幼馴染と学校で会う・裏

「人は脳で恋をする。人は脳で愛を語る。心臓に心は無い。性器に紐付けられて欲望に支配されながら、少しでもロジカルでロマンチックな存在であると誤認し続ける。人はそれを命と呼ぶのさ」


「哲学ですね。俺はそんな風には思えないですけど」


「そうかい。相変わらず退屈だねえ。じゃあ君に何があったか順に話そうか」


 明かりを付けない。時計の音、そちらに目を向ける。光をたっぷり吸った数字が浮き上がる。既に12時である。この学校は既に先輩の掌である。彼女が裏から手を回しているのだろう。彼女は俺が望む事をして、望んでいる事を想像する。


 彼女は色狂いだが死ぬ程頭が良く金を持っている。


「君はあの日、中学卒業式の日に頭部を打って病院に運ばれた。人は脳に全てが詰まっている。当然、そこの血が流れれば記憶は吹き飛ぶ。君にとってどういう記憶かは分からないが、それは忘れられていた。そして、あの春日鳩はそれを都合がいいと思ったんだよ」


 恋愛探偵は闇の中で足を組む。妙に艶めかしい。目が慣れる。資料も見えやしない。だが、既に情報は与えられた。そこから答えを導くだけなのだろう。


「獣の様な性欲、男友達と思っていた相手に見せた雌の部分、そして何よりお前が失神している間に起こった事。その全ては君の記憶喪失によって隠された。そして、彼女はね。君の番人になったんだよ。人類の初めての嘘とそっくりだ」


「聖書も読むんですね」


「恋愛探偵は読書家なのさ。そんな卑しい女である春日鳩は君を監視し続けた。思い出したなら、もう一度同じ目に・・・だがそれはもう出来ないだろうね。なんだって、君の周りにはあの二人が付いている。もう好き勝手は出来ないさ」


 彼女が言っているのはゆると先輩の事だろう。ある意味助かったのかもしれない。また死に掛けるのはごめんだ。それに俺は鳩の事をもう忘れたくない。


 俺は鳩という少女に対してどういう感情を持っていたのか。これだは俺自身の中を見つめて初めて分かった。暇あれば一緒にいて、馬鹿をして、ヘラヘラとしていた。だが、それが彼女にとって苦痛になっていた。それでも俺は・・・



 恋愛探偵は最悪な笑い方をする。口が裂け、まるで愉快で仕方がない。この人は博識で人の悩みを解決するかもしれないが、その本質は愉快犯に他ならない。


「凄いな。まだ苦しめるのか!まだ彼女を壊すのか!!彼女の事を愛してあげないのか!」


「愛しているし、好きですよ。それと今の関係を辞めて、男女関係になる事は別でしょ。俺はあなたにモテる理由を聞いたんです。その後の決断について何一つ依頼していません」


 恋愛探偵は納得した。理に適っている。道理になってないだけである。タバコを吸うような仕草をする。彼女の癖である。


「まあいいさ。だが、一つだけ言っておくよ。私は探偵もどきであって、憑物落としなんて出来ないよ。だから君が春日鳩を弄んで、彼女という犬神に喰われても知らないよ」


「それだって怪しい物でしょう。彼女が犬神だとしても関係ないでよ」


「どうしてだい?」


「だって犬神ってのは呪物として扱われる事もありますが、愛媛の一角においては邪悪なランプの魔神として機能していた。どちらに転ぶかは俺の在り方次第でしょ。それに憑物である事と憑物に取り憑かれているのは別です。話し方からすると少し勘違いなさっている。そこを間違えるのは探偵失格では」


 恋愛探偵は赤面している。彼女としては俺は無知な依頼人だったのだろう。だが、俺は彼女に依頼してから当然、勉強はしている。恋愛探偵の意見はあくまで参考として利用するつもりだった。恋愛論は流石だが、それ以外はかなり拙い。


 憑物筋と憑物付の意味はまるで違う。血縁的な因習の前者と後発的な精神疾患である後者。間違えてはいけない。


「中々・・・挑発的だねえ。素直に聞いていたのは品定めかい。流石、女誑し。人が悪いね」


「そうですよ。期待以上の答えを出して貰いました。なので、この調子であと二人、よろしくお願いします。料金は当然、別途で支払います」


「その金は可愛い彼女達からせびったのかい?」


 俺は立ち上がり、服を整える。そして、恋愛探偵に向かって少し笑う。自分でも様になってきた。彼女達はこう言う表情が好きなのだ。気怠げで悪意に満ちて人の悪い顔。闇で隠れているが俺はそんな顔をしている。


 俺は一度だって鳩の望みを断った事はない。



―――


 私、恋愛探偵は明かりを付ける。長い一日が終わった。恐ろしい体験であった。あの底知れない春日鳩という女。そして、それを自由に扱い自分の手駒にしている男である南足近友。彼は危険である。暴力の権化である春日鳩、権力の象徴である森羅まほろ、そして・・・あの南足ゆらを抱きこんでいる。


「私はあの男に向き合え続けるのか?戦えるのか?」


 愚問。私は恋愛探偵である。より怪奇に踏み込んだせいで遅れを取ったが恋愛を軸にするばあの男を確実に納得させ続ける。そして、こちらにはあの男に提出していない情報もある。


 それは中学三年生放課後起きた事の記録映像。あの日、学校にいたのは春日鳩とあの男だけでは無かった。あの日、彼女は学校でお別れ会を行っていた。だが、実際はその後、彼女は女子陸上部として最後の練習を行っていた。それに付き合った後輩がいたのだ。


 ハードな練習だったらしい。後輩も付いていくのがやっとだったらしい。


 そして、後輩と別れた後に汗ばみユニフォームのまま学校に入る彼女に疑問に思い、付いて行ったのだ。そして、そこで行われた映像を記録した。それは私が調べるまでスマホの中に保存され続けた。


 私はそれをある程度の金を渡して譲って貰った。いや、相手方は貰って欲しそうだった。忘れたかったのだろう。


 それほどに醜悪な映像である。


―――


 記録映像。鳩の告白、彼を押し倒し、彼の返事に返した所まで早送りする。ガラス越し、映像の質は良くない。音声だって決して全部入っている訳ではない。だが、それは彼の言葉で補完する。


「笑ってるね」


 鳩がそう言うと彼女はまた彼の口を自分の口で塞ぐ。そのままユニフォームを下ろし上を脱ぐ、カメラが揺れる。ピントが外れて映像がボケる。だが、中で行われている事は分かる。撮影者の動揺。


 そしてピントが合い、画面上で何が起きているか分かった時には全てを事は終わっている。そして鳩は、彼女は、



 唾液を垂らし彼の口に落としていた。彼はそれを息をする為に飲み干している。まともな恋愛ではあり得ない奇怪な行動。だが、それはこの二人だから成り立つ。そして、彼女が一頻り出し終えると立ち上がり、全裸のまま頭部がぐるりと後ろに向く。人間が向ける限界。そして撮影者を見つめた。


「何やってんだ、お前」


 記録はここで終わっている。


 撮影者である鳩の後輩はもう彼女には会っていない。それは見つかったから姿を隠した訳ではなく、鳩が見せたあの顔は決して冗談では無く、人殺しの顔に他ならないからである。


―――


 俺は学校一階で靴を履き替えて、外に出る。少し肌寒い外、早く帰らないと妹が眠れない。道にある小さな電灯、まだ起きている不健康な部屋の住人、その明かりが俺の位置を教えてくれる。


 校門前までそれを頼りに向かう。スマホの電気も切れていた。だから、そこに立つ影が誰か最初は分からなかった。


「おーしんゆー、遅いぞ」


 鳩だった。制服が良く似合っている。太く鍛えられた足を組み、校門に背中を預けている。へらへらと笑っている。この時間に待っている事に関しては少し奇妙に思える。


「鳩か、俺を待ってたのか」


「当たり前じゃん。私のしんゆーなんだからさ」


 鳩は肩を組んでくる。胸を押し当て、キスもする。いつも通り、だが少しだけ遊んでみたくなった。悪い癖だ。


「なあ、鳩」


「なんだよー」


 いつもの様に無邪気で男友達の様な気楽な笑み。


「あの時は可愛かったな」


 沈黙。帰り道を歩く。その時、鳩の顔がこちらを向く。爛れた顔、強い匂い、体温が上がっている。そして目は俺へのぐじゅぐじゅとした感情で泥ついている。噎せ返る程の彼女をぶつけられる。だが、これが欲しかったのだ。


「思い出したのぉ?」


「ああ、でもさ。俺は鳩が好きだぞ。ずっと一緒にいような」


 鳩は笑う。心底楽しそうに、嬉しそうに、そしてその言葉の真意を知って、抑え切れない感情を悦に浸った雌の獣めいた顔でこう言った。


「最低」

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