パーティーするなら異世界で!②
前世では、ダンスといえばヒップホップやシャッフルダンスなどの、一種のカルチャーとしての認識が強かった。
だけど、異世界では『ダンス=社交ダンス』らしい。これは、やはりイメージ通りのようだ。
「私達、参加しなくてよかったですね……」
「ねぇ〜」
パーティーも終盤。カーテンが閉じられ、暗い空間に淡い明かりが室内を彩る。
耳をそっと撫でるような綺麗なピアノの音が響き、色鮮やかなドレスを着た令嬢と子息が会場中央でダンスを踊っていた。
曲に合わせたゆっくりとしたステップで足を運び、男が綺麗に女性を輝かせるようにエスコートしている。
その姿を見て、俺もソフィアとミラシスと同じことを思ってしまった。
……いや、こんなの踊れねぇし。ロボットダンスもフラダンスもまともに踊れない俺が、社交ダンスなんて踊れるかっつーの。
────というわけで、踊れない組は端でダンスを眺めている。
どうやら、貴族の中にも踊れない人達がいるみたいで、こういった場でのダンスは任意なのだそうだ。
だから平民組の俺達はお役御免。グラス片手に目を惹かれるダンスを眺めるだけだ。
「それにしても、流石リンネちゃんだよね〜! 綺麗なダンスだよ〜」
「そうですよねっ! ダンスが全然分からない私達でも上手だって思ってしまうほど、リンネさんは美しく見えます!」
二人がリンネの姿を絶賛する。
確かに、ダンスを踊っている面々の本当に中心────そこで、一際目立っているのがリンネだ。
足運び、ステップ、過度にアピールするわけでもないのに目立たせる動き。
上手く表現はできないが、本当にリンネはこの場全ての中心で、誰もが見蕩れてしまうような存在だ。
事実、俺も目が離せない。
けど、それは────
「しかも、お相手は第三王子様ですよ!」
「美男美女ってこういうことを言うんだよねぇ〜! 本当に、あの二人は絵になるよ〜」
……リンネの相手が、急な婚約を申し出た第三王子だからだ。
変な噂が流れ、最後に聞こえた気がしたあの言葉。どれもが、不安材料として残ってしまう。
だからこそ、どうにか妨害してやりたかったのだが……俺はダンスが踊れない。しかも、『ダンスの相手には色んな意味合いが含まれるわ。だから、ここから先は貴族の問題よ』と、リンネからストレートに言われてしまった。
ならば、引かざる得ない。俺だって、リンネの考えを尊重しなくてはいけない時もあるし、俺が思っている以上に貴族問題は大きいのかもしれないのだから。
だけど────
(それでも不安だ……)
どうしても心に不安が残る。俺の心配のしすぎかもしれないが、どうしても頭からそれが離れられない。
「どうしたんですか、ナギト? 何やら難しそうな顔をしていますが……」
「いや……なんでもない」
「けど、本当に難しそうな顔してたよ〜? もしかして、悩み事〜?」
二人がダンスから視線を外し、心配そうに俺の顔を覗く。
普段はSやらMやら振り回しているけど、こういう時はちゃんと心配にしてくれる……こんな優しい部分があるからこそ、俺は二人を邪険にできないのだろう。
「本当に大丈夫だ。俺の考えすぎかもしれないからな……」
これは貴族の問題だ。それに、リンネの問題でもあるのに、俺がただ余計な心配をしているだけ。
二人に突っ込ませるようなことじゃない。
「そうですか……でも、何かあったらちゃんと相談してくださいね? 下僕に飴を上げるのも、心の管理をするのも主人の役目ですからっ!」
「私も、ご主人様のためなら相談なんていくらでも乗るよ〜」
「下僕でもご主人様でもないけど……まぁ、ありがとな」
少しだけ、心が晴れた気がする。ヒロインだと言っても友達枠はあるわけで────二人が俺の友達で、本当によかった。
パチパチパチッ!
そんなことを思っていると、不意に会場から拍手が湧き上がった。どうやら、ダンスは終わったようだ。
片手を繋ぎ、それぞれがパートナーに向かって一礼する。中心にいるリンネも、第三王子相手にドレスの裾を持ち上げて一礼した。
その時────第三王子が、頭を下げているリンネの耳元に顔を近づけた。
『…………ょ』
(……何やってんだ?)
何かを話しているように見える。周囲とは違った動きに二人だけが目立つが、ギャラリーはそれに気づいている様子がない。
『ッ!?』
だからなのか、二人の表情が変わっても進行は止まらず、それぞれが中央からパートナーと別れて戻っていった。
リンネも第三王子から手を離して俺達の元まで戻ってくる。
……だけど、その表情はどこか暗い。
「リンネ……何か、言われたか?」
いつもとは違う表情に心配を覚え、思わずリンネに近寄る。
近くで見ると、その表情が陰っているのだと……顕著に窺えた。
「別に、なんでもないわよ」
しかし、リンネはすぐさまいつも通りの笑顔を見せた。
その表情が、違和感を与えていると気が付かないのだろうか……? ソフィアやミラシスが見ても、同じようなことを思うはずだ。
「いや、その顔は流石に何かあっただろ? 他のやつは気づかなくても、割かし一緒にる俺やソフィア達は騙されねぇよ」
自慢ではないが、リンネという少女とよく一緒にいて仲のいい人間は俺達だと思っている。
だからこそ、いくら取り繕っていようが普段とは違う色が見えればすぐに気づいてしまう。
その言葉にリンネは何か思ったのか、小さく息を吐いて再び俺を見据えた。
「だから、大丈夫って言ってるじゃない。心配しすぎると、女の子に嫌われちゃうわよ?」
そう言って、リンネは俺の横を通り過ぎる。
最後に見えた表情は、確かにいつもと同じような────美しい顔だった。
けど────
「……だったら、なんでさっきまであんな表情してたんだよ」
幸せそうな、そんな言葉とはかけ離れているように思えた。
幸せに浸る誕生日パーティーには似つかわしくない……そう思えるほど、胸にかかったネックレスのルビーが寂しく光っていた。
しかし、そんな俺の心とは裏腹にパーティーは進んでいき、やがて華やかな祝いも幕を閉じた。
そして、何日かの日にちが過ぎ────
リンネが第三王子と婚約したと、発表された。
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