八十四日目(三)
八十四日目(三)
そして今日。私はまたこの日記を書いている。
冒険者たちから逃げ出せたからだ。
この三日間、姫ニャンはずっと拘束の紐を爪で切ろうとしていたんだ。
三日目の今朝になって腕の自由を取り戻すと、自分より先に私の拘束を解いてくれた。
私はそのまま太郎丸を走らせ、水の音のする方へ向かった。
昨日、少しだけ水を飲ませてもらったとはいえ、私も姫ニャンも脱水症状を起こしていたからだ。
川まではなんとかたどり着けたけど、上流で大雨でも降ったのか流れが激しくて渡るのは難しい。それにすぐ冒険者も追いついてくるだろう。
身動き取れない間に、弓で狙い撃ちされたら終わりだ。
姫ニャンの怪我は顔だけじゃなかった。
体中傷だらけなのに、ろくに手当てもしてもらえなかったんだ。その上、脱出でも無理をしたから爪まで剥げてしまっていた。
意識は取り戻したけど、動ける体じゃない。
できることは限られている。
荷物の中に残った武器は鉈が一本。冒険者が来るまでに汚い川の水をがぶ飲みして、非常用の固形食を口に突っ込んだ。
で、今これを書いている。
今度こそ遺書になるかもしれないけれど、でも私が負けたら姫ニャンも殺されちゃう。
負けるわけにはいかない。
蹄の音が近づいてくる。冒険者が追いついてきたんだ。
私は一度だけ姫ニャンの頭を撫でてから、鉈を握って立ち上がった。
お前ら覚悟しろよ。
今日の私は優しくないぞ。何より必死だ。
冒険者は二人とも馬に乗っていて、ケンシは剣を抜いていた。
ガクシャの方は弓じゃなくてM-1を構えている。
それを見て確信する。生き残れる可能性が出てきた。
私が先に狙ったのは、突っ込んでくるケンシだった。私が覚えたのはナイフ投げだけど、鉈だって投げられるんだよ。
鉈くらいはたき落とす自信があったんだろう。
振りかぶる私を見てケンシは笑ったけど、次の瞬間その顔のまま地面とキスしていた。
私が狙ったのはお前の馬だよ。ごめんね馬さん。
ガクシャが面食らった様子で、慌ててM-1を向ける。
でもガクシャは銃の使い方は知ってても撃ち方は知らなかったみたい。
馬上で片手で、しかも脇にストックを脇に挟むとかいう構え方で的に当たるわけがないんだよ。
M-1を撃ったガクシャは、その反動で自分が馬から振り落とされていた。
そうなることはわかってたから、私はガクシャに目もくれずケンシに向かって走った。
私は丸腰だけど、ケンシも剣を取り落としてたんだ。
先に剣に手が届いたのは私の方だった。
でも間に合わないと察したケンシは馬に刺さった鉈を抜いていた。
私のへっぴり腰を見て素人だってのはわかっていたんだろうね。ケンシは鼻血を垂らしたまま笑って鉈を振りかぶった。
ごめんね。私、一日一度だけ相手の技を真似できるんだ。
ケンシはそれなりに強かったんだろうね。
サイコメトリーで読み取った剣は、鉈を握ったケンシの右手を切り落としていた。
ギャアギャア喚くケンシを蹴飛ばして黙らせると、ガクシャも立ち上がっていた。
M-1は扱いきれないとわかったのか、弓を構えようとする。
弓は躱せないだろうね。
鉈は投げたことがあるけれど、剣を投げたことはない。
間合いがわからないけれど、迷ってる暇なんてない。私はケンシから奪った剣を投げた。
剣はガクシャの脇腹に当たったけど、刺さらなかった。やっぱり間合いが甘かったみたい。
その拍子に手から矢が離れるけど、見当違いの方向に飛んでいった。
ガクシャは生きていたと思うけれど、よろめいて川に落ちてしまった。
激しい濁流は一瞬でガクシャの体を呑み込んで、そのまま浮かんではこなかった。
ホッと息をつきたいところだけれど、まだケンシがいる。
私は丸腰。身構えて振り返って、私は目を見開いたと思う。
ガクシャの放った矢は、ケンシの右眼から入って後頭部まで突き抜けていた。
異世界生活八十四日目。私は、また人を殺したことになるのかな。
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