八十七日目


八十七日目


 冒険者を撃退して四日目。

 姫ニャンの熱はだいぶ下がったようだ。たぶんもう平熱とそんなに変わらない。

 怪我の腫れも引いてきたように見える。


 まだ怪我があるから起き上がるのは難しそうだけれど、危険な状態は脱したんじゃないかと思う。


 少しテントを探る余裕ができたから、残された荷物を調べてみた。


 なくしたと思ったコンパスや地図なんかはここにあった。

 テントはかさばるせいか放棄されたみたいだけど、他はだいたい無事だったよ。

 まあ、向こうも使えるものを捨てるのはもったいないって考えたのかな。


 ただ、他にめぼしいものは見つからなかった。

 異世界の異物もない。たぶんガクシャが持ち歩いていたんだろうね。

 M-1なんて使う機会がないのが一番だと思っていたけど、今は弾薬くらい確保しておきたかった。


 それでも水と食料を得られたのは大きかったかな。


 現在地も見失っているのが今の状況だ。

 姫ニャンの快復を待つにしても食料の蓄えは必要だからね。


 それから、ケンシから回収した異世界人の地図の存在を調べてみた。


 持ち帰ったはいいんだけど、姫ニャンのことで頭がいっぱいでまだ何も調べてなかったんだ。


 とはいえ、描いてあることは最初に見たときの通りだ。

 ひどく曖昧で具体的なことはわからない。裏面にも特に情報はなかった。


 ただこれ、布に描かれてるんだけど、なんの布なんだろう?


 茶色いけど羊皮紙とは違う。


 どうやら何かを千切ったものみたいで、片端には破れた跡が、もう片端にはちゃんとした縁取りがしてあった。

 結構大きなものだったみたいだけれど、正体はわからない。


 でも、なんというか違和感がする。


 上手く説明できないんだけど、これも異世界の遺物……なんじゃないかな?


 布の質感というか、織り方というか、どうにもこっちの世界の衣服なんかとは違う感じがするんだ。糸の太さとかの関係かな。

 とにかく私の世界のものと同じような感じだ。


 何度かひっくり返してみて、ふと違うことに気付いた。

 これ、私は湖かなんかのマークかと思ったけど、もしかしてただの染みでは……?


 だとすると、地図の意味が変わってくる。

 ケンシのやつ、その辺ちゃんとわかってたのかな? 私と同じように湖だと思ってたなら、見当違いなところ探していたことになるよ。


 それにしても、絶妙な形の染みだね。

 水で取れないかとゴシゴシしてみたら、サイコメトリーが暴発してしまった。


 見えたのはある男の記憶。

 地図の秘密の一端を解き明かし、力を手に入れたはずなのに無念の死を遂げようとしている。


 まだあの場所には力が眠っているのだ。

 あれを手に入れれば、さらなる高みに登れるはずなのだ。


 地図を握り絞め、なんとか生き延びようと腕を伸ばすが、その腕も容赦なく切り落とされる。

 その先に見えたのは、小ぶりな手斧。あれを投げつけてきたあの女さえいなければ……。


 そこで記憶は途切れた。


 私は尻餅をついてゼエゼエと肩で呼吸をしていた。

 心臓もバクバク鳴っている。


 これは、あの魔法使いの記憶だ。


 気の毒には思うけど、自業自得だ。

 そのはずなんだけど、あの人は私を憎みながら死んでいったんだ……。


 なんだか怖くなって自分の肩を抱いていたら、姫ニャンが私を呼んでいた。


 お水がほしいのかな。


 慌てて戻ったら、姫ニャンに抱きしめられた。


 怖くないって言ってくれるみたいに、頭も撫でてくれた。


 それだけで、なんだか全部救われたみたいな気持ちになれた。


 異世界生活八十七日目。姫ニャン、いっしょに生き延びようね。

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