百日目


百日目


 もっとも恐ろしいものは、人の欲望である。


 どこで聞いたんだったかな。私は今、真っ赤な血だまりの中でそんなことを思い出していた。


 この血は私のかな。姫ニャンのかな。もうわからないや。


 ごめんね姫ニャン。私なんかといっしょに来たせいで、こんなことになって。


 やっぱりこの世界の人間は悪魔だった。


 寝ている間に襲われて、どうしようもなかった。


 私も姫ニャンも抵抗したけれど、何十人も相手に勝てるわけがない。

 何度も殴られて、切られて、刺されて、今はこうして地面にうち捨てられている。


 穴の中みたいだ。


 上から土が投げ込まれてくる。


 村人の目的はなんだったのかな。

 やっぱりM-1とか異世界の遺物かな。ガクシャの拳銃なんかも持っていったみたいだし。


 太郎丸は無事かな。


 逃げてくれているといいんだけど、あの子にも荷物を乗せたままだ。

 異世界人の地図とか、弾薬とか。ああ、もうどうでもいいや。


 誰かが手を握ってくれた。


 目を開けると、姫ニャンだった。


 向こうも酷い怪我だ。


 私はその手を握り返した。力なんて、ほとんど入らなかったけど。


 降りかかってくる土が止んだ。


 村人たちが何か騒いでいる。まだ息があるぞとか、そんなことじゃないかな。


 私は身を捩らせて、姫ニャンに顔を近ける。


 守れなくてごめんね姫ニャン。


 大好きだよ。


 落ち込んでるとほっぺたを舐めてくれてありがとう。


 泣きたいときに抱きしめてくれてありがとう。


 私といっしょにいてくれてありがとう。


 言葉がわからなくても、私は思ってることを全部口に出した。


 伝わったのかな。


 姫ニャンは泣きそうな顔で笑い返してくれた。


 芋虫みたいに身を捩って、ようやく私は姫ニャンと顔が触れ合うくらい近づくことができた。


 誰かが走ってきたのか、足音が聞こえた。


 そっちに目を向けてみたら、光る棒みたいなものを持ってきていた。私のM-1だろうと思う。


 使い方なんて知ってるのかね?


 まあ、ガクシャが拳銃を撃ってたから引き金を引くってことくらいは知ってるかもしれないね。


 姫ニャンにもそれがわかったんだろう。


 諦めのような表情が浮かんでいた。


 そんな姫ニャンに、私は顔を近づける。


 そして、そっと唇を重ねた。


 オークニキにしたときのように、万感の感謝を込めて。


 それでいて、あのときとは違う感情を込めて。


 姫ニャンは驚いたような顔をしたけれど、受け入れてくれたみたいだった。


 ガチャガチャとM-1をいじっていた音が止んで、銃声が響く。


 どうにも、撃ち方がわかってしまったみたいだ。


 銃口が向けられたのがわかる。


 姫ニャンの手をギュッと握ると、姫ニャンも同じように握り返してきた。


 生まれ変わったら、今度こそ言葉が通じるといいな。


 話したいこと、たくさんあったんだから。


 銃声と共に鈍い衝撃が走って、私の意識はこの世界から消えていった。


 異世界生活百日目――

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