなかったんだろうね」
「俺は誰だって・・・」
「誰だって好きみたいなくっだらない事を言うなよ。そりゃ残酷物語だな」
酷い言われようだ。だけど俺は確かに先輩を気に入っていた。それがどんな風に好きかなんて考えた事は無かった。俺にとって異性との恋愛は全てを受け止める事しかしてこなかった。
それが正しいと思っていた。
「先輩はね、その間も必死に君に好意を見せた。そしてそれは徐々にそれが羽化する。ぬっぺっぽう、のっぺらぼうに取り憑かれたんだろうね」
「また妖怪ですか。懲りませんね」
「懲りないね。探偵はいつだってリベンジマッチを望んでいるのさ」
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