十七日目


十七日目


 ゆうしゃのけんをてにいれた!


 ……はい。異世界生活十七日目。オークニキから剣の稽古をつけられることになったよ。


 昨日のことは気がかりだったけれど、今日もオークママたちの家事を手伝っていたらオークニキが来て棒切れを渡してきたんだ。


 それで棒切れをぶんぶん振り回して、真似するように促された。


 ちょっと意味がわからない。


 あれだよ?

 私はもう何か月もゲームのコントローラーより重たいものを持ったことがないニートだよ?

 こんな世界に来ちゃったけどチート能力くれる女神になんて会わなかったし、三日間も同じ場所で蹲ってた女子だよ?


 ああ、ちなみに異世界転生お約束のチート能力はもちろんなかったよ。


 私だって初日にオークさんと出くわして『内なる力よ目覚めよハーッ!』みたいな展開を期待したけど、そうはならなかった。そうはならなかったんだよ。


 この世界は転生者にも平等に死が待ってるだけで、おしょんするくらい命の危険を感じても、なんの力も芽生えなかった。


 まあ、私にもそんな都合のいい奇跡を願った時期もありましたっけとか思い出したりもしたけれど、つまるところオークニキは私に剣の稽古か何かを付けようとしてくれてるみたいだ。


 でもね、種族が違いすぎてわかってもらえないかもしれないけれど、いつぞやの冒険者みたいに剣を振り回したりできないんだ。

 ステータス画面とかあったら軒並み一ばっか並んでるような下等生物なんだよ。


 とはいえ、今の私はオークさんたちに養ってもらっている身だ。

 何より命の恩人であるオークニキの言うこととなれば従わないわけにはいかないだろう。


 それにオークニキがこんなことをやらせる理由はわかるつもりだ。


 冒険者が、近くまで来ている。

 オークニキだってただじゃすまないかもしれない。この集落が襲われる可能性だってある。


 オークさんたちだって自分の身を守るので精一杯だろう。私だって自分の身くらい自分で守らなきゃいけないんだ。


 私は覚悟を決めてオークニキから棒切れを受け取り、いっしょに素振りをした。


 やってみるとあれだね。中学生にもなって男子が木の枝拾っては『ゆうしゃのけん』とか言って大はしゃぎしてた気持ちが少しわかったよ。


 実際、子供オークくんとかすごくはしゃいで棒を振り回してたし。


 私も『ゆうしゃのけん』にオーラを宿らせるつもりで修行に没頭した。


 ……まあ、結果はオークニキも顔を覆うくらい悲惨なものだったけれども。


 どうやら私には剣の才能というか、体を動かすことが根本的に向いていないんだろうね。

 やる気があってもへっぴり腰でへろへろと棒を振るう私を見て、オークニキは本当に可哀想なものを見るような哀しみに満ちた目をしたから、ちょっと凹んだ。


 余談だけど、隣で子供オークくんが存外に腰の入ったいい素振りをしてたよ。


 陽が暮れるくらいまではがんばろうと思ったんだけれど、貧弱な私の体は一時間もしないうちに手の皮がずるむけてしまった。


 それに気付いたオークニキも無理だと思ったらしい。『ゆうしゃのけん』こと棒切れは取り上げられてしまい、なんだか同情するように頭を撫でられてしまった。

 その上、子供オークくんまで『どんまい』と言わんばかりに背中叩いてきた。


 オークさんたちの仕草って、存外に人間っぽいね。でもあれ、おかしいな。涙が止まらないや。


 いくらなんでもこれは情けないから、筋トレでも始めようかな。……明日から。


 異世界生活十七日目。剣の道は、遠い。

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