モテ過ぎてなんか怖い・妹編
俺とゆるは風呂場にいた。ゆるがプールの代わりに一緒に風呂に入りたいと言われたのだ。ごく普通の薄灰色ユニットバスであり、強いて言うなら少し大きい事が特徴である。元々の持ち主が風呂好きだったのだろう。電気は付いていない。明かりは小さなライトだけ。二人の像は膨らみ、小さくなる。
俺は今日使った水着を付けている。半ズボンで昔買った物を今年も使っている。物持ちが良い。
ゆるはシャツとホットパンツのような水着である。肌が見ていない筈なのに何故か妙ないやらしさがある。ゆるはそう言うところがあるのだ。何を着ても、どんな格好をしても人を惑わせてしまうのだ。
魔性。ゆるのそれが顕著に現れたのは芸能界に関わるようになってからだ。ゆるは兎に角、絵になるのだ。映像に収めると出鱈目に可愛く見える。写真を撮ればどの角度から撮っても最高に美しく見える。音声を記録しても出鱈目に美声になる。そして、記録に負けない現実性がある。
一切の欠損無く記録として完全に残る。それこそゆるが持つ魔性の正体である。
そんな魔性の美少女が今、目の前で膝を畳んで湯船に入り、少しとぼけた顔をしている。俺はこの顔を忘れる事なんか出来ない。ゆるは・・・特別なのだ。脳に刻み込まれるような感覚。ああそうだ、記憶もまた記録なのだ。
「お兄ちゃん、私はね。お兄ちゃんが誰と付き合ってもいいと思ってるの」
ゆるやかな話し方。だが、顔は少し怒っている。
「・・・そうか、ありがとな」
最悪な返しだがこれしか言えない。正直、血は繋がって無くても兄妹なのだ。まあ、それなら半裸で二人湯船に入っていないのだが。
「だってお兄ちゃんの真の理解者は私だけだもの。私だけがお兄ちゃんを完全に愛せるの。きっと誰かと付き合っても、それは紛い物の愛だよ」
ゆるは俺を見つめる。光が横から入り、少し煌めく。宝石と大差がない。
「なあ、ゆる、少し兄離れした方が・・・」
そう言い切ろうとするが、言えない。ゆるは甘く腐って咽せる様な色香をばら撒く。脳がぐらつく。少ない水なのに浮遊感がある。
少し前のめりになる。胸元が見える。そして顔も近づく。義兄妹なら見せてはいけない顔をこちらに向ける。
ゆるはますます綺麗になった。そして小馬鹿にした態度で俺を笑う。何故か背筋がぞくりとする。
「・・・くっだらなーい。それって、世間でしょ。常識とか倫理とか法律とか、それってそこまで遵守する価値あるの。それはお兄ちゃんを守らないよ。お兄ちゃんはただ望む事をし続けて、私がお兄ちゃんの望みを叶えて上げる」
俺に寄りかかる。背に合わない胸がぐにゅりと潰れる。足を絡め、手の指と指が絡み合う。ゆるの体は欲の形をしている。
だが、少しだけ疑問も出る。
「逆じゃないのか。おれがゆるの望みを叶えて・・・」
「甲斐性無しなのに?」
「悪い」
にししと笑うゆる。いつも通りに戻る。こいつは決して怒らない。むしろ優しく甘やかす様に俺の無能を指摘する。言わなくても分かるでしょと、あなたは私から離れられないと。そうやって篭絡しようとする。そして実際される。
体を離し、腕を組む。髪に水が付き滴っている。
「それにしてもお兄ちゃんに付き纏うあの二人。心底ムカつくね。私もどうにかしようかな」
「ゆる、仲良くしてくれよ」
俺が手を合わせる。するとむふーと鼻息を出しながら、胸を張るゆる。まあ、張って無くても張っているのだが。
「お兄ちゃんは無力だねー」
「痛い所を突くなよ」
頬を抓り、引っ張る。柔らかくむにゅーと伸びる。それでもにししと笑う。ゆるは相変わらずである。だが、ゆるがもしあの二人と争う事になれば・・・想像したくもない。
―――
ゆるの髪を乾かした後、俺はキッチンの電子レンジを開けた。すっかり温まった食事を持って部屋に向かう。ゆるはその後ろを同じ食事を持っている。嬉しそうに体を揺らしている。
「楽しそうだな」
「そりゃそうだよ。お兄ちゃんとごはん!」
部屋に戻るとすっかり暗くなっている。電気を付け、机を脚で引き寄せてその上に乗せる。ゆるも目の前に座る。少し遅めの夕食である。
冷凍ピラフと唐揚げ、それに一応のサラダである。中々バランスが良い。だが、ゆるはうーんと腕を組んで悩んでいる。
「もーお兄ちゃんが帰って来る時間言わなからこんな食事になったよ」
「好きだろ。ピラフ」
「好きだけどね」
ゆるもなんだかんだで美味しそうに頬張っている。うまうまと言ってる辺り、確実に気に入っている。俺も頬張る。旨い、懐かしい味である。そして、ふと外を見る。
随分と暗い、すっかり真夜中である。月明りも美しい。ゆると会ったのもこんな日だった。
俺とゆるは夜が好きだ。静かで穏やかで何となく懐かしい気持ちになる。そんな、寂しさに想いを馳せているとゆるは隣にやってくる。そして、俺のピラフに自分のピラフを入れる。
かき混ぜながらまた魔性めいた顔をする。
「お兄ちゃん、食べさせて」
「もう、すぐ高校生だろ。甘えすぎだぞ」
「いいのー。いつまでもお兄ちゃんの妹でしょ」
ゆるは口を開ける。まるで餌を求める雛鳥である。ぱくぱくとさせながら催促してくる。俺は仕方がなく、ゆるの口にピラフを入れていく。顔を近づけ「おいしー」など言ってくる辺り、昔と変わらない。昔?昔なんて、あったか?だってゆるは不登校だった。
忘れている。望郷。ゆると出会った日。真っ暗な部屋。
「手が遅いよ」
「ああそうだな」
少しボーとしてしまう。すぐにゆるの食事に戻る。
唐揚げを食べさそうとするが小さなゆるの口には入らない。スプーンで切ろうとするがゆるはそれを手で掴むと俺の口に入れる。半分だけである。
そして、それで食べさせるように口を開ける。本当に雛鳥である。仕方がなく、俺は顔を近づけゆるに唐揚げを食べさせる。そのままゆるとポッキーゲームならぬ唐揚げゲームが始まる。
「うまうま」
ゆるが近づくタイミングで口を離そうとするがゆるが手首と肩を押さえる。そのまま唇がくっつく。二つの口で一つの食い物を咀嚼する。奇妙な感覚である。そして、ゆるの舌が俺の唇、その油を舐める。
離れた時には俺の口は綺麗になっている。ゆるのイタズラは徐々に性的になっている。
「ベタベタだね。汚い」
「ゆーる」
怒ろうとするが、悪びれもせず自分の口を拭いている。
「やりすぎじゃないよ。別にさ、ちゅーぐらい普通でしょ。そんなに怒らないでよ。それにね、ゆるがお兄ちゃんが寝ている時に何しているかを聞いたら目玉飛び出るよ」
「何してるの?」
「目玉飛ばしたく無いでしょ」
悪戯な顔をするゆる。そして、少し遊び足りないと言うゆるの為にゲーム機で対戦しながら眠くなるまで遊び続けた。ゆるは夜型であり、かなり遊ばないと中々寝なかった。遊んだ時間は偶然にもあの二人といた時間と同じだった。
―――
真夜中の真夜中、明かりも消えている。
俺はゆるに布団を掛ける。腹を出し、無邪気な顔で寝ている。風邪を引かない様に毛布も掛けて置く。そして、ジャンパーを着て少し暖かい格好をする。家を出て、近くのカラオケに向かう。
道は真っ暗。ポケットに手を入れて、指定された場所に向かう。そこまで距離がある場所ではない。
そこはかなり古い所謂個人経営のカラオケであり、小汚い部屋がモーテル式に連なっている。受付に向かう。ここも小汚い。老婆が立っている。ここの経営者だろう。アルバイトも雇っていない。
「あの、304号室行きたいのですが」
「ああ、分かりました。後から来る人の話は聞いてます。マイクをどうぞ」
マイクをカゴに入れて渡される。それを持ったまま304号室に向かう。木製の扉、だが防音性はかなりのものである。個人経営は金の掛け方がおかしい事が多い。扉を開ける。
そこにはトレンチコートと帽子を被った如何にも探偵風の探偵がいた。
恋愛探偵である。今日もまた、末路な一日が始まる。
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