モテ過ぎてなんか怖い・先輩編
「し、死ねばいいんだ。あんな女」
「言い過ぎです」
俺と先輩がいるのは市民プール上位階である。この建築物を作ったのが森羅グループならどこに何があるかなど把握済みである。その上、多額の寄付も行なっており、一部屋作るなんて容易いのだろう。市の税収から作られた筈だが利権とは常に存在するのだ。この程度で済んでいるのだからむしろ良心的である。
目の前にあるのは25mプール。それを取り囲むガラス張り。そこで先輩はぷかぷかと浮いている。その横で俺も泳いでいる。平和である。
「あ、あの凶暴な女は私の命を狙っているよ。す、少しばかり恵まれた体型だからって見せつけて、こ、殺してやる」
「物騒な事は似合わないですよ」
「ま、まあ、殺さなくても汚す事は出来るだろうね。今さっき、小遣いを渡した学生を仕向けたんだ。今頃、花を散らしているだろうさ」
ぐふふと笑っている先輩。アホ面である。
「格闘技経験者とかですか?」
「いや、足が付いたら嫌だからね。そこまで調べてないよ」
ならばまずい。相手がまずい。
「まずいなあ、今の映像とかありますか」
「あ、あるよ。証拠映像でも撮っとこうと思ってね」
「クズなんだから、もう」
先輩は手を叩く。すると先ほどの視線の主であろう黒服の付き人がやってくる。サングラスにスーツ、まさに従者である。
そんら人を呼び、アイパッドを持ってこさせる。黒で特注のサインが掛かれている。
そこにはこの場所における監視カメラの映像が常時写っている。その一つ、鳩がいるであろう女子トイレ裏にタッチする。画面一杯に鳩が出る。そこには先ほどの男三人が半殺しにされている。
皆うつ伏せになり、重ねられている。その上に座ってペットボトルの水で手を洗っている。血を落としているのだろう。まだ別れてから数十分しか経っていない。片付けるのが早すぎる。
ますます人間離れしている。
「い、いやー、凄いね。会った当初よりますます強くなってるよ。これさ、もうフィクションの強さだよ」
「そうですね。俺はあいつが喧嘩で負けるとこを見た事ないですから」
「へへ、いいきなもんだね。いつか痛い目見るさ」
「そうならないよう。尽力お願いします」
俺は頭を下げる。鳩が如何に強かろうと限界はある。彼女に対するヘイトコントロール出来る権力を持っているのは森羅まほろ以外にはありえないのだ。すると彼女は俺に抱きつく。そして、頬擦りをする。
「だだ、だったら今日一日は私と遊べ、私のしたい事をしろ。私の命令は絶対だ。いいな、金はやる。分かったな」
「いいですよ。先輩」
頭を撫でながら落ち着かせる。俺が鳩と何をしていたか、監視カメラを使ってみたいたのだろう。妬いているのである。可愛らしい限りである。先輩は俺をプール際に座る様に指示する。そして、自分の手を差し出す。
「ゆ、指を舐めるんだ。あいつはお前を舐めたかもしれないが、わわ私はお前に舐めさせるんだ。支配者とは、こう言う・・・はう」
ぐだぐだいう間に口に入れる。うーん、カルキ味である。そのまま人差し指と中指を軽く咀嚼する。先輩は人様には見せれない恍惚の表情である。死が伴わない捕食体験は快楽の髄であるなんてのはSMの常識だが、こんな所でも生かせるとは思わなかった。勉強しとくもんだ。
指を抜く先輩。指を震わせながらその指を口に運ぼうか、運ばないかギリギリでフラフラしている。そして、どうにか耐えてプールの水でそれを洗う。
「へへ、す好きな男にこんな事をさせるなんて、わわ私は悪い女だなあ」
「そうですね」
「その生暖かい目は止めるんだ。い、妹ちゃんよりもあ、あのクソ女よりも凄い事してやるからな。覚えていろ」
先輩はそう言いながら俺の事を見上げる様に睨んでくる。先輩は恨めしそうな顔をする事が多いのだ。昔の先輩はこうでは無かった。気丈で常に人を見下した態度をしており、何よりこんな喋り方をする事は無かった。
―――
先輩を抱き抱えて、近くのベンチに座る。
陽の光をたっぷりと体に浴び、穏やかな時間が流れる。先輩は少しうとうととし始める。頭を撫でながら、そのまま寝かそうとする。もう、妹が起きる時間だ。妹は起きた時に俺がいないと不機嫌になるのである。あいつの不機嫌はみたくない。恐ろしいのだ。
ゆっくりとベンチの上に寝かす。そして、その場から出ていこうとする。だが、冷たい視線。そして、冷たい声。それは古い先輩の声。
「近友、一つ忠告しておくよ」
「はい」
このトーンの時、先輩は冗談も揶揄いも意味を持たない。森羅の支配者として話している。いつものぐずぐずとした思考は消え去り、鮮明で明快な言葉を紡ぐ。これが先輩なのだ。
「君が誰と関係を持とうと気にしない。男娼にだって情婦はいるだろう。権力者はこの程度の甲斐性を持たなければならない。だがね、腹を探るのは頂けないな」
「何を・・・」
「誤魔化すな。恋愛探偵を名乗る怪しい女と密会しているな。あのような下世話な人間と付き合うな。愛の量も濃度も薄い人間はそれだけで価値が無い。私が嫌う春日鳩ですら、君への愛に関しては認めているんだ」
「・・・いえ、知りたい事がありますし、そこまで強制されるような関係ですか?」
「こう言う関係だろ。お前が私をこうしたんだ」
俺は振り返る。そこには昔の先輩がいる。いつもの指を噛み、恨めしそうな目と妙に熱っぽい視線はそこにはない。俺を嫌っていた先輩がいた。無表情のその顔は白すぎる肌と整いすぎた顔のせいで柳下の幽霊と会った気分になる。
そう先輩は吸血鬼ではない。心霊的なのだ。
「あまり知りすぎるな。お前はこの爛れた関係を永遠と続けるんだ。それがお前の使命だ。夢の様だろ」
「夢は覚めます。もう起きるべきですよ」
「私は詩が嫌いだ。そんな言い回しをするな」
先輩は髪を掻きながら俺に近づく。動揺していない先輩は死ぬほど絵になる。迫力が段違いである。
そして、俺に抱き着く。タオルで拭いた為、雫はついていない。互いに渇いている筈である。だが先輩は濡れていた。汗だろう。
「君と離れるとあああ頭が回るんだ。その方がいいい筈なのに離れられない。麻薬だ、ケシだ、大麻だ。君は。私の頭をこここ壊してくれたな。くく、くそ」
「すみません」
「謝るなよ。私が選んだんだ。そ、それに舐めるなよ。私はここの状況でも問題なく業務を行えるんだ。て、天才なんだぞ」
「そうですね」
先輩と地べたに座る。先輩は甘えた顔で俺に抱き着く。そのまま、少しでも離れまいと顔や体を擦り寄せてくる。少しでも自分は可愛いと色気があると伝えようと必死なのだ。それがあまりにも健気で意地らしく、胸が締め付けられる。
先輩はこんな媚びた事をする人では無かった。
―――
そんな風な先輩と遊び倒してようやく帰宅出来る。先輩は珍しく肉体的にはしゃいでおり、ビーチバレーをさせられた。まずボールを上に打てない先輩に教える所から始まったが物覚えが良く、バチバチな攻防戦を行った。
だが、そのせいでいま家の前に辿り着いた時には夜6時になっていた。最悪である。妹の怒りが目に浮かぶ。そろりと扉を開く。そこには妹が立っていた。いつもの様に可愛らしく、あどけなく、無邪気で、毒気がなくて、にっこりと笑っている。
真っ暗闇に顔だけが浮いている。
「おかえり、遅かったね」
「ああ、ごめん」
「いいよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんだからね。どんな事があってもお兄ちゃんが好きだから」
「本当にごめん」
「謝らないでよ。私は許してるから。もしかして、あの二人?それとも新しい人?どっちでもいいな。だって・・・」
裂けた口、見開かれた目、錯覚であって欲しい。ゆるは近づいてくる。いつもの寝巻きである。だが、その手にはスマホが握られている。
「・・・お話すれば解決するから」
ゆるが持つ魔性を最大限利用した対話という名の洗脳である。ゆるはただ可愛いだけではない。恐ろしく可愛いのである。
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