先輩編

先輩に罵倒される・表

 小汚いカラオケルーム。


 壁は剥がれ掛け、机もペトペトしている。その上、ソファーのクッションは妙に沈む。だが、防音と機材だけは金が掛かっている。ある意味で金の掛け方が上手いと言える。カラオケなんて歌ってる声が聞こえてなければそれで良いのである。


 そんな中で恋愛探偵は俺の前で腕を組む。そして、少し難しそうな顔をしている。まるでこの場にいたくないようである。だが金を払ったのだ仕事はして欲しい。


「どうしたんですか。早く先輩について教えて下さい。


 恋愛探偵は覚悟を決めた顔をしている。立ち振る舞いが様になっている。腐っても探偵である。


「そうだな。まずは片付けよう。君の知る先輩、森羅まほろはどんな人物だった?」


「気丈で論理然としてまさに森羅の名前に恥じない人でした。今みたいな挙動不審で無理して色気を出す事なんて絶対しない人でした」


 そうである。先輩はもう少しまともだった。


「なるほどね、君の忘却はその境目だ。それが重要だ。鳩の時、君は頭を打って記憶を失った。今回も何かがあって記憶を失った。そして今に至るんだ」


 記憶を失う?そう何度も頭を打ったりはしない。だが衝撃的という意味では何かがあった。何故俺はこんなに記憶を失っている。いや違う。思い出す事を拒んでいる?まるで過去が生き物の様にうごめいている。女の牢、その奥に・・・


 意識は過去に沈む。


―――


 俺が森羅まほろと出会ったのは中学3年生の時だった。次通う高校がどんな場所知るべく、下見に行った。その時に目の前を通り過ぎたのが彼女だった。


 高校は森羅グループの息が掛かり始め、改築する予定が幾つも立てられた。だが、その金額を回収できないという話に加えて、表立った改築は望まれてない事から今になっても古いままである。


 一年先輩であり、その時はまだ高校一年生だった森羅まほろは今と変わらず病的に色白で赤い目と白髪、学生服と合わさると少しオカルティクな雰囲気を醸し出していた。また、その頃は媚びた自信の無い妙に被虐心を煽る真似はしていなかった。


 理論然、聡明、窓際の麗人、まさに様になる美人だった。


 そんな森羅まほろは俺と初めて目が会った時、確実に嫌悪感があった。まあ、そうだろう。俺はその頃から相変わらず良い評判は無かった。南足ゆるの兄貴であり、パッとしない男。そして、妙に女性から嫌われる事が多かった。


 記憶はより深く、より奥へ。


―――


 時間帯は昼。明日は中学卒業式である。面白くも無い春の陽気。欠伸交じりに桜が散る高校校門中に立っていた。すると、一人の美人が俺の前を横切った。特徴的な外見、嫌でも見つめてしまう。すると、彼女は止まりこちらを見る。知性と美貌を兼ね備えている。


「君、この学校に入るの?」


「あ、ええ」


 急に話しかけられ驚いてしまう。だが彼女は俺に更に近づくと冷徹な悪意を込めた目で俺を見る。そして鼻を摘まむ。小ぶりで可愛らしい。


「君臭いよ。何というか、生臭いと言うか。少し身嗜みを気を付けた方がいいよ」


 そう言えば朝、鳩に齧られ、ゆるには吸われる様なキスをされた。一応トイレで頭から水は被っている。洗っても落ち無いのである。


「すみません」


 素直に謝罪する。すると、彼女は俺の胸元を見る。そこには名札がついている。学生服のまま来たのがまずかったか。


「・・・もしかして、君って南足ゆるのお兄さん?」


 先輩は俺をジロジロと見ながらこれがと観察している。いい意味で有名ではない。悪評だけは静かに広まっていたのだろう。


「ええ、まあ」


「へえ、あの。女誑しで有名な男って聞いたけど案外つまらない男なんだね。顔だってぱっとしないな」


 人に値付けをするとは中々失礼な人である。だが、妙な迫力がある。黙って頭を下げて置く。女生とのいざこざは俺を不幸にする。自分を折り、曲げて、丸くなるのだ!


「すみません」


「謝るばかりだね。てっきり、私にナンパでもするのかと思ったよ。色男」


 にやにやと陰湿に笑う彼女。確かに美人ではあるが、流石に・・・


「いえ、名前を知ら無いので」


 彼女は驚いた顔をしていた。というより、初めて見たという顔である。俺、何かしてしまったのだろうか。辺りを見渡す。誰かの視線を感じる。高校も入学式で忙しく、人はいない筈である。


 そんな疑問を他所に彼女はため息の後、捲し立てる。


「あっきれた。私、森羅まほろを知ら無いの!この街の支配者、その血統よ!」


 噂では聞いた事がある。だが、そこまで詳しくは知らない。俺の世界は小さいのである。


「ええ話に聞いています。ですが、点々とした生き方ですのでほとほと街の方々には嫌われてまして。森羅さんの恩恵も受けずに4年も経ちます。教えてくれる友人もいませんでしたし」


 俺の間抜けな回答に森羅まほろは笑ってしまう。品のある笑い方。流石お嬢様である。指を口元に当てている。綺麗な爪、手のモデルになれるほど整っている。


「ふふ、面白いねえ。だけど嫌う人がいる理由も分かるわ。まさに珍味みたいな男ね」


「ありがたい事です」


 気に入られた様である。俺も一安心と息を付こうとする。


 だが、森羅まほろは俺の首元を掴むと強引に引き寄せる。そして、笑いもせず、冷たい目で俺を覗く。真っ赤な瞳、蕩ける長い舌。そして、気付かなかったが八重歯が鋭い。まさに吸血鬼である。


「気に入らない。堂々としたその振る舞いも、如何にも女の扱いに手慣れた態度も、その笑い方も、困った顔も、ぜーんぶ気に入らない。それに私、


「すみません」


「謝る所も嫌い」


 先輩に突き飛ばされ。俺はその場に倒れ込む。情けないなあ。そして先輩はそのまま俺を無視して去っていく。だが、一回振り向いて如何にも苦痛な、虫に話す様な態度で反吐の様に言い捨てる。


「別の学校に行きなさい。私の周りに近づかないで」


―――


 俺の意識は戻る。嫌な記憶ばかりだ。だが恋愛探偵は笑っている。よほど愉快なのか、いやむしろ自暴自棄に見える。何か嫌な事があったのだろうか。


「そうそう、私が知る森羅まほろはそんな感じだった。今のあの挙動不審な態度は一年前、つまり君が入学してからだ。全く、女を、いや人を壊すのが君は上手い」


 不愉快な言い回しだ。俺は悪意を持って人間を壊すなんてした覚えはない。


「そんなつもりはないんですが。それに覚えていないし、やった記憶もないです、あくまで俺は先輩と仲良くしてたつもりですよ」


「無意識。いや、鳩の一件でもそうだけど。君は無意識に相手が苦しむ選択肢を取っている。悪魔の様な、いやこの場合は怪物のようなと言うべきかな」


「妙な言い回しですね。俺は人間ですよ」


「人間だろうね。人間でなければ彼女達も好きにはならないさ。の趣味はないだろうからね」


「最悪です」


「探偵だからね」


 恋愛探偵は資料を出す。そこには森羅グループの組織形態及び経営者一覧が書かれている。その中にいるのは森羅幸三。つまり森羅まほろの祖父になる。写真も付いている。如何にも気難しくこの世の全てを持っているみたいな面構えの老人である。杖を持ち、長い髭と恐ろしく鋭い目をしている。


 見覚えがある。CMだったかな?


「森羅グループは森羅幸三の手によって作られた。戦後好景気に託けた違法建築に多く携わり、その後それらの修繕に金を取ると言う下品なやり方で企業を拡大。更に違法建築に関わった企業に対して非合法な行為をする為の部屋を秘密裏に作る事を勧めるなど裏の姿も有名だな」


 ぺらぺらと情報を解説する。ここまで来ると・・・


「恋愛探偵なのに探偵みたい・・・」


「恋愛ってのはな。調べれば調べる程、金と権力になっていくんだよ」


「一介の高校生ですよ?」


「高校生でも探偵はいるだろ。工藤新一舐めているのか」


 恋愛探偵は無類の漫画好きである。特にミステリと恋愛を好んでいる。俺も影響されて読み始めてしまった。おすすめはやっぱりとらドラである。素敵な恋愛観をしている。


「さて、そんな森羅グループは当然、幸三こそが支配者。幸三こそ家族の中心なんだ。だからこそ、森羅まほろの両親は政略結婚で繋がり、そこで長男が望まれていた所に長女として生まれたのが彼女だった。そのプレッシャーは多大なもんだろうね」


 恋愛探偵の話は理解出来た。確かにあの頃、妙にイライラして後が無い感じはしていた。今に思えばあの不機嫌さは。


「イラついていた・・・んですかね」


「いい線だ。森羅まほろは君に会う前から綱渡り、精神はギリギリだったんだ。勉強も仕事も地位も名誉も最高水準で条件を満たし続け、学園生活も完璧にしないといけない。異性との恋愛は当然決められた物でないといけないし、そうでないとおかしい」


 決められた人生を間違えずに正解し続ける。地獄の様な生活だったろう。


「でも、俺は先輩とそんな事感じず話すようになりましたよ?」


「あのファーストコンタクトからそうなるのは君くらいだよ。全く持って狂っている」


 ありがたい言葉である。俺はジュースに口を付ける。部屋の中にあった二つのグラス。中にはコーラが入っている。啜ると少し温い。恋愛探偵がドリンクバーから取って来たものだろう。


「では、何故君は嫌われているのに話せたのか?森羅まほろはね。最初から君に興味を持ってたんだよ。好意とは表裏一体、きらいきらいも好きの内さ。それこそが運の付き、いや運の憑きとでも言うべきか?」


「妖怪ですか、俺は」


「妖怪みたいなもんだろ。女をダメにする」


 酷い言われようである。だが意識はまた深く沈む。森羅まほろが俺を気に入っていたのか。それは分からないが、俺は特に気にせず入学したのは確かだ。先輩から何かされていたとしても気にもしない。小さい頃から嫌がらせや脅迫される事には慣れていた。


―――


 高校入学式。頭に包帯を巻いて、鳩に支えられながら俺は行事を終えた。中学卒業式、鳩と何かがあったらしいが、記憶が無い。気が付けば病院にいた。昔からこれである。何かあると病院に担ぎ込まれる。


 そんな最初から女の子に介抱されながら学校に来る奴と仲良くする人間は皆無だろう。


 学校生活を始まっても当然上手く行く筈がない。男友達はまず出来ず、エスカレータ式なので鳩やゆるの話を聞いていたのか、女子生徒からも当然嫌われてしまった。最悪な事この上ない。そうやって時間は経過する。


 過去へ。


―――


 高校入学してから一か月、当然友達も出来ずクラスには居場所なんてありゃしない。陰口だっていやという程いわれるのでせめて昼休みはと屋上にいた。本来なら他の生徒も来るらしいが、ここはこの学校の支配者が気に入っている場所なので命知らず以外は入らない。


 俺は命知らずなのでそこで食事をする。灰色のタイル、コンクリが下に見える。フェンスも薄黒く、全部が汚い。金が掛かっていない学校である。その分、学費は安いのだが。


 そんな一人ぼっちの俺が屋上のベンチで食事をしているといつの間にか白い影が現れる。扉を開けてやってきた事には気付いたがここまで静かに入ってこられると少し驚いてしまう。それは森羅まほろであった。


 いらだちを隠せない顔。腕を組み睨んでいる。


「勇気があるねえ。私が気に入らない生徒を消した話、聞いてないの?」


「聞いてますよ。でもしょうがないですよ。家がこの近くで、遠くの高校に通うには金が無いんですよ」


 事実、金は無い。小遣いも大した量ないし、生活費も無い。

 

「ふーん、読者モデルでネットアイドル。その上、不登校児である妹さんにおんぶに抱っこじゃないの。それに財布に大層金が入ってるそうじゃない」


「まあ、一応長男なので管理しているだけですよ」


「なんだいそれ!」


 森羅まほろはカラカラと笑う。軽快で爽快、腰に手を当てて、まさにこの学校の長という雰囲気である。実際、そうらしい。彼女は祖父から直々にこの学校を管理する様に命じられている。下手すれば校長より偉い。権力とはある所には不自然な位ある。


「しかし、なんでこう私を恐れないのかね。それはやっぱり、女だからかい?」


 少し頬を膨らませて俺を見る先輩。少し子供っぽい真似をする。あまりに合わない。


「男も女も関係ないでしょう。強いていうなら怖くても生きる為なら多少は我慢できるんですよ。何事もね」


「全く!」


 俺の隣に座る先輩。白い髪も白い肌も黒い学生服で纏められている。モノトーンな雰囲気はクラシカルと言える。俺の視線に気づいたのか、先輩は意地悪く笑う。こっちの方が似合う。


「どうしたんだ。まさかと思うが私に惚れたのか?」


「いえ、物珍しいので見ていただけです」


 随分な言い方である。だが先輩は気に入った様で俺の頭を撫でてくる。俺は昔から人が言って欲しい事を言う癖がある。これは悪癖であり、良い癖とも言えた。


 そしてこの日から森羅まほろ、通称先輩は俺に構うようになった。いわゆる気に入られたのである。


―――


「先輩との関係性は上手くいっていた。そうだね」


「そうですね」


 過去から戻り、俺はソファーから体を起こす。そう、上手くいっていた。だからこそ疑問なのだ。思い出すのは境目。


 姿


 記憶のノイズ、恋愛探偵の方に意識を向ける。彼女は森羅まほろの本心を語りだす。


「じゃあ、森羅まほろは君をどう思っていたか。森羅まほろはね、君を部屋に連れ込んでするつもりだったのさ」

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