九十六日目
九十六日目
戦闘機はまだ動きそうだったけれど、やはり地上に出す方法はなかった。
いつかこれを飛ばすことができたら、元の世界に戻ることもできるのかな。
じゃあ、これは複座式に改造しないとね。行くなら姫ニャンといっしょだ。
今は戦闘機に対してできることはなさそうだけど、工場には他にもいろんなものが残されている。
今日はそれを調べてみたのだけれど、管理室みたいな小さな部屋を見つけることができた。
中には工場関係と思しき書類がたくさん並んでいたけれど、どれも英語だから細かい内容はわからない。
あと、保存状態はあまりよくなかったようでカビが生えていたり濡れて使い物にならなくなっていたりした。
そんな中、妙に綺麗に片付けられたテーブルの上に一冊の手帳が残されていた。
タイトルには『The different world』と書かれている。
えっとdifferentって〝違う〟って意味だっけ?
違う世界……もしかして、異世界ってことかい?
開いてみると、書き殴ったような筆記体の英語が並んでいた。
各ページの見出しにはday1とかday2とか書かれてる。
これ書いた人、私と同じことをしていたみたいだね。この世界に来てからの日記みたいだ。
ただ、私英語ってあんまり得意じゃない上に、この人の字は結構読みにくかった。
私の日記は大丈夫かな? これも日によっては結構汚かったりするし、読みにくかったら申し訳ない。
日記には『oh god』『Jesus』『f○ck』なんて単語が散見された。
まあ、いきなりこんな世界に放り込まれて苦悩したらしいことがわかる。
しばらくは罵倒みたいな記述が続いていたのだけれど、day45――四十五日目のところで雰囲気が変わった。
『let's go outside』アウトサイドって、なんて意味だっけ。部外者? いやそれはアウトサイダーか。
ううんと〝外〟かな?
つまり、この日に旅に出たってことなのかな。
わからない単語が多いから結構読み飛ばしてしまっているし、意味もちゃんと読み取れているか怪しいけど、たぶんここは間違ってないと思う。
でもこの手帳の持ち主が〝外〟に出たというなら、彼はここに帰ってきたということになる。
だってその手帳がここにあるんだもの。
それからあちこち旅をしたみたいだけれど、この人はこっちの世界の言葉はわかったのかな?
なんか他の人と会話したみたいな文章がちらほら見かけられるけれど、どうやって覚えたんだろう。
ただday80を超えた辺りから、なんだかすごく落ち込んでいるようだった。
それから仕切りに『suicide』という単語が並ぶようになった。
『suicide』ってなんだろう?
これは習ってないしそもそも発音の仕方がわからない。シュイー……わからん。最終学歴JCの私じゃカタカナ英語がせいぜいなんだよ。
そして、日記はday100でとうとつに終わる。
その日の記述はたったの二行。
There’s nothing but to do it.
There’s nothing but to commit suicide.
ううんと『それをやるしかない。suicideするしかない』って意味かな?
このsuicide意味がわからないのが困ったものだけど、儀式みたいなものかな。
と、そこで足下に何かが転がっていることに気付いた。
拾い上げてヒエってなったけど、拳銃だった。まあ、軍の工場っぽいし拳銃くらいあるか。
しかし銃を触るのは初めてではないはずなのに、拾い上げた瞬間サイコメトリーが暴発した。
薄暗い管理室。記すべきことはすべて手帳に記した。あとは、やるだけだ。
息が荒い。
こみ上げてくるのは恐怖と失意、そしてほんの幽かな希望。
上手くいくはずがない。
それでも、やるしかないのだ。
そして私は拳銃をこめかみに当て、引き金を――
銃声が響いた。
気が付くと、姫ニャンに抱きつかれていた。
メガネがなくなっていて、突き倒されたらしいと気付いた。地面には硝煙が立ちこめる拳銃が転がっている。
サイコメトリーの記憶に引っ張られ、私は自殺をしようとしていたらしい。
ああ、そうか。『suicide』はスーサイドって読むんだ。スーサイド=自殺。
異世界生活九十六日目。とうとうメガネも壊れてしまった。
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