幼馴染と通学路で会う・裏

 薄っすらと暗くなる。長い長い一日が終わる。窓から見えるのはマンション群。学校近くは未だに古いが少し離れるとアパート・マンション群がある。まるで壁の様に街を取り囲んでいるのはある種、象徴的と言える。


 恋愛探偵はそれを背景にする。名探偵にはうってつけである。


「性欲と暴力の親和性なんて今更語る事も無いんだけどね」


「初耳です」


 恋愛探偵は邪悪に笑う。わかってる癖にと言う嘲り。今更無垢を気取るなと言っているように見える。酷い言い草だ。俺は彼女達とそこまで爛れた生活は送っていない。一線は超えていない。


「そうかい?なら説明しようか。恋愛なんてのはね。他者を支配する快感を互いに享受する関係性に他ならない。そこに純粋でウブな感情はあり得ないんだよ」


「極論ですね。世の中を斜に身過ぎています」


 この恋愛探偵はあまりにもアンチ・ロマンチストである。俺自身は恋愛に夢を持ってはいないが、それが夢である人がいる事は知っている。ましてそれが大半ならいま彼女が真理の如く語るのは少しやりすぎている。


 だが、恋愛探偵は止まらない。


「そうかな?むしろ私からすれば遠慮した物いいだと思うよ。俗に言う男女のメンヘラもDVも本質は同じ支配欲を社会性に嵌め込めなかったに過ぎないと思ってる。その中で春日鳩は限界ギリギリの所だったんだろうね」


 彼女の隠し撮り写真がばら撒かれる。それらは彼女が撮った物では無く、素人が撮ったものを集めたように見える。証拠として撮影していたのだろう。だがこれが警察の手に渡っていない。だが、恋愛探偵の手に渡っているのは事件性は無くなってしまったのだろう。


 その殆どが不良を殴り、蹴りの場面ばかりである。傷一つ無く、圧倒的な暴力で相手を蹂躙している。こんな写真を不良は出せる筈がない。自分は女より弱いですと言っているようなものである。


「私も驚いたよ。調べれば調べる程、彼女の暴行は出てくる出てくる。まあその大概が君の悪口もしくは君に危害を加えようとした連中ってのは調べて分かったよ。忠犬気取りだねえ。高1から始まって今に至る訳だ」


「俺は何も言ってないですよ」


「言わないだろうさ。君は彼女を否定しない優しく甘く肯定し続けた。彼女が狂って行くのを見ていたんだ。男友達のように接し続けて、彼女の女性としての自尊心は削れ続けた。サディスティクなプレイとしか言えないよ。君は彼女を道具とおもっているのかい、変態」


「」


 何も言えない。俺は無意識にそんな事をしていたのか?していない。恋愛探偵の戯言だ。


「何も言えないか色男。でもいいさ。恋愛探偵は警察でも無ければ弁護士でも無い。趣味で探偵をしてる高校生だからね。君を裁くつもりはもうとう無いさ」


「ありがとうございます」


 反吐が出る。だが、確かな腕なのだ。写真にいる彼女、新しくなる毎に獣性が顕著になっている。


「さて、彼女は暴力も性欲も収まらなくなってた。全身が昂り続けていた。彼女の身体測定に関する情報にも身体能力の著しい伸びが見受けられる。恋する乙女の煮込まれた感情は人を成長させるねえ。そして彼女はごくごく普通の下らないヤンデレみたいになりかけたんだよ」


「下らないヤンデレ?あまりそう言ったジャンルには疎くて」


 溜息。初めて人間らしい態度をする恋愛探偵。


「全くラブコメを読みたまえ。探偵に依頼する時、推理小説を嗜むのは礼儀。恋愛探偵に依頼するなら虚構推理ぐらいは読んでくれないと話にならないよ」


「熟読します」


「よろしい。では、下らないヤンデレとは何か。それは暴力性に重きを置いた最終的殺害を結論付けた判子的な異性関係の総称だ。ただ暴力を振るい、相手を殺して支配する。なんて下らない。この恋愛探偵は一度そんな舞台に躍り出たがあまりの退屈さに欠伸混じりに解決してしまった」


 随分と仰々しい言い回し。だが、彼女の価値観は何となく把握出来る。俺は写真の一つを拾う。鳩の拳が不良にめりこんでいる。中々イカしている。


 明日にでも撮らせてもらおう。


「死んでから愛するなんて真の愛じゃないって事ですか?」


「うーん、凡庸な言い回しだ。詩人じゃないね。愛を囁く時、君はそんな退屈なのかい?まあ、いいさそうだ。真なるヤンデレなら殺してでも生かして愛する土壌がないと、死んでけじめなんて付けちゃダメだ。永遠と呪われるべきだ。暴力や違法によって成就させた関係性なんて破滅に紐付けられているんだ。落ちる時は自分も落ちないとね」


「饒舌ですね。詩人だ」


「嫌味ご苦労。では、彼女はどうなのか。可愛い人だよ。彼女はねえ、必死に耐えたんだよ。君が好きで好きで堪らないのに、君は優しく甘いだけ。蕩けるように垂れるようにただ腐らされて、獣になっていたんだよ」


 恋愛探偵は絵葉書サイズのそれを見せる。布を羽織った犬。薄黒く首には赤い線。舌を出してこちらを見ている。古い絵巻のようである。


。西日本においては珍しくない妖怪だ。四国に関してはそれを飼っていたなんて話がある。犬の姿をした神・・・なんかじゃなく、犬の神という大義名分を与えられた哺乳類を使った大規模蠱毒。恐ろしいね」


「急にオカルトチックですね。恋愛探偵なんでしょ?」


 指でくるくる回す。遊んでいる。


。他者を愛する事が怪奇じゃないとでも、誰かと交わる事が恐怖でないとでも、君は随分と満足行く性行をしているんだねえ。もしかして、彼女達へ私も知らないような使をしてるのかい」


「心底最低です」


「そりゃそうさ、探偵だって言ってるだろ。さて、それが何に関係あるか。彼女が犬神憑きなのか?いや、そんな事はない。血縁捜査はしたんだよ。関係者はいなかった。だけど、彼女の特徴は間違いなく、犬神憑きなんだよ。可能性は一つだけ、彼女はねえ。君と一緒にいて、そうなったんだよ」


 恋愛探偵は資料を提出する。そこには中学の時、鳩の行動を逐一書かれている。その中には陸上部の担任からのセクハラや周囲の女子生徒から受ける男子生徒に対して親し過ぎる事に関する陰口、徹底的に調べられている。


 いつも明るく笑っていた鳩はこんな悪意を浴び続けていたのだ。


「彼女にとって学校は苦痛で、君さえいれば良かった。だけど、徐々にそれだけじゃ満足出来なくなった。殺して自分の物にしたくなる。でも、そうしたら温もりを得られない。何より君と話せない。必死に耐えて、吐き出して、変わって、学校とは蠱毒そのものだ。犬神だって現れるさ」


 あまりにも荒唐無稽。流石に納得は出来ない。


「妖怪って事ですか。流石にそれは・・・」


「まあ、正確に言えば精神が追い詰められて生まれた野獣性の発露、それに名前を付けたそう思ってくれた構わない。さて、では事の顛末だ。鳩は君が死ぬ程好きで、君に意識して貰いたくて、可愛いと思って欲しくて、でも出来なくて、だから君は・・・」


 既に真っ暗。明かりが付く。闇は晴れ、白い床が目に痛い。机と椅子にも光が反射する。ワックスがしっかり塗り込まれている。


 清潔な空間。だが、この学校にいや、学校という場所は妖怪的現象が集まるのだろう。七不思議、百物語、上げれば切りがない。切りがないほどあるのだ。


 彼女はささやくように語る。



 記憶は吹き飛ぶ。過去へ過去へ辿り着きたかった事。何故鳩は自分を好きになったのか、何故鳩について疑問に思ったのか。そう感じた理由。それは彼女との重要な事を忘れていた、いや衝撃によって強制的に記憶の底にしまったのだろう。


 

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