なんかモテ過ぎて怖い・幼馴染編

 通学路、春の陽気の中で俺は幼馴染を思い返す。


 春日鳩とは小学生の頃からの付き合いだった。顔立ちが両性的な為、遊び始めて数年は女の子である事に気付かなかった。それを伝えた時はコブラツイストを掛けられたのは記憶に新しい。

 

 少し攻撃的ではあるが、それがスキンシップに変わっていったのは必然と言える。鳩は良くも悪くも獣っぽいのだ。


 人気の無い道。住宅街だから少しは生活感はあるが静かで平和な日々に勤めようと皆努力している。煩いのは俺たちだけである。


 隣で肩に手を回している鳩。口角を限界まで上げる笑い方は変わらない。舌をチラつかせるのは扇情的である事を理解し、中性的外見は揶揄うのに都合が良い事を知っている。


「どうしたんだ。悩みかー、俺に教えてみろよー」


 二人でいる時の一人称は俺になる。昔から変わらない。


「悩みって程の事でもねえよ。体重掛けるな」


「ぶっきらぼうな顔してさ。ほれほれ」


 鳩が頭を擦り付けて来る。肩を組んでるせいで脇が見える。汗が垂れている。掛かっている紐。なんとなく性的である。目を逸らそうとすると気付かれたのか、鳩は更に口角を上げる。


 無駄に良い顔はより獣っぽくなる。獲物を見つけた様に見える。


「あれあれー、意識してるのかなー。ま、しょうがないよねー。こんな可愛い幼馴染の事はそりゃ気になりますよ。俺だってきになるよ」


「まあ、可愛いのは事実だしな」


「カウンターがうますぎるんだよな。一歩の宮田なの?」


 少し顔を赤らめている鳩。こう言った直接的な言葉に弱い。特にお姫様扱いなどは滅法弱い。あまりに当たりが強い時はそうすると借りた猫の様に黙っている。可愛いものである。


 通学路には徐々に生徒が現れる。俺の家がある場所は少し入り組んでおり、こいつを除くと近所付き合いすらない。

 まあ、両親の仕事上仕方が無いが・・・あまり知り合いを増やしたくないと言うのが実情である。


 住宅街を抜けるとそこには俺が通う私立高校がある。そこそこ歴史のある高校・・・と言えば聞こえはいいが改築する程の金はプールされていない。古ぼけた学校である。三階建て校舎が敷地内北側東側に置かれ、残った場所に校庭とプールなどを置けば出来上がり。簡単構造である。


 まだ着くまで時間はある。


 鳩はこちらを見つめてくる。少し崩れた笑い方をしなが、頬に唇を近付けて来る。特に意味も無くキスをして来る。


「ねえねえ、この前さ。面白い事があったんだよ。聞いてくれる」


「ああ聞くよ。俺は何だって聞くさ」


 昔からこいつは褒めて欲しい時少し甘えた様に話してくる。犬の様にも見える。


「さっすがしんゆー。この前なお前の悪口言ってる奴がいてムカついたから半殺しにしてやったんだけどさ・・・」


 悪びれる事も無くこいつは俺に対して悪意を持った人間を叩きのめした話をする。鳩は陸上部だが、あくまで走るのが好きだから所属しているに過ぎない。本質はガキ大将であり、喧嘩好きな所がある。


 そして、俺に対して少しで悪口を言う人間を許さない。暴力で叩き潰し、自分の事も含めて黙らせる。小学生の頃からやり方は変わらない。


 暴力慣れしているのである。


「まあ、陰口くらい幾らでも言わせたらいいさ。気にしねえよ」


「俺は気になるの!」


 鳩は俺の背中に乗ってくる。慎ましい胸が全部当たる。そして、耳を齧って来る。キスも多いが齧ったり、舐めたりも多い。これは血筋関係無い。先祖返りでもしているのだろうか。


 耳に歯を立てて、出来た窪みに舌を這わす。少し背筋がビリっとなる。その反応が面白いのか何度もやってくる。


 その癖自分がされると二、三回で直ぐに離れるのだからいい気なモンである。


「なあ、お前は良い奴過ぎて心配だ。馬鹿な奴らに馬鹿にされるなんて耐えれない。馬鹿女がやってきてお前を騙す。そうに決まってる」


「俺がそんな奴に見えるか?」


「見える!優男で!困り眉毛だし!不良とかに財布にされそうだ」


「失礼な」


 鳩は首筋を噛む。歯を少し立てる。殺される草食動物の気持ちになる。そして、また出来た傷を舐めてくる。これが癖なのだ。何か心配事があると俺を少し痛めて、過剰に優しくする。とんだ DV上手と言える。


 周囲の生徒がこちらを見ているが鳩が人睨みすれば皆目を逸らす。そのまま、そそくさと見えてきた高校、その校門に向かっていく。


 こいつは美人で笑っている時は愛嬌があるが睨みを効かすと完全に猛獣に見える。その上、本当に手を出すのなら関わろうとはしないだろう。


 少しやり過ぎと鳩の頭を撫でる。手に顔を擦り付け始める。そして、徐々に口元に寄せると少し噛んでまた舐める。それを繰り返すと少し落ち着く。


 鳩が頭を肩に乗せて来る。本当に綺麗な顔をしている。猟犬的な魅力がある。


「ねえねえ、やっぱり内に来れば?妹ちゃんも連れてくればいいじゃん。うちの家族は大歓迎だよ?」


「あーそうだな。でも今はいいよ。結構、この生活気に入っているんだよ」


「まさか、妹ちゃんと爛れた生活を・・・」


「してねえよ」


 良かったと胸を撫で下ろしている鳩。そして、今度は後頭部を噛み始める。多少痛いがまあ耐えれない事は無い。首や耳にはこいつの唾液がべっとり付いている。マーキングのつもりだろう。


 こういった動物的求愛行動を鳩は好んでいる。舐める、噛む、吸う。こいつと遊んでいると生傷が絶えない。まあ、これをするのは俺だけのようなのである意味助かっている。手当たり次第する様だったら困ってしまう。


 まあ、こんな事はいつだって慣れっこである。

 

「まあ、困った奴がいたら私に言えばいいよ。私はいつだってしんゆーの味方だからさ」


「ありがたい事だ。頼りにしてるよ」


「むふふ」


「変な笑い方」


 揶揄う様にそう言うと首を絞められる。ふらふらと彷徨う様に校門を通り過ぎる。いつもの日常だ。


 対して変化はない。


―――


 トイレの洗面台、三つ並び前には鏡。オーソドックで古い。そこで俺は顔を洗っている。


 全身に鳩の匂いがべっとりである。クラスは違うので廊下で別れると俺はトイレにすぐ入り、体を軽くタオルで拭く。強い女の匂い。これとは長い付き合いである。


 昔から女性から迫られる事は多かった。鏡を見る。顔立ちは悪くない。だがお世辞にもイケメンとは言えない。外見を褒めるなら人が良さそうではある。だがいつでも俺の周りには可愛らしい女の子がやってきて求愛してくる。これが何故か・・・俺にだって分からない。


 水で髪も洗う。制服を脱いで使ってない洗面台に置く。汚れている様に見えるが年季による経年劣化なのは見れば分かる。


 いつもこうなのだ。こいつのせいで人生で同性の友人が出来た事は無い。いつも言われるのはお前に彼女を取られただの、俺の方が先に好きだったりだの、よく分からん事ばかりである。そんなこと言われたって知らんものは知らん。


 制服を脱いで軽くファブリーズを掛ける。これには妹の匂いが染み付いている。せめて、少しでもクラスでは好印象を残さねば、来年には妹が来る。いらん噂話は消しておかないといけない。


 そうやって少しはマシになった状態でトイレから出ると待ち構えていたのは彼女である。


「と、トイレが長かったようですね。に、匂い取りか」


「お花摘みの観察なんて趣味が悪いですよ」


「し、趣味が悪いとは失礼な。き、君を好んでいるのは最高に趣味が良くなきゃありえない。そ、そうでしょう?」


 ゆるは人形の如く美しい、鳩は獣の様に美しい、この目の前にいる先輩は病的に美しい。


 恐ろしく整った顔、体質的な白髪と赤い目。俺より少し小さい体格。吸血鬼を想像させる風貌は演出では無く、そういう形なのだ。この学校に殆ど無かったプール金を増やすのにひと活躍した森羅グループの御令嬢。何もかもがフィクションである。


 森羅まほろは俺の先輩であった。

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