恋愛探偵かく語りき

 南足という男と出会う6時間前、恋愛探偵である私は授業を受けていた。


 学校なんて退屈な場所である。そんな風に断言出来るのは退屈な人間と相場が決まっている。これはあらゆる文法に組み込める。面白くない世の中を面白く。歌詞にあった気がする。そんな言葉遊びで頭を柔らかくする。


 数学の授業中だが私はこれから行う大推理の準備に忙しかった。恋愛探偵なんて名乗らなくても探偵は基本色恋沙汰で金を稼いでいる。それを専門的に扱うのだからある意味最も探偵的であると言っても良い筈である。


 そんな私でも、今回の色恋には少し苦戦する。かなり調べるのに時間が掛かった。とにかく複雑で難解でそして理解しがたい内容なのだ。


 南足。きたまくらと読むらしい。不吉な名前である。下の名前は少し理由があり考えない事にしている。この男、私の後輩になるこの男はこの学校における名物になっている。


『あの読者モデルであるゆるの兄であり、森羅の御令嬢に溺愛され、春日を自由に扱う。女誑しの糞野郎』


 そんな噂話が学校内に吹き溜まっている。その上、彼は学校には通っているが授業には出ていない。その癖、成績は何故か全て満点。テストも受けていないのにである。全く不可解な男、そいつが私に依頼してきたのだ。


『何故、俺がモテるのか教えて欲しいと』


 南足の外見を一言で例えるなら特徴の無い男である。中肉中背、そこまでイケメンではないが、ブサイクでもない。特殊な家庭環境を除けばごく普通の高校生である。


 だが、彼が深く関わった三人は彼に対して暴力的な程の恋愛感情を持っている。それは彼を調べれば一瞬で察しが付く当たり前の事である。


 そんな彼を調べれば調べる程出てくるのは奇妙で機会な話ばかり、オカルトの類と思われてもしょうがない。だが、それが本当に存在するという事実。それに私は興奮を覚えていた。もし、この事件を解決出来たのなら、そして公表出来たら私は名探偵と呼ばれる事になるだろう。


 だが、それ故に私は慎重になっていた。この顛末を間違えれば、確実にあの三人の逆鱗に触れる。二度と日を見る事は出来ないだろう。


 チャイムが鳴る。会うのは放課後まだ時間がある。昼休みは近くのトイレに入り、私は映像資料に目を通す。私が集めた貴重な資料。何度目を通しても理解しがたい内容である。


―――


 これらは全て彼が三人といちゃついている映像である。


 一つ目は彼の義妹、南足ゆるである。隠しカメラを仕掛けて記録している。彼の部屋の中、これに関しては彼が自発的に設置した物である。調査の為に必要であると私が提供を望んだ。快く引き受けたのは驚いたが彼も本気で理解したいのだろう。


 部屋でベットを背にゆると肩を並べ本を読む彼。時間帯は夜、カメラ位置はクッションの間なので、表情までバッチリ見える。人形のように美しいゆる。女である自分が見ても綺麗と言ってしまう程である。二人の声が入る。


「お兄ちゃん、私の事好きー」


「ああ、好きだよ。大好きだ」


「本当?だったら、チュー」


 ゆるは彼に顔を近づけると唇を奪う。そのまま、中々生々しいキスをする。無抵抗な彼を喰らっているように見える。そのまま彼を押し倒すとそのまま1分ほどそれが続く。そして、唇を離した時には見てるこちらが赤面する程、恍惚とした顔になっている。


 兄妹がしていいキスでもないし、表情でもない。


「お兄ちゃん、好き」


「ダメだな。少しやりすぎだぞ」


「もー」


 冗談のような空気感。だが、彼女の指は彼の口にゆっくり入る。更に蕩けた顔。赤の他人が覗き見していい顔ではない。そして記録が急に止まる。


 一瞬、ゆるはがこちらを見た気がした。背筋が凍るほど恐ろしく冷たい目でのように見えた。


―――


 次の記録は彼らの通学路にある監視カメラを繋ぎ合わせた物である。まあ監視カメラというのはどれもセキュリティが甘いので簡単に映像を抜ける。それらから彼らが移っている映像を機械的に抜き取ったのだ。バイト君達もかなり頑張っていた。


 歩いている春日と彼が映っている。音声はない。春日は彼に抱きついている。肩を組み上機嫌である。次の映像に切り替わっても抱きついている。次の、次の映像でも抱きついている。そして、路地裏を映す監視カメラに切り替わった時、春日は彼を後ろから抱きしめ座り込んでいる。


 周りには不良が数人いるが皆、倒れており血を流している。音声が無い為、何を話しているか分からないが彼女の顔は分かる。


 血走った目、鼻息が荒い。汗を流しているのは喧嘩以上に彼に対して興奮しているだろう。そのまま彼女は彼の首筋に噛み付く。


 まるでしゃぶる様に舐め続ける。そして、それが15分以上続いた。そして、口を話すと唾液が伸びる。発情期の獣である。


 そして映像が途切れる。彼女が一瞬見た気がした。捕食者の顔のように思えた。


―――


 最後はスマホの自撮り映像だった。彼から提供されたそれにはあの天才児であり森羅の怪童である森羅まほろと彼が映っていた。気怠げな彼と異常な程白い肌を少しばかり高揚させた彼女。小さな画角一杯に映っている。背景の家具、そのレベルから彼女の部屋と推測出来る。探偵っぽい推理だ。


「い、いえーい」


「恥ずかしがらないで下さいよ。先輩、自撮りしたかったんじゃ無いんですか」


「こ、こう言うのには慣れていないんだ。ど、どうするのが正解なんだ」


「楽しむんじゃ無いんですか?俺も知らないんで」


「や、役立たずだ」


 あの冷静で冷徹だった彼女はそこにはない。まるで子供の様に彼に抱きついたりしながら、出会えなかった時間を埋める様に記録を取っている。そして、彼女としては勇気を出したのか、彼の頬にキスをする。


「ふふふ、やってやったぞ。わ、私ってば大胆だな」


「先輩は可愛いですねえ」


「な、生暖かい目で見るんじゃない!」


 彼に飛びかかるまほろ。そのままスマホは宙に舞う。そして、映像は途切れた。回転する映像の中に彼女の顔があった。


 無表情、あの冷徹な彼女がそこにいた。


―――


 映像を見終える。全てスマホに入れていた。イヤホンも外す。背中から汗が噴き出している。


 恐ろしい。何度見ても恐ろしい。彼女達がこれに気づいている事。調査されている事を知られた事もそうだが、ここに映っている彼女達は一年前とまるで別人なのだ。


 人格が変化したなんてレベルではない。まるで違う人間である。


 森羅まほろは冷徹な支配者であった。

 春日鳩は活発なスポーツ少女だった。

 そして、南足ゆるは不登校児であった。


 全てが違う。そして、一年前の南足という男に関してもっと特徴の無い人間だった。記録にも残らない普通の人間だった。つまり今と変わっていないのだ。これは恐怖でしかない。


 彼を中心に狂っているのだ。人が恋をして変わるなんて言葉では解決出来ない程の変化だ。


 そして、それと面を向かって対話をしようと言うのだ。正直勇気がいる。でもやらなければならない。既に相当の金は貰っているし、探偵としてこの恋愛の末路を見逃す事は出来ない。それが恋愛探偵としての矜持である。


 私はトイレから出ると顔を洗う。ふと視線を感じる。気のせいだと・・・思おう。


―――


 放課後。


 私は机と椅子を並べている。もう直ぐ来る。もう直ぐ始まる。周囲に視線を感じる。振り向くと・・・誰もいない。そうだ。誰もいない。安心しろ。出来る。立ち回れる。この長い一日を乗り越えれば、私は晴れて名探偵なのだ。


 そして扉が開いた。そこには南足がいた。乱れた衣服、きっとまほろといちゃついていたのだろう。だが関係ない。


 彼が座り、私は出来る限り堂々とそして如何にも余裕がある素振りを見せ付ける。負けてはならない。取り込まれてはいけない。この男を知ってはいけないし、何より理解しちゃいけない。


 彼を人間と思っちゃいけない。そうでないと取り込まれる。その覚悟で私は解決編を語る事にした。

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