幼馴染と通学路で会う・表

 微睡む意識、変らず夕方だ。恋愛探偵の声は徐々に遠くなる。忘却の彼方、まるで夢の様に意識は奥へ奥へ進んでいく。


 いや、戻って行く。


―――


 中学3年二学期終業式。すっかり冬になってしまった。鳩と俺はいつもの様に通学路を歩いている。彼女は陸上部にこそ入っているが真面目に練習している所を見た事がない。というより、そんな事をしなくても最速は変わらないのである。


 天性のバネ、類まれな筋力。近頃は同級生とは比べ物にならない程、鍛え抜かれている。陸上選手の体付きではない。格闘家の様にも見える。まあ、知らんのだが。


 俺としては彼女に練習しろだの言いたくもない。俺自身がスポーツは得意じゃないし、彼女にとって参考になる意見など言える筈もない。そして、鳩は近頃俺の話を素直に聞きすぎる所がある。俺の素人意見を真に受けて体を壊したら困る。


 路上には僅かに積もった雪。夜に降っていたらしい。


「いやー寒いね。俺としてはこんな中学校に行きたかないよ」


 鳩は軽快に笑う。


「俺もだよ。何が楽しくて、朝早く起きなきゃいけねえんだよ」


 俺もぶーたれる。だが、寒いのは変わらない。鳩の方を見る。肌色に黒が残る夏の残像。いつもは薄着だが制服の上から黒いダウンを羽織る。髪は少し伸びていた。爪も少し伸びているが、鋭く鋭利に見える。


 顔つきには幼さが無くなり、洗礼された獣の様な美しさがそこにある。中世的外見も入り込み男装の麗人という印象を与える。矛盾した表現、だがそれが確かにそこにあるのだ。


「そういや、終業式って2限からじゃなかった」


 あっと気づいた事を話す。すると、鳩はため息を付く。自分と俺に対するアホさに対してである。


「しんゆー、お前は相変わらずダメな手下だぜ。なんでそれに気づかないんだよ」


「こら、首しめ、締めるな。お前が家に来たからだろ。それに朝は色々忙しかったんだよ」


「ああ、布団が恋しいな!!!」


 人の首を絞めながら勝手な事を言う鳩。胸を押し付けられているが、窒息の方に意識が向く。何度もタップしながら命乞いをする。だが、耳に唇が当たる。横顔は肉食獣の顔である。


「あー堪んないよ。私の手に今、命が握られている。この感覚は癖になるね」


「殺し屋みてえな事言ってんじゃねえ!!」


「悪い悪い」


 手を離す。そしてへらへらと笑う鳩。近頃、スキンシップが激しくなる。軽い暴力性と強い性的アプローチが多くなっている。それを彼女は無自覚で行なっている。まるで抑えれない様にも見える。そして、俺の背中を摩りながら、思いついた仕草と指パッチン。


 嫌な予感しかしない。


「なあ、今から人通りが増えるだろ。人に気づかれないようどれだけ面白い事出来るか勝負しない?」


「全く、買ったら昼食奢れよ」


「よっしゃやるぜ!!」


 人通りが増えている通学路。時間を間違えた生徒は結構いる。その中に紛れながら俺達はゆっくりと歩く。周囲の歩幅を計算しながら死角を探す。そしてまず俺から動く。遠くの方で救急車の音。それで僅かに視線がそっちに向く。俺は片足になってそのままけんけんで歩く。そして音が消えた時には元に戻した。


「やるねえ。だが、少しお上品じゃない」


「片足立ちがお上品?どういう価値観?」


「もっと激しく行こうって事」


 鳩は近くにあった石を蹴り上げる。多分、一瞬だけ死角が生まれたのだろう。それを彼女は見逃さなかったのだろう。一流の格闘家が相手の油断を見逃さない様に。ずば抜けた身体能力で蹴り上げられた石は弧を描かず、直線上弾丸のようにぶっ飛ばす。


 校舎の上を軽く飛び越えた。ガッツポーズをする鳩。俺は驚きを隠せない。近頃、鳩の身体能力は理解を超えている。背筋が寒くなる。


「ちょっとすごすぎる」


「だろ、汗掻いたわ」

 

 鳩は笑いながら俺にダウンを渡してくる。むわっと匂いが鼻に入ってくる。少し目が血走っている。全力を出したせいか、昂っている。息が少し荒くなっている。少し体を弾ませる。周囲の視線がこちらを向いている。だが、気にしていない。


 こうなると手が付けられない。前も一緒に帰ってた時に不良に絡まれ、その際こんな顔になってそいつらをボコボコにしていた。止める事も出来ただろうが、俺はそれをしなかった。止めれば素直に聞いて殴られていただろう。それは嫌だった。


 今あの時と同じ顔をしている。

 

「趣旨変わってんぞ」


「そうだな。じゃあ、少し離れるか。時間はあるしね」


 そう言うと鳩は俺の腰に手を当てるとそのまま軽く持ち上げながら走り出す。俺の体重など感じない程、軽やかに走る。物を運ぶ重心移動が抜群に上手い。そして近くの路地裏へと向かう。周囲の視線はこちらに向かっていたが、近寄り中を確認する程の話ではないのだろう。


 彼女は俺を壁に押し付ける。息が掛かる程近い。血肉の香り、妙に獣臭い。近頃、筋力を付ける為、肉を多く食っているらしい。汗がどろどろと出ている。彼女に憧れる女子生徒には見せない下品な表情。


「ねえ、誰も見てないよ」


「ルールはいいのか」


「遊びは終わりだよ。だってさ、近頃抑えが効かなくなってんだよ。体がさ、ずっと熱いんだ。焼けそうなんだよ。お前といると特にだ」


「そうか、俺はどうすりゃいいんだ?」


 すぐに言葉が出た。鳩は俺の幼馴染だ。出来る事をしてやりたい。その言葉に驚いたのか、鳩は泣きそうな、嬉しそうな、そして可笑しそうな三色混ざった顔をする。人はこんなにも複雑な顔が出来るのかと驚いてしまう。


「本当に言っていいんだな。もう抑えられないぞ」


「ああ、しんゆー。なんだろ。困ってる時はお互い様だぜ。あの頃、クラスに馴染めない俺に手を伸ばしたのはお前だろ。俺が手を伸ばすよ」


 俺は両手を広げる。鳩は俺に抱き付き、そのまま首筋に歯を立てた。軽く痛み、そのまま強く抱きしめてくる。骨が折れそうである。だがその背中を摩りながら、落ち着かせる。徐々に力は弱まる。


 近頃、これをしないと落ち着かないのである。これが終わると次は甘えた仕草をし始める。大型犬を飼っている気持ちである。


「落ち着いたか」


「落ち着いたよ。いっつもごめんな。本当に・・・」


 俺が壁に寄りかかる。彼女も抱き着いたまま下にずり落ちる。俺の膝上に胸を預けながら、子供っぽい悪さをしてバツが悪い。そんな顔をしている。頭を撫でる。するとそれに頭を擦りつけて来る。そして、それは徐々に顎に変わり、腹部を撫でる。


 やっぱり大型犬である。


「いいよ。しんゆーだろ」


「ああ、しんゆーだ」


 鳩は俺の頬にキスをする。そして、そのまま舌で頬を舐める。髪が鼻に当たる。少し擽ったい。


「髪、切った方がいいか?」


 髪を弄りながら不安げな顔をする鳩。こういう時は妙に色っぽく胸の奥を擽る。


「そうだな。少しくすぐったいかもな」


「そうじゃあ切るよ」


 鳩は甘える様に笑いながら、俺の膝を枕にして休む。頬に触れてみる。もう、熱は帯びていない。


―――

 

 恋愛探偵は黙って聞いていた。そして、口を開く。


「なるほど。もうその頃から怪物性が剥き出しだった訳だね。そして、君はそれを否定せず肯定もせず、ただ甘やかした。だからこそ彼女は君を啜りながら大きく強く育った訳だ。罪深い男だ。男友達として扱って置きながらそんな風に心を弄るなんてね。正義の名探偵なんかじゃない私でも咎めたくなる」


「まあ、人それぞれですので」


「そこら辺から彼女が狂い始めたんだねえ。

 


 

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