幼馴染と学校で会う・表
いつの間にか真っ暗闇、遠くの光は消えている。その中に俺と恋愛探偵は互いの輪郭だけ把握している。
「それは中学3年卒業式、君はどんな目にあったんだ」
「卒業式?俺は・・・」
脳に痛み。まるで思い出す事自体が苦痛、いや快楽なような。恋愛探偵の顔が歪む、だがこれこそ望んでいたのだ。俺がモテる理由。その一つはそこにある。苦痛の海に潜る。口が震える、そして興奮を隠せない。
そして意識が飛んだ。
―――
混ざる時間。把握出来ない深層心理。
暴れる鳩。それを宥める日々。鳩の唾液、鳩の体液。毎日、マーキングされる様に浴びせかけられる。徐々に鳩の匂いが落ちなくなる。夕方、朝、昼。常に一緒にいた。徐々に彼女の力が強くなる。彼女の唇が俺の口に近づく。その手が下半身に伸びる。まるで貪る様に俺を喰らう。それの臨界点があの日だった。
―――
中学3年、最後の日。教室の黒板にはお別れと感謝の言葉が書かれている。教壇前まで近づく。だが、それを見たってあまり感動は無い。最後の別れの歌も心が動かない。あまりクラスメイトと仲良くは無かった。というよりは一方的に嫌われていた。
その理由の一つが鳩のせいだろう。彼女は俺と常に一緒にいた。目立つ外見である。周囲の視線も嫉妬も集まってくる。鳩は男女から人気がある。まあ、その裏では陰口が言われているのも事実だが。
だがそれでも彼女が皆から興味を持たれているのは事実である。だが俺は違う。中学は一貫して通ったが、生徒達は小学校からの繋がりがある。その輪には一度だって入れなかった。小さな村社会は途中参加を認めてくれない。村の象徴みたいな人間を独占する事をよしとしないのだろう。
夕方、もう音は無い。数時間前に卒業式は終わったのだ。今更学校に残っている生徒なんていやしない。この日に関しては教師達もさっさと帰宅した。今いるのは俺一人かもしれない。いや、もう一人いる。
「鳩、遅いな」
声が出る。鳩に呼び出され、俺は自分の教室で待っていた。校門ではないのは奇妙だったが、理由があるのだろう。近頃、彼女はより長い時間会いたがっている。だが、妹の世話もあるのだ。無限に一緒に入られない。高校になれば彼女ともここまで一緒にはいられないだろう。そんな予感があった。
その理由は高校見学のあの一幕である。
来年から通う高校。ここから数キロも離れない。この辺りは小中高が隣接している。擬似的エスカレータ式と言える。そこにいた森羅という女子生徒、先輩になるだろう人に目を付けられてしまった。とても冷たい目をしていた、それに非常に高圧的で仲良くなれそうにはない。いや仲良くなる事自体が無理だな。俺は今、幼馴染と妹で手一杯なのだ。
扉が開く。やっと来たか、振り返るとそこには鳩がいる。ただ、いつもとは服が違った。
陸上部にいる彼女は当然、セパレード型ユニフォームを持っている。だが、それを今着ている理由が理解出来ない。そこそこ大きな胸は黒のユニフォームで押し潰され、窮屈そうになっている。強靭な両太腿は切り詰められたパンツ状のそこからしっかり見える。髪はボブ、短くはあるが可愛らしい。顔立ちは相変わらず綺麗だが、近頃はますます綺麗になっている。猟犬を思わせる無駄の無い顔立ち。
そして全身が汗ばんでいる。
「ごめんな。少しお別れ会があって、走ってたんだ」
「そうなんだな。だったら今日じゃなくても・・・」
「今日じゃないとダメなんだ。今日は特別な日だからね」
彼女が扉を閉める。そして鍵を掛けた。ゆっくりと近づく鳩。俺は少し後ずさる。濃く強い匂い。女と獣。頭がくらっとする。性欲に匂いがあれば、これの事を言うのだろう。
「ねえ、しんゆー。いや、近友」
俺の名前を久しぶりに呼ぶ。あだ名では無い。ただならない空気感。それが分からない俺でもない。だが、何故こうなったか分からない。鼻息も荒い。
「好きなんだ。君が、会った日から。ずっと、ずっと、ずっーーーと好きなんだ。もう抑えられない」
「急にどうした?なんでだ?なんで俺が好きなんだ?」
鳩は笑う。ジョークとでも思っているのだろう。だが、俺の顔を見て、更に笑う。笑顔とは元来攻撃的なイメージを持つ。鳩のそれは暴力性を内包している。
「・・・酷いなあ。それはね、私にとってしんゆーは特別なの。好きで好きで堪らない。そこに明確な理由が必要?一目惚れを証明するのなんて私にしか出来ないよ」
首を傾げて、近づき腕を伸ばす鳩。それに捕まれ引き寄せられる。力では勝てないだろう。だが抵抗する気も無い。彼女は髪を触る。俺が言った通り、髪を切ってしまった。また、彼女が今塗っているリップも俺が上げた物だ。
「ねえ、私と付き合ったら何でもしてあげる。私って男っぽいじゃん。だからさ、しんゆーが望むならどんな姿にでもなって上げる。スカートだって履くし、可愛い下着も着てあげる。髪を伸ばしても似合うと思うんだ。嫌いな所は消すし、好きな所は継続する。望むんだったら陸上だって辞めるよ」
「そんな事言うなよ」
あまりにも度が過ぎている。人の好き嫌いで釣り合わない人生破壊。
「言うよ。一世一代の恋なんだから、全部を差し出したい気分なんだ」
鳩は俺を抱きしめる。彼女についていた汗もべっとりと付く。俺も抱きしめる。肌に直接触れてしまう。ざらざらとした質感。鍛えられているのだろう。くすぐったそうに身をくねらす鳩。
「本当は私、人間じゃなくて大きな犬とかに生まれたかったな。そうしたらしんゆーの家でずっと一緒にいられたのに」
「いるだろ、随分と一緒に」
鳩は頬を膨らませて首を振る。いつものあの乾いた感じがなくなっている。人はこんなにも短時間で変わってしまうのか。
「足りない。全部、ずっと、永遠に一つになりたい。ここでね、もしかしたら殺した方がいいのかもしれない。でもね、それは耐えれないの」
鳩の抱きしめる力は強くなる。体が折れそうになる。だが、彼女のそれに殺意が無い事は分かる。軋む体、彼女の全てを受け止め続ける。
「もし、ここでしんゆーを殺してもう二度と話せないなんて絶対にいや。しんゆーは私だけの物にしたい。でもそれは出来ない。だったら・・・」
鳩は俺を少し離すと、そのまま口にキスをする。噛み付くような喰らう様にキスをする。彼女の香りが肺に入っていく。溺れそうな程の強い匂い。獣、野生。それが体を駆け巡る。舌と舌が混ざり合う。
そして離した時には鳩の顔は満足そうで夢見る少女になっていた。
まるで無垢でまるで純粋でこの世の理不尽や穢れを知らず、ただ思った事が実現できる。そんな風である。普段の悪ガキの様な表情とは違う。彼女の別の一面を知った事、それは何とも言えない快感として体を駆け巡る。
「俺はいつでもしんゆーの側にいる。そう決めたんだ。何があっても離れない。そして、必ず守って上げる。俺はしんゆーの犬だ。望めば必ずやってくる」
「・・・」
何も言えない。彼女の目は本気だった。蕩けて惚けて心の底から俺を愛している。そんな強く濃い感情を受けたのは初めてだった。頭がクラクラする。彼女は俺を押し倒す。後頭部の痛み、体が宙に浮かぶ感覚。
―――
更に過去、大過去。
思い出すのは鳩と会った日とこれまで、鳩は常に艶っぽい顔をしていた。今思えばそれは俺に対して恋慕だった。ならば、その最初はどこだ。ある筈だ。握手をしたあの日、プールのあの日。違う。どれも違う。何かもっとある筈な明確で確かな結論が。
転入前、一戸建ての今いる家に入った時、遠くの方で見つめている誰かいた。それは鳩。幼い頃、会話もせずただ顔を見た。二人とも名前も知らない。
だが、俺は気付いた。鳩は俺の家族構成を知ったのだ。
―――
吹き飛んだ意識は帰ってくる。鳩に抱きつかれたままである。後頭部が濡れている。血が流れているかもしれない。だが鳩は分かっていない。周囲が暗くなり、教室は真っ暗。その中で二つの影一つになっている。跨っている鳩、重さは感じない。触れれる場所は全て触れている。
鳩は俺の首筋を噛んでいる。そして、声にならない声を出し続けている。
「好き、好き、好き」
舐めて、噛んで、楽しんでいる。指は絡み合う。足にも巻き付き始めている。囁く様にいつもの男っぽい雰囲気は消えている。ただ、裏声で妙に他人行儀な声が教室に響く。背徳がある。
「愛している。大好き。ずっと一緒」
鳩は壊れてしまった。だが、それでも良かった。どうせ、俺の人生は・・・女に狂わされる。狂う女もいるだろう。
「好きって言って、愛しているって言って」
「好きだよ。愛している」
「あはぁ」
闇の中、車の光が一瞬教室を照らし、俺に跨る鳩の顔が映る。真っ赤な顔、扇情的に出された舌、濃く濃度が高い息を吐いて、ぐじゅぐじゅと潰れたトマトの様に澱んだ瞳で俺を見つめている。
鳩と言う男友達のような存在の女性部分を叩きつけられる。脳が痺れる。鳩は俺の顔が見えているのだろう。嬉しそうにようやく待ち望んだ。そんな空気を漂わせて声を出した。
「笑ってるね」
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