二日目


二日目


 やあ、一晩中岩の陰で震えてた私だよ。しぶとく生き延びてるよ。


 幸いというか、オーク(とりあえずそう呼ぶ)はしばらくウロウロしたあといなくなったよ。

 まあホラーゲームなら隠れてやり過ごすのも定番だものね。


 でも人間一度怖い目に遭うと同じようなことが起きないか不安になるものと申しましょうか、オークが一匹だけとは限らないというか、いなくなったふりをして待ち構えてるんじゃないかとか、とにかく怖くてそのあとも動けなかった。


 で、そのまま夜になってしまって、夜は夜でなんか変な生き物がウロウロしているしで、結局この世界に来てから私まだ一メートルも移動していないね。

 自分の部屋でももう少し動いてたよ私。


 ただ意外と夜でも結構明るかった。

 遮蔽物もないし空気が澄んでるからかな? 星がめちゃくちゃ明るくて、なんというか空が近いというか、透き通ってるというか、うん、ちょっと見たことない夜空だったよ。

 代わりに死ぬほど寒くて本当に凍死するかと思ったけれど。

 気温的には春先くらいかな? 日中は暖かいけど夜になると十度を切っていそうな感じだった。


 あとやっぱりここは紛れもなく異世界らしい。月がふたつもあったよ。


 片方は地球と同じで白っぽいのだけれど、もう片方は火星みたいに赤かった。

 南北で帽子かぶってるみたいに白くなっていたから、もしかしたら大気とかあるのかもしれない。

 惑星の白い部分は氷みたいな話も聞いたことがあるけど、とにかく水がありそうだった。


 怖いのは変わりないんだけれど恐怖にも波があるというか、一晩中となると多少は周りを見る余裕なんかも生まれてくるわけで、星空を眺める他に所持品の確認なんかもしてみたよ。


 ポケットの中にはスマホと財布。スマホはもちろん圏外だから使えない。でもカメラとライトは使えるから電源落としておいた。

 財布の中は千円札が三枚と小銭が二百三十二円。小銭は硬度あるし音も立つから、物理的な役には立つかもしれない。

 他は、使いかけのティッシュとハンカチ。

 それと腕時計もある。あいにくとコンパスとかタイムウォッチみたいな便利機能はないけれど、これで方位を確かめたりもできる。異世界でも星が自転してないなんてことはないだろうから。


 服装は中学のときの制服だ。

 いや私だってこれはどうかとは思ったんだけれど他に外に出られそうな服がジャージしかなかったんだ。

 このふたつを天秤にかけたら、辛うじてJCの制服の方がマシだと結論せざるを得なかった。


 ああ、ポケットの中に鉛筆付きの小さな手帳が入っていたね。まさに今文章を綴っているこの日記だよ。買ったのを忘れて入れっぱなしになっていたようだ。


 あと、困ったことにメガネが割れている。

 右眼だけだから全く使えないわけじゃないけれど、とにかく視界がズレた感じで気持ち悪い。

 かと言って外すと何も見えないし。メガネケース持ってないから外すと裸でポケットに入れることになるし、どうしよう。


 でも今、本当に困ってるのは別のことだ。


 実は昨日から一度もトイレに行ってないんだ。


 いやまあ、実は夜中物音でびっくりした拍子にちょこっとごにょごにょしちゃったんで厳密にはしてないわけじゃないんだけど行ってはいないというか。


 とにかく辺りは草原だからもちろんトイレなんてない。

 というかこの世界トイレとかあるのかな。本物の中世ヨーロッパはトイレも風呂もないって何かで読んだことがある。

 便とか窓から外に捨ててたもんだから道路とか歩けたもんじゃなくて、それでハイヒールが生まれたんだとか。


 そんな世界だとゾッとするんだけど、今はそれ以前の問題だ。


 このまま岩の陰でするしかないとは思うんだけど、小さい方はともかく大きい方はどうすればいいの? 穴掘って埋める?

 でも雑草だらけの地面って意外と硬いというか、素手じゃ掘れそうにない。公園とかもっと柔らかったろう?

 少なくとも私の腕力じゃ無理だね。


 これ男の人なら普通に掘れたりするんだろうか?

 いや引きこもりならどっちでもいっしょか。それでもトイレは楽だったりするのか?

 わからないけど、とにかく尿意も便意ももう限界で、別の意味で一歩も動けない。


 異世界来たのに二日目でまだ一メートルも動いてない人間なんて、私くらいなんじゃないかと思う。

 まあニートが最初の一歩を踏み出すのはそれくらい大変だってことだよ。


 異世界生活二日目。私の窮地に、まだ終わりは見えない。

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