なんかモテ過ぎて怖い・先輩編

 森羅まほろと知り合ったのは高校一年の時だった。


 第一印象は深窓の令嬢。黒の制服を翻し、春風の中を颯爽と歩いてのを覚えている。その頃は今よりも遥かに理知的でこんな風にどもる様な話し方をしていなかった。


 冷静で病的で非人間的印象を周囲に与える。実際、入学当初に彼女に無礼を働いた先輩が突然行方不明になった。その後、その生徒は他校に転向している事が分かり、まるで彼女の半径数十キロに入らない様に生活していた。


 そんな様を見せつけていれば周囲の生徒達からも距離を置かれる。だが、それが彼女の魅力と言えた。交わらず、関わらず、話さず、笑わず、人を人と思っていない様な・・・見た目通り吸血鬼の如くである。


 そんな彼女は俺に抱きついている。


 ささやかな胸を必死に擦り付け、どうにか扇情的に見せるべくなりふりかまっていない。媚びるように擦り付けている。そして、匂いを吸うべく俺の胸に顔をうずめている。折角の美貌が台無しである。


「え、えへへ。最高、権力を笠に好きな男を抱きしめるのってこの世のは、春だよ」


「先輩、変態すぎます」


「ほ、ほっておいてくれよ。これだけが楽しみなんだ」


 ここは空き教室。いや、正確には空かせた教室である。膨大な寄付金によって意図的に作らせたのだ。机と椅子が無造作に並べられた部屋で森羅先輩は俺を頬擦りしている。


 更に深く胸辺りに顔をうずめる。折角、女の匂いを取ったのに台無しである。森羅先輩はどろっとした表情で俺を見つめる。むせ返る香水の匂い。高級で品があり、その癖特徴的である。


 少しでも自分を証明している様に見える。価値ある存在であり、欠かせない存在であると。


 先輩は色々あって精神が不安定になった。いまとなっては慣れたがしばらくは大変だった。こうやって会う度に抱き着かせて頭を撫でないと周りにいる付き人を使って俺を拉致ろうとするのだ。滅茶苦茶だ。


「き、君が好きなんだ。妹ちゃんよりも、あの鬱陶しい幼馴染ちゃんよりも早く会えなかった事が心から悔やまれる。ぜんぶ、ぜーんぶ好きなんだ」


 彼女は体質的に力が弱い。アルビノが持つ遺伝子的な問題だろう。その気になればこんな抱擁から逃れられる。だが、彼女がしたい事はさせてあげたい。


 この人は良くも悪くも恋に溺れて変わったのだ。彼女は見上げる様に見つめる。怯えて震えている。頬を軽く抓る。少し意地悪したくなる。すると、「うー」と唸りながらも大した抵抗もせず受けいれる。


 そして、夢みたいな事を言う。


「な、なあ。私と一緒に無人島で暮らそうよ。き、きっと楽しいよ。あの忌まわしい二人を連れてきてもいいぞ。な、なあ」


「先輩、先輩にだって人生があるじゃないですか。今更、全て捨てろなんて俺は言えませんよ」


「わ、私を舐めるなよ」


 先輩は俺の顔を掴む。病的に白い肌、瞳は泥のように爛れている。吐く息に混ざるのは高価な食材の香りばかり。麝香めいている。


 むせ返る。


「こ、この私はお前のせいでおかしくなったが、今でも森羅の一角に位置しているだぞ。私の一声で白は黒に、か、変わるんだ。だまって私に・・・」


 先輩の細い腰を抱き寄せる。そのまま、耳元に口を寄せる。先輩の頬に赤みが入る。そのまま、近くにあった椅子を回しながら二つ用意する。


 そこに先輩と俺は座る。まあ、一つは空だが。先輩は俺の膝に座っている。妹よりは大きいが体重は同じくらい。密度が違うのだろう。


「先輩は無茶言いますね。そんな事しちゃだめですよ。その場の恋や愛で、人生を棒に振るうのは俺も望まないです」


「は、離すんだ。わ、私は先輩だぞ」


 じたばたするが更に強く抱き寄せる。それだけでおとなしくなる。本当に意地悪したくなる顔をしている。


「こーんなに可愛い先輩がいますかー」


 頭を撫でまわしながら、先輩の頬に俺の頬を当てる。温度はさらに高まる。細くて柔らかな体を撫でまわす。別にセクハラしたい訳ではない。こうやって肌と肌が触れ合う事を望んでいるのだ。


 彼女が抱えた重荷を考えれば、それも当然と言える。


「先輩、俺みたいなカスにそんな全てを捧げるなんて冗談でも言っちゃだめですよ」


「じょ、冗談じゃ」


 動揺している。嘘じゃない。そう言いたいのだろう。だが、俺が先輩の頬に指を擦り付けるとそれの匂いを嗅ぎ始める。全部知りたくてしょうがないみたいだ。


「冗談じゃなくてもです。俺の周りには素晴らしい人ばかりです。全くもって人生は完成しています。だから、先輩は無茶しちゃだめですよ」


 そんな事で誤魔化しながら、彼女を宥める。俺はこの人が持つ本来の力を理解している。森羅グループは建設業を主とする巨大複合会社である。今や広告や医療という関係の無いジャンルにも手を出している。そこの一人娘が全てを相続するとなれば両親は企業を盤石にする。


 つまり、彼女には個人の小さな世界を自由に出来る力があるのだ。そんな力を自分勝手に使わせてはいけない。それと個人的あまりにも出来すぎた事は嫌いなのだ。まるで夢の様に思えてしまう。


「ま、全くもってしょうがない後輩だな。き、今日の所は許してやろう」


「ありがとうございます。先輩には頭が下がるばかりですよ」


 そういうと先輩は、森羅まほろはまた泥のように笑う。幸せそうに甘えたように、子供じみた笑い方をしている。まるでこの世の全てを忘れた様に見えた。


―――


 まあ、それで時間がかなり過ぎても先輩は俺を離さない。この人は半年前からこうなのだ。妹や幼馴染と比べると重ねた時間が遥かに短い。先輩はそれを酷く気にしている。


 本当は私が一番最初に会いたかった。それが一時期の口癖だ。


 だからこうやって強引に重ねるのだ。より強く、既に制服を脱ぎ捨て、白いブラウスも脱ごうとしている。それだけは止めた。彼女の貞操はその場の流れで失っていいものではないのだ。


 適当な理由を付けて断る。


「先輩、俺、単位がやばいです」


「な、何度も言うが、わ、私を舐めるな。たかが高校における学習指導要領など金さえ積めば書き換えれる。金を稼ぐために教師になった人間ばかりだ金を積むだけで解決出来る問題ばかりだ」


 先輩は壊れたがたまに的を得た事を言う。

 

「そうもしれないですが・・・」


「こ、これは命令だ。わ、私を抱きしめろ。一緒にいろ。それで・・・あの二人と同じくらいの時間を私と共有しろ」


 頬を膨らます。目を潤ます。愛嬌を振りまかれる立場だから、いざ自分が可愛らしい仕草をしようとしてもどうにも不格好に見える。そこが魅力なのだが。


「分かりました。あなたが望むなら・・・俺は否定しませんよ」


 先輩は、いやまほろは媚びるように笑う。俺に寄りかかりながら一生懸命、好きな気持ちを伝えようとしていた。だが、彼女はそれを伝える手段を知りえない。


 森羅の怪童、頂点種、望まれた子供。そうやって教育され、森羅を存続させる為の教育を受けてきた。人に恋を伝える手段を理解できていない。だが、それでも、むしろ、必死に、伝えようとしている。


 ない胸を押し付け、尻を擦り付け、舌を出したり、どうにか扇情的見せようとしている。


「好きなんだ。君が、あの時から。ず、ず、ずっと。本当なんだ。嘘は言ってない。何一つだ。こ、ここ、この私が言うんだ。信じろよ」


「信じます」


「で、でも不安になるんだ。き、きみは優しくて垂らしてくれる。だから、もしかしたら、わわわわ私を騙して、金を取る為だけにこうやって抱きしめさせてくれているのかもしれない。男娼という文化形態は日本の古来からある、そう考えると・・・私なんてふ、古い女とおもももわれているかも」


 騙されてもいいと思っている。何と無垢な事か。


「先輩、俺は好き好んでこの場所にいます。いつだって、あなたの傍にいますよ」


「へへへへへへ、そ、そうだよな」


 先輩は微睡み、ゆっくり眠りに落ちる。先輩を椅子を並べる。そこに横にさせると空き教室を出る。当然全ての授業は終わっている。すっかり放課後である。


 これが俺の日常だ。


―――


 まあ、こんな風に全部滅茶苦茶な人生を俺は生きている。本来なら大学受験も受けれない様な状況である。担任教師は男性であり、俺を目の敵にしている。同級生の男達も俺のことを一ミリも好意的に思っていない。


 だが、全部、彼女たちが解決している。


 先輩は金と権力で俺を支え、幼馴染は俺の悪口を聞けば根元から叩き潰す。そして、妹は・・・


 まるで・・・都合の良い運命だ。


 こんな事はあり得ない。朝起きて、血の繋がらない妹に朝食を作って貰って、登校時間は幼馴染といちゃついて、授業の大半は先輩を宥めるだけですべてうまくいく。


 なんだこれ、こんな事がこの一年続いている。こんな事は理に適わない。だから、俺はこの学校における最高の探偵に依頼をしたのだ。


 下世話な恋愛探偵。この学校において知らない人間は一人もいない。


―――


 先輩が管轄している空き教室。だが彼女が眠る今なら空いている。北校舎三階の一番奥、そこにあの下世話な名探偵は陣取っている筈なのだ。


 扉を開ける。そこには当たり前のように腕を組んでいる女がいる。椅子二つと机を教室中心に置いている。その他の椅子と机は綺麗に壁に付け並べられている。


 探偵事務所の真似事。そして、また、女だ。勘弁して欲しい。だが、そいつは俺を小馬鹿にしている。安心した。


「安心しな。私は君みたいな屑に惚れるような理性はありゃせんよ。入れよ、女誑し」


「うっす」


 制服は一年上である事を伝える。先輩と同じである。どこにでもいるような顔立ちとどこにも売っていない薄黒いマントを羽織っている。この学校はごく普通の学校だ。くだらない色恋沙汰は飽きる程起きている。それらを解決して小銭を稼ぐ上級生。しかし、恋愛恋慕に関してはまさしく探偵の所業。


 それがこの女である。近頃ではSNSを通じて仕事の範囲を広げているらしい。


「さて、さて、君の依頼から早数か月。全ての証拠は揃っている。解決編はいつだって始められるよ」


 もったいぶった話し方。探偵らしい。


「お願いします」


「でも、いいんだね。それは君の人生を混ぜる結末になるんだよ」


「お願いします」


 分かってる。俺が一番わかっている。


「もしかしたら、今の利益を享受出来なくなるかもしれない・・・」


「お願いします!!!!!!!!!!」

 

 叫ぶ。俺にとってはどんな事になろうが今より悪くなれば御の字である。どんな結末だって受け取る。この幸福な地獄から抜けれるならどんな最悪だって受け取る。


「最後に聞かせてくれ。なんでこれが嫌なんだ?」


 きっと当然の疑問である。俺が俺でない他人ならば同じような疑問を浮かべるだろう。だが、これは俺の話だ。黄昏時、光が差し込む。これから始まる長い長い夕暮れ。そして夜が始まるのを伝えている様である。


 そして俺は宣言するように答える。


「だって、情けないだろ。何もない男が綺麗なあいつらを滅茶苦茶にするなんて道理にならない!!!」


「素敵だ。最高だ。この下世話な名探偵の名推理に相応しい」


 名探偵は下世話に笑う。卑しく、下品で、最悪な笑い方。だがそれを安心しながら見ている。ここから始まるのは解決編である。事件という事件は起きていない。つまり俺を巡る物語が今解き明かされる。


 結論から言えば、俺は・・・彼女たちから逃げらないという推理をされる事になる。なんとも通りに会わない。まさに溶けて垂れる話なのだ。


 まあ、それでも付き合ってやるさ。だってそうだろう。


 


 

 

 


 

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