婚約を伝えるなら異世界で!
拝啓、お父さんお母さん。お元気ですか?
そういえば、そろそろお父さん達の結婚記念日ですね。毎度毎度、欠かさず高いお寿司を買って祝っていた時は「いい歳こいてよくやるな〜」なんて思っていた俺ですが、今の俺であれば素直に祝福していたでしょう。
結婚とは、ラブコメの極地。付き合うことがラブコメの終着点であれば、人生のパートナーを選んだ時はゴールの先のゴールを潜ったような感じです。
だからこそ、喜ばしいし祝福したくなります。
……少し、情けないことを言いますが、俺は元気じゃないです。
だって────
♦♦♦
リンネが婚約を発表した。
今まで色恋云々の話が上がってこなかった美女が、いよいよそういう話が上がったのだと、学園や街では大盛り上がり。
流石は貴族階級のトップ。あっという間に、その話は消えることのない火種と化した。
「リンネ様! 婚約おめでとうございますっ!」
「ご結婚は学園が終わってからでしょうか!?」
「ぐすっ……ご、ご婚約おめでとうございますっ!」
教室にやって来ると、リンネの席の周りには溢れんばかりの人だかりができていた。
皆が一様にリンネの婚約を祝福している。涙を流す男連中がいるとはいえ、皆素直に友達の新たな門出を送り出そうとしていた。
「えぇ、ありがとう皆」
リンネは笑う。周囲の祝福に感謝を述べるように、頬を染めることなく優しい声音で返していた。
「ほぇ〜、リンネちゃんもついに婚約するんだね〜」
「えぇ……今までそういった話がなかったので、学園が終わってからだと思っていましたが────でも、喜ばしいことです! 私達も、お祝いを言いに行かないといけませんっ!」
横ではソフィアとミラシスが嬉しそうに友達の婚約を祝福していた。
二人の反応は至極当然のものだと思う。友達として、今まで一番仲良くしていた人間が新しい道を歩むというのであれば笑顔で送り出すし、大きな祝福を言葉にする。
……俺も、そうしないといけない。いけないはずなのだ。俺も、リンネの友達なのだから。
だけど────
(納得いくわけがない……ッ!)
自然と、リンネの元に足が動いてしまう。溢れる苛立ちを隠しきれず、ズカズカと音を立てて近づいていく。
どうしてここまで苛立ちが湧いているのか……それは、ちゃんと理解しているつもりだ。
「……ナギト?」
ソフィアの怪訝そうな声が聞こえた。
だけど、俺の足も気持ちも止まらない。
「リンネ様! エリオット様のどこが好きになったんですか!?」
「えぇーっと……そうね────」
談笑が盛り上がりになっている中、俺は集団を無理矢理掻き分ける。
そして、リンネの前に顔を出すと、そのままリンネの腕を掴んだ。
「ちょ、ナギト……? いきなり現れてどうしたの……?」
「ちょっと来い」
強引に、俺はリンネを立ち上がらせるともう一度集団を掻き分けて教室の外に向かった。
突然の行動に疑問符を浮かべて戸惑う周囲、だけどリンネだけは小さくため息を吐いている。
「(……全く、困った人よね)」
その呟きの真意は、俺には分からなかった。
♦♦♦
リンネを連れ出した俺は、そのまま階段の踊り場へと向かった。
ここなら誰も来ないだろうという判断からだ。
「あなたって、たまに強引なことがあるわよね。まぁ、嫌いではないけど」
壁に背中を預け、長い赤髪を靡かせる。踊り場に作られた窓から入り込む風が俺達の頬を優しく撫でた。
「それで……こんなところに連れ出して一体何の用かしら? 言っておくけど、今日からはちゃんと下着は履いているから何の問題もないわよ」
「そんな話じゃねぇのは、分かってんだろ……? 下着を履く履かないの問題を俺は有無を確認しに連れ出したわけじゃねぇよ」
しかし、リンネが下着を履いているのは異常だ。今まで俺と過ごしている間、一度も下着を履かなかった人間が、この期に及んでようやく履いた────つまり、変わらなきゃいけないことがあったってことだ。
自分の性癖を曲げなきゃいけない……何か。あれほどまでに曲げなかった人間が、だ。
「お前……婚約したって話は本当なのか?」
口から溢れる言葉のトーンがどうしても低くなってしまう。
温厚とは言わないが、あまりこんな感情を抱かなかった……故に、少しでも昂ってしまえば、叫んでしまいそうになる。
「えぇ……本当よ。別に、ここまで公表しておいて「嘘です」なんて話、あるわけないじゃない」
そんな俺に対して、リンネは淡々と口にする。
「いつだ……いつ、婚約の話が決まった?」
「パーティーが終わってからよ。皆が帰った後、二人で話した時に決めたわ」
「……この話、リンネのお父さんは?」
「もちろん、知っているわ。婚約なんて大事なこと、お父様に言わないわけがないじゃない」
確かに、婚約という大事な話をリンネのお父さんが知らないはずがない。
だけど、安易には納得ができない……だって、リンネのお父さんはリンネをあんなに大事にしてたじゃねぇか。
そんなリンネのお父さんが、たった一日しか会ったことのないやつとの婚約を認めるか?
「お前、分かってんのかよ? 相手は『遊び人』で噂されてるあの王子だろ? なんでそんなやつと婚約するんだよ?」
「所詮は噂よ、噂。実際に会ってみれば、誠実そうないい人だったわ」
「一目惚れとか言って初日に婚約を申し込む男が、か?」
「それをあなたが言う? 初対面の女の子に誰彼構わず話しかけていた人が、他人を偏見で誠実じゃないと判断するの?」
「…………」
「……いえ、ごめんなさい。今のはちょっと言いすぎたわ」
リンネは頭を下げる。
だけど……どうしてそこで謝れるんだ? 普通は、好きな人を馬鹿にされたらもっと怒るだろ?
それが、徐々に苛立ちを募らせる。
「……リンネは、それでいいのか?」
「……どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ────お前は、この婚約を望んでいるのか?」
今のリンネを見ていると、望んで門出を潜ろうとしている様子が感じられない。
ただ淡々と、今の現実を「仕方ないのだ」と割り切っている人形のように見える。
それがなんとも……胸糞悪い。こんなお人形さんが、ラブコメの極地に足を踏み込むのか?
だけど────次にリンネから飛び出してきた言葉は、その肯定であった。
「えぇ……私は私が望んで、エリオット第三王子様と婚約する。誰が何と言おうとも、これは決定事項よ」
「ふっざけるなッ!!!」
故に、俺の沸点が超えてしまう。
「お前は、お前が選んだ相手とじゃなきゃ嫌じゃなかったのかよ!? 自分の特殊な趣味を認めてくれる好きな人と添い遂げたかったんじゃないのか!? その結果が、これか!? 今まで変えようとしなかった趣味の変化か!?」
滅多に出さない怒号が踊り場に響く。
誰かに聞こえてしまうかもしれない、もしかしたら聞こえているのかもしれない────そんな不安は、歯止めの効かなくなった感情によって掻き消される。
「お前が今まで縁談を断ってきたのは、好きな人と婚約したいからだろ!? だから俺を男避けに使ったんだろ!? それなのに、どうして一日しか会ったことのないやつと婚約しようなんて考え出したんだ!?」
「……どうしてあなたは、私がエリオット第三王子様を好きじゃないって決めつけるの? 勝手な言いがかりはよしてちょうだい」
「だったら、どうしてあの時「助かった」とか言った!? 嫌だったからだろ! 少なくとも、好きな相手じゃなかったから否定したんだろ!? それに、本当に好きならこんな人形みたいに現実を受け入れねぇよ!!!」
俺が師匠の手伝いで門出を潜った人達は、皆が幸せだった。
式に不安を見せ、緊張を滲ませながらも、真っ直ぐに、その先の幸せがあるのだと信じて、幸せそうな顔をしていた。
だが、リンネはどうだ? この淡々と婚約って口にする彼女の、どこが幸せそうだと思えるのか? そんな疑問を抱かせる時点で、愛し合っているとは言えない。好きだとは……言えないんだ。
「好きな人と結ばれたいって気持ちは分かる! お前の性癖は理解できねぇがな! だけど、この婚約はもっと理解ができねぇ!!! 俺はファンタジーよろしくエスパーみたいな超能力も、心を見透かせる魔法も使えない、ましてや魔法すら使えない一般人の平民だ! だけど会って一日、それで好きになった? ぬかせ!!! お前は、顔だけで人を判断しない女だろうがッ! それぐらい、一緒にいた俺ならそれぐらい分かるわッ!!!」
どうしてここまで怒っているのか、どうして俺が他人の話にここまで首を突っ込んでいるのか?
これは他人の話だ。彼女の事情で彼女の問題で、彼女が勝手に決めたこと。
そこに、口を出すのは間違ってる。どう足掻いたって、俺はリンネの秘密を知っている一人の男にすぎない。ラブコメの主人公を望んでいて、もしあるとすれば彼女がヒロイン────そう思っていても、結局は赤の他人で筋合いがないのだ。
だけど、俺は苛立っている、口を挟んでいる。
(あぁ、分かってるさ……俺は、彼女に幸せになってほしいんだ)
この行動が正しくて、根本的な解決にはなっていないのかもしれない。リンネはリンネの事情があり、その事情でなくなく頷いているだけなのかもしれない。
だが、それがどうした? 結局は、幸せにならないと意味がないじゃないか。
それが────ラブコメにおけるヒロインの行く末なのだから。
「好きなら好きらしく幸せそうにしろよ! 淡々と貼り付けた笑みを浮かべながら「婚約しました」って言うんじゃなくて、本心から満面の笑みを浮かべて「婚約しました」って幸せそうに自慢しろよッ! じゃないと、俺達は素直に祝福できねぇだろうがッ!!!」
ありったけの想いをぶつける。一度目の人生も、二度目の人生でもこんなに叫んだことはなかった。
スッキリするかと思えば……そんなことない、ただただ苛立ちが募るだけ。
「……さい」
そんな俺の怒声を聞いて、黙りとしていたリンネが拳を震わせ────口を開いた。
「うるさいわねッ!!!」
俺だけではない。リンネの叫びまでもが踊り場に響き渡る。
「あなたに私の何が分かるの!? たった数ヶ月しか仲良くしてないあなたが! ちょっと私の秘密を知っているナギトが! 私の何を知ってるっていうのよッ!!!」
その叫びは、とても痛々しく聞こえる。
悲痛な叫び────そんな言葉がピッタリ当て嵌るような、そんな叫び。これから幸せの門出を潜る者とは思えない声音だ。
「これは私の問題! 私が選んだ道! 私の言葉に嘘はない、私が決めて私が歩もうとしている道よ! その道を、あなたがどの面を持って邪魔をするの!? 友達? 共有者? そんな甘ったるい関係だけで、私の前に立ち塞がらないで! 私とあなたでは立場が違う! あなたのような自由なんて、私にはないの! 別にいいじゃない、この道を選んだって……私は、誰にも迷惑なんかかけていないんだから────だから、そこを退きなさいよッ!!!」
リンネは俺を突き飛ばして、自分の教室に戻ろうとした。
けど、その手を……俺は掴む。まだ、離すわけにはいかないから。
「……リンネ、「好き」って言ってないよな?」
「…………」
「さっきから決めた、選んだって言ってるが……肝心な部分は言ってない。やっぱり、お前はどうしようもなく真っ直ぐだ────だからこそ、そんな叫びを発している時点で、お前は幸せなんかじゃないんだよ」
リンネは強く手を振って階段の踊り場から離れ……ゆっくりと階段を登っていく。
その時チラリと見えた純白の布に……嬉しいはずの気持ちは湧いてこず、違和感と悲しさを抱かせる。
だからこそ────
「俺は幸せを祝福する魔女の弟子だ。それ以前に、ラブコメに憧れる者としてヒロインの不幸は絶対に認めない」
俺は、全力で否定する。彼女の選んだ道の全てを。
「俺は俺のやり方でヒロインを幸せにしてみせる。ラブコメは、ハッピーエンドじゃなくちゃいけねぇんだ」
彼女に、その言葉が届いたか分からない。
リンネは俺の言葉を言い終わった後、その場から姿を消した。
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