先輩に罵倒される・裏

 カラオケルームに流れるのは最新曲のPV。そこにはゆるが映っている。読者モデルとしての一面はあくまで世間体であり、本来の彼女は歌って踊れるネットアイドルである。こちらが有名になってモデルになったのだ。まあ順序が逆と言える。


 それに彼女の魔性は画面越しでも変わらない。まるですぐそこにいるようである。


 そんな中で恋愛探偵は当たり前の様に犯罪行為を話している。腕を組みながら顎を触る。顔を弄るのが癖なのだろう。


「監禁ですか、只事ではないですね」


 俺の疑問は最もだろう。それにそんな事をされた記憶は無い。まあ、物覚えが良くないので忘れていると言われたらそれまでだが、流石に衝撃的な事は忘れない。衝撃で忘れていたのだが。


「いや、実例は出ている筈だろ。彼女の逆鱗に触れた人間が一時的に行方不明になって、その後見つかった。その間はどうなってたんだ?どこにいたんだ?」


 確かにそうだが、監禁する理由がないではないか。快楽の為だけに人を監禁するなんて流石にそこまで狂ってないだろう。ただ、監禁するような部屋を用意できるのは・・・森羅まほろ位だろう。


「分かる。その顔は疑いだろう。だがな、彼女の逆鱗に触れた人間、その異性はそこそこイケメンだった。君は・・・例外だろうね」


「失礼ですね」


「探偵だからね」


 だが今に思えば先輩は俺を必要に家に呼びたがっていた。今に思えば危うく捕まっていたのかも知れない。恐ろしい話である。


「では、何故監禁しようとしたのか?いや、監禁する目的はもちろん快楽の為さ。彼女も溜まってたんだよ。性欲じゃないよ、ストレスの方さ」


 先輩はどうも想像以上に狂っていたらしい。


 恋愛探偵は森羅まほろがその時期、如何に精神的に不安定だったかを語り出す。一年前、その時期は森羅幸三の持病が悪化しており、彼女に仕事の多くが移されていた。高校生に背負わせるには重すぎる。だが、その為に彼女は永遠と森羅の仕事を覚え続けたのだ。


 そりゃ快楽の為に人を監禁する筈である。彼女だってそれ位しなければ生きていられなかったのだろう。


 恋愛探偵は俺の納得を察する。そして、口にストローを近づける。煙草の様に見える。


「理解出来たかい。不安定になる土壌はあった。その時に何が行われていたか、なんて捕まった人間にしか分からない。


 恋愛探偵は不思議な事を言う。俺は監禁など・・・


 昏倒する。意識は過去へ。いや、それは不安定な記憶に。


―――


 高校生活が始まっても全く慣れない日々。妹との関係もまだまだであり、正直困った事ばかりである。そんな中でも森羅まほろ、先輩はなんだかんで気にかけてくれていた。始めこそ嫌われていたが、先輩自身が少し高圧的な態度で接してしまうのが癖になっていると話してくれた。彼女も弱い人なのだろう。


 そんな事を先輩とランチを食いながら考えている。隣に座るのは先輩である。鳩から食事には誘われるが、正直食事をしていると食べさせろだの、色々言われるので普通に出来ないので逃げ回っている。どうせ帰る時は一緒なのだ。俺もゆっくりしたい。


 そんな事を先輩は察している。少し笑い髪を弄る。所作が様になる。


「悩ましいね。幼馴染ってのは家族みたいなもんなんだ」


「俺にとってはそうですね。本当に彼女に助けて貰ってばかりですよ」


「ふふ、いいじゃないか。素敵な関係性だ。私は人には頼らないし、貸しも借りも作らない。作ったならすぐ様返済する」


 先輩はそんな風にいいなが胸を張る。無い胸を・・・と言いそうになるが逆鱗に触れるのは避けたい。


「健康的ですね」


「ああ、貸し借りは人間を簡単に壊す。この私に、いや森羅の名に頭を下げて来る人間はごまんといる。そんな連中を見定め、貸し借りをすべきかを考えるのが私の仕事だ。私が相手側に立つなどあってはならない」


「権力者のあるべき姿ですねえ」


 俺はコンビニののパンを齧りながら、先輩の話を聞く。森羅まほろという女は兎に角、話が上手い。面白おかしく話を広げている。ついつい、聞き惚れてしまう。だがもうそろそろ昼休みが終わってしまう。パンを急いで食べて、立ち上がろうとする。


 先輩が腕を掴む。か弱い。すぐにでも解けてしまう。そして、威厳のある雰囲気の中にどこか懇願するような縋るような顔をする。胸が掻きむしられる様である。先輩のそんな顔は見たくなかった。


「どこに行くんだ。話は終わってないぞ」


「どこにって・・・もう授業ですよ」


「舐めるなよ。私がその気になれば君の単位なんて好きに出来る。座って話を聞くんだ。聴き終えるまでは何処にも行くんじゃない」


 命令。なのにこちらにも断る権利がある。矛盾していた。


―――


 記憶はぐずぐずと今に。恋愛探偵は少し怒っていた。責める様に俺を詰めて来る。


「森羅まほろはね、悩んでいたんだよ。君の事が気になっている。自分に対してこんな堂々と話す人間はいない。だから、監禁してこれまでの様にはしたくない。なのに、君はあまりにそっけなくてまるで自分の事を意識していないみたいで・・・そんな事をすれば女心は傷付くよ」


「そんなつもりは・・・」


 だが恋愛探偵は俺の言葉を遮り、更に続ける。まるで俺が悪いかの様にである。冤罪である。


「酷い男だ。権利代行者である森羅まほろの心を少しずつ解きほぐしておいて、そんな突き放す言い方をするなんて。彼女は体質的にひ弱だ。君を無理矢理拘束したり引き留めたり、春日ちゃんみたいな事は出来ないんだよ。だから、それ以外で拘束しようとした」


 理屈は分かる。だが根底が分からない。俺が最初に言った事が未だに解決されていない。


「・・・おかしいですよ。俺は先輩とただ話していただけですよ。それが、なんでここまでの依存性を孕む事になったんですか?説明不足です。恋愛探偵らしからぬ失態ですか?」


 恋愛探偵を見つめる。彼女は唖然としていた。何を言っているのか分からない。まるで俺を阿呆と思っているような顔をしている。そして、口元を撫でながらため息を吐く。


「君は・・・最低だよ。悪魔だ、妖怪だ。化け物だよ。分からないのかい。。特別な事は何一つない。素敵な一言も無い。革命的な出会いでもない。何気ない、当たり前の時間こそ彼女が君に惚れる理由だったんだ。それが本当に分からないのか?」


 日常?そんなもので人が人を好きになる?なんだそりゃ、そんな筈は無い。かけがえのない日常にそれ程の価値があるのなら、・・・。


「前提は理解しました。それで俺はいつ監禁されたんですか」


「まだ分からないのかい。。監禁がまさか家だけだと思ったのかい。おかしいと思わなかったのかい。異常な程、周りが素っ気なかっただろ。他の生徒は会話を禁じられていたんだよ。監禁の定義は閉じ込めて自由を奪う。君はこの一年間、三人の異性としか話していない筈だよ」


 そんな筈は・・・いや、本当だ。俺は確かに先輩と幼馴染と妹。それ以外と会話した記憶が存在しない。嫌な鳥肌が立つ。今に思えば異常な嫌われ方だった。まるで会話が成立しないような。


「ようやくわかったね。私だって君とコンタクトを取るのは大変だった。君の前の犠牲者は別の学校で同じ目に遭ってたんだね。だから消えた様に見えた。そりゃそうだ。他の生徒は存在を無視する様に言われていたんだ。この街に住むなら森羅の意見は絶対だ。存在しなければいないと同じ。命令が解除されたから急に現れたのさ。もう話していいのだから」


 なんでそんな事を?分からない。だが、俺みたいな友達と話す事が少ない人間はともかく、彼女に気に入られたその男がもし普通の生徒なら・・・


 一般的な人間性。ストレスの捌け口。先輩の虚弱性。そこから導かれるのは・・・


「気に入った人間をそんな環境におかせて自分に依存させる、もしくは狂わせて楽しんでいた。だから快楽の為の監禁だったんですね」


「正解だよ。君も名探偵だ。まあ、彼女が興味を持った前の生徒はおかしくなったがね。それより前もおかしくなっていた。恋多きというよりは最初から人を壊す事を楽しんでいたんだね。だが、今回は違った自分が依存してしまった」


 最悪だ。そしてまた記憶は過去へ。監禁の記憶へ。


―――


 高校には言ってから数ヶ月。


 近頃、先輩の距離が近い。妙に距離が近く、わざと手の上に重ねてこちらが気づくと退ける。少しでも可愛らしく笑える様に無理に口角を上げている。話は変わらないが、俺の返事に合わせて頭を撫でたりしてくる。


 先輩は寂しいのだろう。少しでも癒して上げたい。この人を俺は気に入ってしまった。


「実はな・・・折り入って頼みがあるんだ。こんな事、君にしか頼めない」


 しおらしく可愛らしく、頬を膨らませている先輩。相変わらず似合わない。だが、俺は先輩の望みは断らないし、先輩が望む事をしてあげたいと思っている。


「なんですか?先輩が頼むなんて珍しいですね」


「安心しろ。貸しは作らない。金欠の君に日当も上げる割のいい仕事だ。簡単に言うとな私の彼氏を演じて欲しいんだ」

 

 先輩は突飛な事を言う。だが、俺は即答する。


「いいですよ」


「軽いな。だが、そう言うと思った。だから頼んだんだ」


 先輩は明るく、わざと無邪気に子供っぽく振る舞う。少し痛々しい。なんだか妙に胸を締め付ける。先輩は変わってしまった。理知さを失いつつある。まるで女の子だった。


―――


 俺の過去を聞いて、恋愛探偵は侮蔑する。ストローを噛み、どろっとした唾液がソファーに垂れる。

 

「随分な言い方だな。だが、分かるよ。君は、女という物に対して妙な感情を持っている。好意と嫌悪感、そして失望と尊敬。矛盾した感情だ。だから君は鳩に男友達を無意識に強要させ、森羅まほろには冷徹な権力者を演じさせようとした。おっそろしい」


「随分ですね。まるで俺が彼女達を支配している見たじゃ無いですか」


 恋愛探偵は下品に笑う。下世話に口を開ける。


「そうじゃ無いとでも?自分好みにコスプレさせてお気に入りのプレーをさせてご満悦。コスプレ風俗かな?」


「悪意があるにも程がありますよ。彼女達を馬鹿にしてるんですか?」


「尊厳を踏み躙っておいて素敵な言い草だな、女誑し。いいさ、続けよう。君は結局、先輩の彼氏を演じた訳だ」


 そう俺は・・・先輩の彼氏を確かに演じた。だがここが曖昧なのだ。俺は誰かにあった。それは・・・あの老人。CMでよく見る。あの・・・。


「森羅幸三?」


「正解、君は森羅幸三に会うんだ。そこで君は・・・








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