パーティーするなら異世界で!①

 絢爛なシャンデリアにつけられた魔水晶が会場を照らす。円形のテーブルがいくつも用意され、赤い絨毯が豪華さを醸し出し、今までに見たことのない料理がいっぱいに用意されていた。壁には一切の置き物も飾り物もない。それが返って、この場全てが一級品だと物語っているように思える。


 見渡せば、何十人……いや、何百人と言えるぐらいのドレスやタキシードを来た人達が談笑していた。

 そして、ステージ横。二つの大きな玉座を思わせるような椅子には壮年の男性と、爽やか系金髪のイケメンが鎮座していた。


 あの人達がリンネの言っていた王族なのだろうか? 常に騎士と使用人が横に控えているその姿は、明らかに高待遇。俺、異世界に来て初めて王様を見たよ。


 こんな光景を見ていると、ファンタジーの中に迷い込んだ実感が湧いてくる。確実と言っていいほど、前世ではこれほどまでに格式を持ち、豪華なパーティーは存在しなかっただろう。


 パーティー開始まで後数分。皆、今か今かと主役の登場を談笑しながら待ち構えている。

 ワイングラスが妙に様になっている男に遠目から妬みの視線を送る。イケメンや雰囲気イケメンは死すべし、人生イージーモードの人間に妬みと嫉みを!


 逆に、可愛らしいドレスや綺麗なドレスに身を包まれた女の子には感謝のお辞儀を。ありがとう、可愛らしい姿を見せてくれて。後でお話できたら嬉しいです。


「……あの、ナギト?」


 俺が会場を見渡していると、不意に横から声が聞こえる。


「……何の用でしょうか、ソフィアさん?」


「……どうして、さっきから私達の方を向いてくれないんですか?」


 いつもであれば、ここで無理矢理にでも俺の首を向けさせるのだが、今は俺の首は痛んでいない。

 どうやら、この愛嬌あるSのシスター見習いちゃんは公衆の面前という常識を身につけてくれたようだ。


「……俺は今、会場に来ているお嬢様逹を見るのに忙しいんだ」


「でも、一回ぐらい見てくれてもいいと思うんだよね、お姉ちゃんは〜」


 新たな声がまたしても横から聞こえてくる。その口調はのほほんとしているものの、どこか不満そうな色が乗っているように思える。


「古今東西、異世界ファンタジーというジャンルにおいて社交界という世界は貴重なラブコメの舞台だ。色々な令嬢達が足を運び、普段作れない接点を作ることが可能。出会い系というか街コン寄りではあるものの、フィクションではこんな場所でこそ主人公は運命的な出会いを果たすのだ。例えば悪役令嬢とか、平民出身の乙女ゲー主人公とか────」


「分からないですっ! ナギトの言っていることの半分以上も分からないですっ!」


「いいから、ちゃんとこっち見てよ〜」


 理解できないとは、困ったヒロイン達だ。ヒロインとして、ラブコメイベントはしっかりと押さえておかないと、後々損しますぜ?


「もうっ! ちゃんと見てください!」


 憤慨する声と共に、艶やかな金髪が視界に入った。

 リンネとは違い、白を基調としたドレス。所々、金の装飾が散りばめられており、魔水晶の光に反射して輝いて見える。


 愛嬌のある顔立ちにはほんのりと薄く化粧がされてあるのか、いつもより大人びて見え────その姿を見て、心臓が跳ね上がる。


「ダメだよぉ〜、お姉ちゃんを無視しちゃ泣いちゃうよ〜!」


 それに合わせて、淡い茶髪を横に纏めた少女も姿を見せた。


 胸元が開いた黒いドレス。スカートの丈も短く、そこから覗く白い肌が色っぽく映る。

 いつもは人より少し大人びた印象を与えていたが、今回のドレスが合わさったことでより一層大人びて見える。一言で言うなら『着飾った色っぽいお姉ちゃん』だろう。


「…………ッ」


 二人の姿を見て、顔に熱が上がる。距離が近い、いきなり目の前に入ってきて驚いた────そういうのもあるが、赤くなってしまった理由はそこではないだろう。


 この、圧倒的違い。会場にいる女の子とは比べ物にならないほど、二人は異彩を放っている。周囲を見れば、男達がチラチラと二人の姿をを見ていた。

 当然だ、それほどまでに二人ともは……レベルが違いすぎるほど、美しかった。


「ん〜? ナギトくん、お姉ちゃん逹に見蕩れてるの〜?」


 見蕩れてない……そんなこと、決してないのだ。


「そうですね……無視されるのは腹立たしいですが、こうして私の姿に見蕩れているという理由なら、ヨシヨシしてあげてもいいです! なぜか気分がいいです!」


 くそぅ……今日はまだそれなりに変態属性を見せてないから、こいつらがド級のヒロインに見える……悔しいっ!


「俺……絶対に彼女を作って、ソフィアやミラシスやリンネに見蕩れないようにイチャイチャしてやる」


「ふふっ、できるかどうか分かりませんけど、頑張ってくださいね、ナギト!」


「できるかどうか分からないけど、頑張ってねナギトくん! お姉ちゃん、応援してる〜♪」


「馬鹿にしてんな、お前ら?」


 悔しそうにしている俺を見て、少しだけ頬を染めた二人がおかしそうに笑った。


 本当に見てろよ……誕生日パーティーという、異世界ならではのイベントで絶対ににいい女の子見つけてラブコメして、彼女作ってやるからな。


「それにしても、お姉ちゃん初めてこんな服着たよ〜」


「そうですね、私もこんな豪華な服を着るの初めてです……」


「その割には、結構着こなしている感じがあるんだけどなぁ?」


「それは、私達が似合っているってことでしょうか?」


「掘り返すな、馬鹿ちんが」


 クスクスと、ソフィアが笑う。こちらは、顔が赤くなる。

 せっかく『相手は変態だ、勘違いするな』と、落ち着きを取り戻してきたというのに。


「全部、リンネちゃんのメイドさん達がやってくれたんだよ〜! 化粧も一緒にね〜♪」


「流石は、貴族様のメイドさんだよな。化粧する側がどうすれば美しく見えるのか熟知している」


「「…………」」


「そうなんですっ! ドレスも全部選んでくれましたしね!」


「だから、こんなにも綺麗に見えるんだな。正直、似合いすぎて会場の中から一段と浮いて見える。リンネの時もそうだったけど、元の素材がより一層際立って異彩を放ってるって感じだ」


「「…………」」


 二人が時折黙りとなってしまう。

 どうしてか、その頬は若干赤く染っていた。


「さっきからぁ〜、お姉ちゃん達を褒めてるの〜?」


「狼狽える態度といい、今の言葉といい……流石の私もそろそろ照れそうです。下僕は、一体どこでそんなスキルを身につけたんですか?」


「いや、メイドさんを褒めてるんだからな?」


 別にお前らのことを一回も褒めていないだろう? ここまで変態シスターズを綺麗に見せたメイドさんを賞賛しているんだ。勘違いするな、俺が褒めるのは変態じゃない。


 だから……顔を赤くするな、二人共。照れるな照れるな。俺まで照れてくる。


『皆様、大変長らくお待たせいたしました』


 バッ、と。会場の明かりが一斉に消える。

 ざわめいていた会場も、響くアナウンスらしき声に耳を傾け、俺達も自然とそちらに視線が移ってしまった。


『リンネ・セレベスタ嬢、及びレイス・セレベスタ公爵閣下のご入場です』


 再び、明かりが灯る。だが、それは会場全体だけではなく、会場入口にのみ。

 薄黄色のライトが照らす中、会場の扉が開かれた。


『『『『『おぉ!!!』』』』』


 感嘆とした声が会場から聞こえてくる。

 現れたのは、黒いタキシードに身を包んだレイスさん。そして、レイスさんに手を引かれるまま会場を横断する赤髪の美姫の姿だった。


 皆の視線が美姫に集まる。会場全体が、名乗ってもいないのに主役だと一目で分かった瞬間。前に進めば進むほど、彼女の色香が後に残り、皆の意識が紅蓮を携えた少女に持っていかれてしまう。


 ソフィアもミラシスも、多分同じように会場を歩けば同じような注目を浴びていたと思う。


 ────だけど、今日の主役はリンネだ。

 だからこそ、ステージに辿り着くまで口々に聞こえてきたのは「美しい」の一言なのだろう。


(……皆、あいつがノーパンって知ったらどんな反応するんだろうなぁ)


 そんな中、雰囲気ぶち壊しの疑問が湧いてしまった。


『皆様、本日は我が娘のために足を運んでくださったこと、感謝申し上げます』


 レイスさんが、王様達に向かって先に頭を下げ、続いて会場に向かって頭を下げた。


『此度、我が娘は十六になります。歳をとる度、亡き妻に似て美しく……そして、セレベスタ家の名に恥じないように育ってくれました。これも、一重に皆様のご助力があってこそ。改めて、娘に関係する皆様に最大級の感謝を』


 大きな拍手が会場を包み込む。無駄のない所作で丁寧に纏められた言葉。

 皮肉も批判もなく、少しの自慢が嫌味を一切感じさせない。これが貴族なのかと、ファンタジーに内心感嘆してしまう。


 そして、レイスさんが言い終わると、横にいるリンネが一歩前に踏み込む。


『リンネ・セレベスタと申します。この度は、私の生誕を祝福してくださるために足を運んでいただいたこと、心よりお礼申し上げます』


 いつもの口調とは違い、全てが丁寧だ。それに不思議と違和感を感じないのは、彼女の雰囲気があるからかもしれない。


『皆様の支えもあり、私はここまで無事成長することができました。ささやかではございますが、是非とも楽しんでいただければ幸いです』


 主役というのに、些か短い挨拶だった気がする。

 ……まぁ、そっちの事情はよく分からんから別にいいんだけども。


『長い口上は皆様も退屈でしょう。早速ですが、どうぞパーティーをお楽しみください』


 そんな言葉の占めをレイスさんが口にした。そして、皆一様に糸が途切れたのか、談笑をし始めてしまった。


 ……リンネの言葉によると、リンネ達に挨拶をするために色んな人達が押し寄せるという。その前に、リンネとレイスさんが王族に挨拶しに行くわけなんだけども。


「さて、行きますかね」


 リンネに言われたのは、常に側にいろという話。王様に挨拶を終えれば、側にいないといけないわけで……それを考えると、そろそろ動いておかないといけない。


 その前に────


「よっしゃ二人共。リンネの大友人として、おめでとうを一番に言いに行こうじゃないか」


「「おー!!」」


 とりあえず、こいつらを巻き込んでおこう。

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