八十八日目


八十八日目


 包帯が足りなくなってしまった。


 熱は下がったものの、姫ニャンの怪我は酷かった。

 腫れが引いたおかげで痣や傷跡が浮き彫りになってきた。

 完治にはまだほど遠く、包帯も小まめに交換してあげる必要があるんだけど、とうとう使い切ってしまったんだ。


 こうなると汚れたものを洗って使うしかないんだけど、洗い物に使えるほど水に余裕はない。


 もう一度、川の方に戻るしかないかな。


 川の近くにはケンシの遺体を放置したままだ。

 この辺りはあまり野生動物は見当たらないけど、前の冒険者みたいに獣に食い荒らされてるかもしれない。


 そう考えると近づくのは非常に気後れするけれど、今はそんなことも言ってられない。


 ごめんね姫ニャン。

 少しだけ、傍を離れるよ。水とスープ、食料なんかはすぐ取れる位置に置いておくから。


 姫ニャンは不安そうな、というより心配そうな顔をしたけど、見送ってくれたよ。どっちが守られてるのかわからないね。


 太郎丸に使用済みの包帯と石けん、あとは鍋を積み込むと、私は川に向かって走った。

 今度はコンパスがあるから方向の心配はない。川は東の方にあるから、真っ直ぐ東に向かったよ。


 急いだおかげもあって、川には前よりも早くたどり着けた。

 たぶん、三十分もかからなかったと思う。


 あれから数日経ったおかげか、今日の川の水は澄んだ綺麗なものだった。


 私は鍋に水を汲むと、その中で包帯を洗った。

 石けんはオークさんたちからもらったものだ。あまり乱暴に洗うと破れてしまうけど、でもきちんと洗わないと傷に障る。

 丁寧に洗っていたらずいぶん時間がかかってしまったよ。


 乾かすのは戻ってからでもいいだろう。


 濡れたままの包帯を鍋ごと太郎丸に積んで、ふとケンシのことを思い出してしまった。


 埋葬してやろうにも、今は穴を掘るような道具は持っていない。

 手斧もなくしちゃったし、鉈じゃ無理があるし。様子を見にいったところで、何もしてやれることはない。

 死体見物なんて趣味もないし。


 そんなことはわかってるんだけど、ケンシが死んだのはここから少し川を南下したところのはずだ。

 太郎丸の足なら十分くらいの距離だろう。


 急いで戻らなきゃいけないのはわかってるはずなのに、何故か無性に気になって私は少しだけ川を下ってみることにした。


 もしかしたら、これが虫の知らせってやつだったのかもしれないね。


 結論から書くと、ケンシの死体は見つからなかった。


 場所を間違えたのかとも思ったけれど、大量の血痕は残っていた。

 ケンシが死んだのはその場所のはずだ。近くに私が介錯した馬の死体はあったし。


 ケンシは生きていたのか?


 いや、そんなはずはない。

 死んだのは確かめたし、私たちが引き返すまで一日以上かかったんだ。死後硬直だって始まっていた。


 じゃあ、誰かが動かした?


 誰かって誰?


 考えられるのは、ガクシャが生きてた場合くらいだろうか。

 川に落ちたから最期は確認できていないし。


 他の冒険者が見つけたとしても、わざわざ荷物になる死体を持ち帰ったりはしないだろう。

 せいぜいネームタグを回収するくらいか。


 実はゲームみたいに冒険者は死ぬと教会とかで復活するとかでもない限り、ガクシャが生きていると考えるべきかな。

 実際、私が投げた剣は命中したけど傷になったかは怪しかった。


 じゃあ私、ガクシャがうろうろしてるかもしれないのに姫ニャンを一人にしちゃったのか?


 尋常じゃなく不安になって、私は姫ニャンの下に急いで引き返した。


 異世界生活八十八日目。姫ニャンは無事だったよ。


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