幼馴染編
幼馴染と近所で遊ぶ・表
微睡む夕方、恋愛探偵は紙束とアイパッドを渡す。彼女も準備はしていたのだろう。充電はマックスだ。
机の上に並べられたのは幼馴染である春日鳩の調査資料だった。そこには俺の知らない個人情報も書かれている。彼女の見ていなかった人生がそこににある。目を通そうとすると彼女に止められる。その顔は理知を感じる。
「待ちなよ。段取り良く行こう。まず、事情聴取だ。君の幼馴染である春日鳩、彼女はどういう人物だったのかな」
堂に入った言い回し。さぞ練習したのだろう。
「ええ、あいつは鳩は良い奴でなんというか男友達みたいな奴でした」
「男友達いないのに?」
「嫌なこと言いますね」
「探偵だからね」
冗談にしては笑えない。だが、そんな言葉に合わせる様に俺の思考は過去に戻っていく。巡るのは女の旅。頭がおかしくなりそうだ。
―――
3年前、その頃は今に思えば獣の様な野生っぽい感情表現をする事はあまり無かった。むしろサバサバとした本当に男友達みたいな関係であったと俺は思っていた。あいつもそう思っていたと思う。
いつも遊んでいたのは自宅近くにある空き地。今では取り壊されてしまったがその頃は倒壊寸前のマンションが立っていた。薄緑の外壁は妙に古めかしく、その頃でも時代遅れだった。そんな中で俺達は道具も無いのに野球をしていた。
理由を聞かれても答えられない。その頃はそれが面白かった。今やっても・・・面白いかもな。あいつは良くも悪くも変わってないから。より深く過去に潜っていく。
―――
空き地で俺は球を握っている。くしゃっとした安っぽいソフトボール。そして鳩はバットを握っている。こちらも安っぽいプラスチック製。小学生でももう少しまともなおもちゃを使うだろう。
だが、関係ない。両者見合っている。
「行くぞー」
「うっしゃ、来い」
制服を捲り汗だくになっている鳩。下着も何もかもまる見えだが特に気にしていない。俺もそんな事を考えている暇はない。2人でやる野球なのだ。打たれたら取りに行かないといけない。地獄である。
夏の日差しは残酷に、番人に降りかかっている。少しは加減しろ馬鹿!
だが関係ない。俺は全力で振りかぶる。足を上げ、体を捻り、そのねじりを腕に纏わせ投げる。まあ、これでも並程度の筋力がある。そこから繰り出されるストレートもどきのチェンジアップが繰り出される。すっぽ抜けとも言えるが構わねえ。これは打てない筈だ。
だが、鳩は甘くなかった。
「よっしゃあああああ」
恐ろしい程、洗礼されたスイング。本来は空振りになる。だが、彼女は体を強引に傾ける。陸上部で鍛えた足腰で強引な変化を作り出す。そして、ひ弱な打球の芯を抉る様に振る。無意味にホームランである。
気持ちよさそうな顔をしている。俺は死ぬほどげんなりとしていた。
「どうよ」
「どうよじゃねええ。どうするんだ。もうあれしか球ないの。えー、消えたんだけど」
「まー私の全力だからね。地球の裏側まで届くでしょう」
「近所だろうから取りに行くぞ。川の方だな」
俺は近くに纏めていた制服を羽織る。すっかり泥塗れになったが叩くと多少は綺麗になる。母さんに怒られるかも知れないが、まあ多少なら許して貰えるだろう。妹の世話だってきっちりしている。我儘を言ったって許されるだろう。
そんな俺の悩みとは他所に鳩の方は自分の体を嗅いでる。元々汗っかきであり、多少そういう事は気にしているのかと思ったが、ガハハと笑う。そしてスカートからブラウスを出してパタパタとし始める。空気が入り、胸が更に際立つ。だが、鳩は気にしていない。
「くせー、嗅いでみろ」
こちらに近づいてくる鳩。少し距離を取る。
「嗅がねえよ。どういう神経してんだ。ほら、制汗剤」
「ありがとなー」
スプレー型の物をポケットから取り出し投げる。彼女が受け取るとそのまま脇と頭に掛けた後、服を捲って中に掛ける。ブラの色からパンツの色まで全部見えている。人間性を疑ってしまうが昔からこうなのでしょうがない。
「あーーつめてー」
「使いすぎだろ。音プスプス言ってる・・・切れたな」
「切れたな。悪いな。少し分けてやるから」
こちらに近づきながら胸元に手を入れている。嫌な予感がする。走り出そうとするが初速がまるで違う。直ぐ様抱きつかれ、自分に掛けた制汗剤を手で取ると俺の服に手を入れて付けてくる。
「やめろー、まじでどういう神経してんだ。うわ、お前の匂いだこれ」
こいつの手が徐々に上や下に向かって来る。下はまずい。
「まあ、気にするなって。昔は同じ風呂で仲良くしてただろ。今更、少し汗が混じったくらい、気にしないって」
「俺は気にするんだよ!!」
俺の叫ぶ声が宙に木霊する。だが、彼女は抵抗を許さず、そのままべっとりと撫でつけられた。
―――
意識は今に戻る。恋愛探偵はなるほどねという顔をしている。そして口の動きもなるほどの形になっている。
「なるほどね。春日鳩は本当に君を男友達と思った訳だね」
「そんな所ですね。でもこれが本当に解決する為の意味があるんですか?」
当然の疑問である。恋愛が付こうと探偵であり、解決編を語るならせめて論理を重んじて貰わないと困る。だが、彼女は指を揺らしながらちっちっと言っている。
「あるに決まってるだろ。君は色恋を数学や論理で解決出来る事だと思っているのかい?恋愛探偵である私はね、人の色恋に口を出して来た。だから分かるのさ。色恋はねその人間が抱える理屈に沿っている。つまり側から見れば馬鹿みたいな事なのさ。君はこれから彼女達を知り、自分を知るのさ」
「そういうもんですか」
仰々しい言い回し。探偵は面倒だ。だがそれでも俺の問題を、いや正確にはこの事態を解決するのは彼女しかいないのだ。書類を捲っている。
「では、春日鳩は君をどう思っていたか。彼女はね、君を男友達と思ったたんだよ」
当たり前だろうと思ったが、疑いが出来る。まさか、自分を男の様に思っていたのか?だが、疑いを抱えたまま記憶はまた過去に戻る。
——―
鳩と一緒にボールを探す。向かった場所は確実に川周辺なのだ。汚い川である。石は大きくごろごろとしており、草は生えるだけ生えている。砂利から生えているのだからよほど強い生命力なのだろう。
その中で必死に探す俺達。二人とも長い草に隠れている。だが、少しだけ緊張している自分がいた。
草むらをゴソゴソとしながらチラチラと見える彼女のスカート。こいつは性的な面で無頓着であり、スカートの下にパンツ以外何も履いていない。危険である。そんな風な事を考えるとこいつの事も考えてしまう。
あんまり意識した事はなかったが鳩はかなり可愛い。
ボーイッシュな外見ではあるが、それを含めて可愛い顔をしている。たまにそれを意識してしまう。そんな視線に気づいたのか、鳩はニヤリと笑う。如何にも意地悪そうないじめっ子がしそうな、そんな笑みである。
嫌な予感は的中する。ボール探しを無視してこちらに近づいて来る。草と土の匂い。その中にこいるの匂いが風下のせいか漂う。悪くない汗の香り。
「全く、お前は俺で発情する様になったら終わりだぞ」
へへ、と笑いながらあと数歩で触れれる距離までやって来る。俺は全力で後ろに下がる。
「いやー、そんな事ないない」
「なっとるやろがい!!」
鳩が飛びかかる。そのまま、押し倒される。そこそこある胸にも意識が向いてしまう。だが、それより気恥ずかしいのは・・・友達だと思ってた奴を性的に見てしまった事である。
なんというか罪悪感がある。だが、そんな気持ちを知ってしまったのか、こいつも少し顔が赤くなっている。お互いに妙な空気感になる。
「なあ、俺さ。お前さえ良ければ・・・」
「なんだよ」
その顔は祈っている様に見える。睫毛は長く、浅黒い肌も健康的だ。匂いは上から下へ。噎せ返るような汗とそれ以外の甘い匂いが顔中に掛かる。ゆっくりと鳩の顔が近づく。唇は綺麗なピンク色である。
だが、鳩は思い止まる。顔を横に振り、必死に何かを祓おうとしている。おれだって同じ気持ちだ。
「ごめん。なんでもない。本当に・・・あ、ボールあったぞ」
鳩は隠すように笑う。俺は・・・「そうだな。ここでするか」なんて言いながらバットを振るった。少しだけあいつの匂いがした。
——―
こんな風な少しぎくしゃくした関係が続いていた。今に思えば、お互い多少は甘酸っぱい関係だと思っていた。だが、彼女は違っていたようだ。
春日鳩は男友達になろうと努力したのだ。
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