中章

モテ過ぎてなんか怖い・幼馴染編

「しんゆー、プール行こうぜ!!!」


「神経いかれてのか?」

 

 朝と昼の間。


 土曜、あの末路の夜から一日しか経っていない。普通なら俺の顔すら見たくない筈である鳩が家の玄関まで来ている。腰には膨らんで浮き輪、半袖シャツに短パン。外はかなり暑いらしく息が荒い。


「妹ちゃんも連れて行ってさ」


「寝てるよ、昨日は夜遅くまで起きていたからな。それよりも情緒とかどうなってんだ?」


「気にしてられないよ。それにたかが過去を思い出して、。もう処理は出来ないんだから今更、落ち込んでもしょうがないでしょ」


 価値観が壊れている。もう隠さなくても良いと思ってるのだろう。恋愛探偵と会っていた事には気づいていない。


「ま、そうだな。俺も水着取ってくるから待ってろ」


 俺も納得してしまうのだからしょうがない。色々あったのだ。


「ウィー」


 鳩は手を挙げてOKを形作る。


 俺は自分の部屋に戻る。ゆるはベットの上で大の字になって寝ている。布団からはみでているので直す。口を開けた馬鹿面も直しながら、水着と替えの服を鞄に詰め込む。机の上にあった水を一口飲んで、一階に降りる。よく考えたら妹のかもしれないが気にしていられない。


 鳩は玄関に座り、買っていた水を飲んでいる。気温は夏めいている。水分補給の大事さは彼女がよく知っている。運動部が水飲むのを禁止していたのは昔の話である。ましてや鳩は高校でもエース級の足である。大事に扱われているのである。


 だがラフな鳩の衣服に少し疑問が出る。


「悪いな・・・。お前、水着はどうした」


「ああ、来てる。ほれ」


 鳩が上を捲る。そこには学校指定、青のスクール水着がある。小麦色の彼女の肌とよく合っている。あまりに堂々と見せる物だから、見ていいものと誤認してしまった。実際は赤面物だろう。だが、そうなるとやはり足りない。


「下着とかは?」


「・・・一回、私の家に寄らないとな」


「あほ」


 相変わらずである。


―――


 鳩のすっとぼけに付き合い、鳩宅に向かい、そこで彼女は下着を纏めて鞄に詰め込み直ぐにやってくる。鳩の家は二軒挟んだ場所にある為、ほとんど距離なんてない物である。彼女の両親と顔を合わせたがお世話になっていると頭を下げられる。こちらこそと下げると更に両者下がる遠慮がちな日本人的と言える。


 俺と鳩はそのまま歩いて市民プールに向かう。この街は元々は古く、なんの価値も無い場所だったが、森羅グループの開発事業に組み込まれたお陰でうっすらとした特需が続いている。それがまほろの意志なのかは分からないが。


 鳩は手で風を作りながら隣で笑っている。夏が最も似合う女である。


「夏だねえ。いや、正確には気温だけなんだけどさ」


「ああ、プール開きも早くなったしな」


「こうなるとプールで見れる俺の魅惑のボディーが気になるんでしょ」


「気になるねえ」


「・・・ここまで興味を持たれないと俺、自信が無くなるよ」


 鳩の気怠げなため息。少し不満なのか抱き着いて来る。水着が熱を帯びて、香りが立つ。夏である。こちらを見る目は少し甘い。俺が頭を撫でると嬉しそうにそれに自分を擦り付ける。そうやって何度もやっていると手は鳩の頬に、そして口に入って行く。本当に噛み癖が酷い。


「なー、少しは可愛いとか大好きとか、気になるとか言えよ」


 器用に口に含みながら話す。やりすぎて慣れてしまっている。人の人差し指をアイスキャンディー並みにしゃぶっている。


「言ってるだろ。まだ足りないのか?」


「足りなーい」


 仕方がないと指を抜く。物欲しそうな顔をする鳩。そのまま鳩を抱きしめる。鳩ははしゃいで、頬にキスをする。その密着状態で歩いていく。この位のスキンシップは当たり前になってきた。抱きついたり噛み付いたりは当然。下手すると舐めて啜る。正直、身体中アザまみれである。


 大型犬と付き合うのは大変である。散歩も一苦労なのだ。


―――


 市民プール外観は森羅の手が掛かっているのが分かるコンクリート打ちっぱなし風であり、良く言って都会的であり悪く言えば少し手抜き感がある。


 だが、プールはかなり大きく手か掛けられている。リッチだって学校近くであり非常に良い。その為かかなりの人が行き交っている。新しく作られた建築物特有の新鮮な雰囲気は少しくすんでしまった。


 その中で俺はフードコートで一人椅子に座って欠伸をしていた。昨日は妹に付き合って夜更かしをしてしまった。正直まだ眠い。だが、こうやって鳩と遊ぶのは体に馴染んだ習慣のようになっている。


 俺が来ているのは安っぽい長ズボン風水着である。上半身に嚙み痣や生傷がついているが特に気にはしていない。ついてるものはついている。これが消えるまでまってたら一生プールなんていけないのだ。


 周囲が騒めく誰かがやってきた。


「おーーーい」


 鳩は俺を見つけたのか叫びながら近づく。声もそうだが、彼女に見惚れる人間は多い。


 彼女のプロポーションは非常に完成している。長く強靭な足、細身の体、黒々とした髪、小麦色の肌、そして中性的だがどこか寂しげな雰囲気を会得した彼女は破格の美少女になっていた。屋根がガラス状になっており、そこから差し込む光も彼女を際立たせている。


 その上、何故か普通の水着でなくスクール水着である。胸には春日と書かれている。それがあまりにも似合いすぎている。外見と合っていないのに調和している。それは美しさで不自然を捻じ伏せているに他ならない。ファッション性とはエゴの表現である。個人で押し切ればどんな物でもよく似合うのだ。


「どう、俺は可愛いでしょ。言ってみろ」


「・・・本当に可愛いよ」


「へへへ」


 鳩がちゃんと照れている。いつものどこか歪でグズグズとした笑みではない。明るく爽快な昔みたいな笑顔である。本当に可愛いのだ。だが、そう言っている間もあの恋愛探偵の嘲りを思い出す。


 


 苦しめるも何も俺はこんな風にしか人との関わり方を知らないのだ。俺は女を甘やかすようなやり方しか分からないのだ。まともな人付き合いなんてしたことが無い。


 プールは何種類かある。大円である流れるプール、その中にある滑り台プールと言った遊具系プール。その横で競技用の50mプールが三つある。どちらかと競技用の方に力を入れているのだろう。汚れ1つない清潔さが違う。


 そのまま二人で流れるプールに向かう。するといつの間にか鳩の気配が無い。まさかと後ろに鳩がいる。そのまま抱き付かれる。押し付けられる胸、だがそれに対する感情より先に持ち上げられそのままプールに一緒に入る。


 溺れる感覚、鼻に水が入り、意識が混ざる。泡の記憶片。微睡の感覚。そして、記憶そこにある何か。俺はまだ何かを忘れている。


 いつかを思い出す。あの青い水。それとは違うけど、世界が回る感じは変わらない。そこに鳩がいる。無音の世界、鳩と俺だけみたいだ。鳩はその中で俺の顔を掴んで口にキスをする。吸っていた空気を俺に注ぎ込む。体の中まで踏み荒らされる感覚。


 そして、あの会った頃の無邪気さと今あるどこか惚けて蕩けた雰囲気を混ぜた酷く艶やかな表情で俺を見る。胸を掴まれる気分。鳩はますます綺麗になってた。


 勢いよく水中から顔を出す。髪についた雫を飛ばして弧を描いている。心底絵になる。


 周囲の視線が僅かに集まり、また二人でプールに潜った。同じ事の繰り返し、鳩は飽きていない様だった。むかしやったプールの中にブロックを入れて拾う遊びを思いす。


 なんてない休みである。


―――


「お、お二人さん。お盛んだねえ」


 遊び疲れてプールから出るとそこにいたのは森羅先輩がいた。。不健康な程白い肌に真っ黒なビキニ。少し小さめであり、少しでも色気をだそうというのが透けて見える。白髪を後ろで縛り、恥ずかしさで赤くなった頬と唇を除けば、本当に白い。吸血鬼と変わらないが今まさに日の下にいるが気にしていない時点でありえない事は分かる。


 鳩はプールから出ると髪を振り水を切って後ろに縛る。先輩は鳩を見上げていた。


「あれれ、しんゆーの友人である森羅先輩。お一人でどうしたんですか?」


 売り言葉。


「いや、ひ一人じゃないさ。これから一人になるのは君だよ。鳩さん」


 買い言葉である。


「俺をそう呼んでいいのはしんゆーだけなんだけどなあ」


「なら先輩呼びも辞めなよ。私は君の先輩になった覚えはないよ」


 両者の間で火花が出ている。俺はまあ、こう言うこともあると思い、買ってきたジュースを飲む。コカ・コーラとは別の人が作った100円雑魚コーラである。こういう場所では兎に角水分が欲しくなる。潤いが足りていない。この二人の関係もパサパサである。


「さてと、ここんな脳筋娘はどうでもいいよ。さあ、一緒においで」


「へー、実力行使なんですね。話が早い」


 鳩は手を少し動かす。距離を詰める。一瞬で事が進むように。


 その手には力が篭っている。本気で先輩に殴り掛かろうとしている。俺が止めようとする前に周囲の視線に気付く。初めは騒いでいたからだと思ったが違う。


 この場所は森羅の手中、彼女程の人間ならボディーガードは付けている。だからこそ、先輩は今打ち出された鳩の拳を避けもしなかった。鳩も理解して寸止めする。


 鳩は狂犬ではなく賢犬であるのだ。


「り、利口な獣だね。いい事だよ。格の違いを知るべきだ」


「一個貸しでいいよ。でもそれを忘れたら、あんたをどんな手段を使ってでも殺すから」


「おー怖い。き、君なら実行するだろうからね。これで遊びは最後にしておくよ」


 先輩は俺の手を掴むとそのまま何処かに連れて行く。きっとこのプールにおける特別スペースだろう。鳩にお別れでもと思ったが既に何処かに消えていた。先輩は弱々しく俺の手を引く。彼女を見ると恨めしそうな顔をしている。他の女の事を考えるなとでも言いたいのだろう。


「分かりました。その代わり二人とも仲良くしてくださいね」


「そ、それは相手の出方次第だね」


 そんな交渉を聞き入れるほど上機嫌である。喜ばしい事他ならない。そして、俺はプール横にある扉を前にして押して中に入っていった。


―――


 俺、春日鳩はプール際をうろうろとしていた。あのムカつく女をこの手でと思ったが、場所も悪いし、何よりもここで殺したら片付けるのに苦労する。本当にしたいのなら手段を場所を選ぶべきなのだ。


 そうして歩いていると取り囲まれる。一瞬、あの女の付き人かと思ったが違う。俺の体を好色そうな目で見る三人の男。汚らわしい。異性を性的な目で見るのならそれ相応の態度が必要であろう。チャラついた雰囲気も気に入らない。


「ねえ、一人?一緒にさ、泳がない?」


「「いいじゃん、遊ぼうよ!」」


 リーダー格が一人、周りはその引き立て役だろう。三人の体を見る。適度に引き締まった体、好色で脂ぎった顔。大学生だろう。格闘技などは習っていないズブの素人であろう。最高のカモである。ちょうど溜まっていたのだ。火遊びも悪くない。


「いいですよ。一緒に遊びましょう。その前にトイレに・・・」


 そう言って俺が立ち去ろうとすると三人も付いてくる。思った通りだ。私俺は舌なめずりをしてしまう。落ち着け、せっかくの獲物だ。ゆっくり楽しもう。


 そうして俺は彼らを連れてトイレで消えた。

 

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