着飾ったヒロインを見るなら異世界で!

 時が経つのはあっという間なもので、なんやかんやリンネの誕生日パーティー当日となった。


 師匠には誕生日パーティーに行く旨は伝え、何故かめちゃくちゃ早い時間にリンネの家に集合しなければならなく、悩みに悩んで買った誕生日プレゼントを懐にしまいながら魔獣逹の睡眠時間邪魔しないようにそろりと山を下りた。


 そして────


「よくお似合いです、ナギト様」


 メイド服を着た女性が俺の姿を見て、そう口にする。


「いやぁ……我ながら似合わない姿だと思いますけどね」


 鏡を一瞥。そこには、タキシードらしき黒の服にネクタイをし、髪を後ろにバッチリと固めた青年の姿があった。

 なんだ、この『服に着さされている』感が強い男は? 俺だよ、文句あっか?


「身なりを整えればイケメン……なんてのは所詮はフィクションの中か……」


 鏡に映った俺を見てガックリと肩を落とす。


 正直に言って、お世辞にも自分の容姿が整っているとは思わない。普通にクラスの男子の何人かの方がかっこいいと思ってしまうし、分不相応の服を着ているだけの俺には、この服は似合わないのは一目瞭然。こんな姿をしたのは初めてだが、まさかここまで似合わないと思っていなかった。


 メイドさんのお世辞がつらたにえん。


「ちなみに、呼び出した張本人ってどこにいますか? ここに来てから一度も会ってないんですけど?」


 リンネのお屋敷(※二度目)に訪れてから、リンネの姿は見ていない。

 すぐにここに通され、いつの間に用意したのか? という疑問が浮かび上がるようなサイズピッタリの服を着さされた。


 招待状には十一時からパーティーが始まると記載されてあったのだが……今は八時。服の用意する時間を考えたとはいえ、あまりにも早すぎる。


 だから文句を言いたい。俺、ここに来て初めて師匠を起こさずに外に出てしまったんだぞ! 貴重なラブコメイベント台無しにしやがって!


「リンネお嬢様は身支度の最中でございます。のちに、この部屋にいらっしゃるかと」


「……そうですか」


 まぁ、今回の主役は間違いなくリンネだ。貴族のルールやしきたりなんてのは俺には分からないが、リンネにもリンネの準備があるのだろう。


 それに、女の子は身支度が遅いのは定番だ。ラブコメをする身としては甘んじて我慢しようじゃないか────文句は言うけど。


『ナギト、終わったかしら?』


 すると、ベストタイミングと言っていいべきか、今いる部屋の扉越しからリンネの声が聞こえた。


「一応終わったよ」


『そう。なら、入るわね』


 ガチャり、と部屋の扉が開く音がした。


「おいコラ、リンネ。もう少し遅い時間でもよかったじゃないか。こっちとら師匠の起床を────」


 なんて、愚痴を零すために開いた口が閉じてしまう。

 目を思いっきり見開いてしまっているのが分かる。開かれた瞳孔が一点から離れない。


「……どうかした、ナギト?」


 そんな声と共に、目の前に現れた少女が首を傾げる。


 その少女は、髪と同じ紅蓮のドレスに身を包み、艶やかな装飾の髪留めを付け、綺麗な美貌にほんのりと赤みがかかり、いつも見るまつ毛が長く、ルビーのような瞳を輝かせていた。


 彼女は……一言で表すなら『美姫』だ。前世ではどんなに綺麗なモデルを見ても感じなかった雰囲気を纏わせている。確実に、メインヒロイン級の存在……そう思ってしまうほどだ。


 そんな少女に────間違いない。目を奪われてしまっている。


「い、いや……っ」


 我に返った俺は慌てて目を逸らす。

 いかん……顔が熱い。


「何よ? 変な態度とっちゃって……もしかして、早く呼び出したことに怒ってるの?」


 ……お前の姿に目を奪われていた、なんて言えない。

 俺は顔を逸らしながら、口ごもってしまう。すると、そんな俺の姿を見たリンネが、何か感じ取ったのか、急にその桃色の唇を釣り上げおかしそうに笑った。


「あら……もしかして、私に見蕩れちゃったの?」


「ち、違うやい……。今日は風邪気味なんじゃい」


「ふふっ、否定しなくてもいいわよ。あなた、初心だからすぐに分かるわ。それに────あなた、その格好……似合ってるわよ?」


 その言葉に、一気に熱が上がっていくのを感じる。

 くそぅ……ここで恋愛経験皆無な俺が恨めしいっ!


 ラブコメの主人公だったら、ここで綺麗に「似合ってる」って言って、逆にヒロインを赤くさせる場面なのにぃ!


 ニマニマした視線が俺に突き刺さる。それが何とも居心地の悪いものだった。

 そんな状態がしばらく続くと、もう一度部屋の扉が開く音が聞こえた。


 メイドさんの姿がなくなっていることから、妙な気をきかせて退室したのだろう。この空気で二人にさせるのはいかがなものか? と愚痴らずにはいられない。


「ちなみに、今日も履いてないわよ」


 ボソリと、リンネが俺の耳元でそう口にする。

 ……一気に熱が下がっていった。

 ありがとう、変態でいてくれて。こんな変態にドキドキするなんておかしいはずだったんだ。


「ブレないな、お前」


「私はずっとこのままよ。変えるつもりもないし、変えたくないの」


「親御さんが一生泣き続けるだろうな」


「安心してちょうだい。バレるようなヘマはしないわ」


 一切安心できる要素がない。

 だけど、今この瞬間だけは妙に安心してしまった。

 変な空気の糸が切れたのか、俺はため息を吐きながら近くの椅子へと腰を下ろした。


「んで、こんな早く呼び出して何の用だよ? 師匠の朝食も作る暇なかったんだぞコラ」


「前にも言ったでしょう? お願いしたいことがあるって」


「お断りの選択肢は?」


「皆無ね」


「皆無」


 一体、この世界に来ていつ俺の人権が奪われてしまったのだろうか……?


「まぁ、冗談なのだけれど……極力、断ってほしくないお願いをしたいの」


 そう言って、リンネは俺の正面にある椅子に同じように腰をかけた。


 深紅の艶やかなドレスの丈が長くてよかった……短かったら、この体勢でも聖域が見えてしまいそうだったからなぁ。


「前に、私に縁談が結構きてるって話はしたわよね?」


「自慢か」


「自慢じゃないわよ……同じ時に言ったけど、私は自分が選んだ相手じゃないと婚約したくないし、縁談話を受けたくもない」


 確かに、ちょっと前にそんな話を聞いた気がする。

 自分の性癖(※趣味)を受け入れてくれる相手じゃないと、婚約したくないのだとか。気持ちは分かるが、このままじゃ一生独身コースに進みそうと思った。


「だけど、こういうパーティーを開いたら嫌でもそういう話を受けてしまうの。私と直接話すいい機会だから、毎回毎回行列のように男が寄ってくるわ」


「さり気なくもう一回自慢を受けた気がするが……いつもはどうやって断ってんだ?」


「いつもはお父様の側にいてさり気なく追い払ってたわ。普段も、お父様が基本的に縁談話は断ってくれてるの────だけど、今回は本当に王族が来るみたいで……お父様はそっちの対応しなきゃいけないから、頼ることもできないわ」


 はぁ、と。リンネはあからさまな大きなため息を吐く。

 モテモテなんて、ラブコメ狂乱者兼非モテ王筆頭の俺からしたら血反吐を吐くほど羨ましいけどな。まぁ、気持ちは分かるが……妬み嫉みを思わず送ってしまう。


(しかし、この流れ……もしかして、俺にフリの婚約者をやってほしいみたいな流れじゃないか?)


 ……ラブコメで見たことのあるシチュエーションだ。

 モテモテの女の子がいきなり親しい主人公に『彼氏のフリをしてほしい』とお願いしてきて、それに主人公は頷く。


 女の子はモテすぎて困っているから、それの牽制役として主人公にそんなお願いをするのだ。


 そして、やがては寄ってくる異性とは違う反応を見せる主人公に徐々に惹かれていって────


(ま、まさか……そんなラブコメを味わうのか!?)


 だとしたら、惹かれてほしくはないけど、ラブコメシチュエーションを味わえるチャンス!


 だ、だがしかし……俺の根本は『ラブコメをすること』ではなく『彼女をつくること』……ッ! ここで承諾してしまえば、リンネとの関係がいらぬ方向に誤解されてしまい、他の女の子と仲良くできない可能性が……。


 そ、それだけは無理だ! 俺、女の子と仲良くなって彼女がほしいんだ!

 リンネには申し訳ないけど、ここは丁重に断らなければ……。


「勘違いしてもらってるところ悪いけど、別に婚約者のフリをしてもらおうなんて考えてないわよ」


 ……やだ、恥ずかしい。自惚れた自分を見ないで。


「公爵家の人間がおいそれと偽の婚約者を作るわけにはいかないの。こういう場で大々的にそんな噂を流しちゃったら、否定ができなくなっちゃうし、婚約を破棄することも難しいの。あなたも、恋人がほしいならそんな誤解は嫌でしょ?」


 なるほど……貴族ともなると、前世みたいに「ごっめーん! 別れちゃったんだー」なんて簡単に処理ができないのか。


 うーむ……これは難儀な世の中だなぁ。異世界、なんとも絶妙に自由から離れてしまっている。


「だから、あなたにやってほしいのは『パーティー会場にいる間、私の側にずっといる』こと。変に「婚約者です」なんてことは言わないで、単に友達として側にいるだけでいいわ」


「……よく分からんが、『言わなくとも男の影がある』って思わせたいってことか?」


「あら、ちゃんと分かってるじゃない。ナギトの言ったことで100点満点だわ、流石は私の秘密の共有者ね」


「その共有が露出癖だと知った日には周囲は泣き崩れるだろうな」


「ちなみに知られたら社会的地位も失うわね」


「自ら好んで背水の陣してんじゃねぇよ……」


 リンネの性癖に毎度毎度ため息が溢れる。

 どうしてそこまで背徳感を味わいたがるのか、本当に不思議だ……異世界、プラス要素があればどこかで清算したくなるようなシステムでも持ち合わせているのだろうか?


「というわけで────ナギトの言った通り、そう言った意味合いも含めてお願いできないかしら? ちなみに、報酬はこの前の胡椒の貸しをチャラにするってことで」


「一緒に視察手伝ったじゃないか……」


「あれは、夕食をご馳走したからそれでチャラよ」


「はぁ……まぁ、それだけだったら別にいいよ」


 別にこれを引き受けたからといって、俺に被害が及ぶわけじゃない。

 今までお世話になった分、ここで綺麗さっぱり清算するのもいいのかもしれないしな。


「ちなみに、私には結構人が寄ってくるの」


「……三度目の自慢なら他所でやれこんちくしょう」


「まぁ、聞きなさい────公爵家の人間っていうのもあるけれど、今回の主役は私。当然、参加している貴族平民問わず私に挨拶してくるわ」


「……で?」


「つまり、男だけじゃなくて色んな女の子も寄ってくるのよ────っていうことは、一緒にいるあなたは自然と女の子にお話できるチャンスが山ほど舞い降りるって話」


「よし、今日はリンネの側から離れません!」


 綺麗さっぱり清算するのはやっぱりいいと思う。リンネにはお世話になったし、今日この日ぐらいは我儘を聞くのも悪くない。うん、悪くない!


「ふふっ、微妙に反応に困っちゃうけど、決まりね。じゃあ、今日一日よろしくお願いするわ」


 要件が終わったのか、リンネは徐に立ち上がる。

 このまま何か用事を済ませてくるのだろうか? 確かに、この要件が俺に対する主題だとすれば、これ以上の長話もする必要ないだろう。


 リンネは今日の主役だし、色々と忙しいに違いない。

 だったら、今のうちに渡しておこうかな。


「ちょっと待ち、リンネ」


 俺も立ち上がり、背を向けようとしたリンネの腕を掴んで呼び止める。


「強引ね、嫌いじゃないわ」


「お前は何の話をしている?」


 こいつはいちいちツッコミさせないと気が済まないのだろうか?

 い、いや……そうじゃない、こいつのペースに流されてはいけない。渡せる時に渡さないと、この後渡せなくなるかもしれないしな。


 俺はいつでも渡せるようにと、懐に忍ばせていた小さな箱を取り出した。

「ほら、誕生日おめでとう、リンネ」

 誕生日なのに「おめでとう」を言わないとおかしいしな。少し恥ずかしいが、こればかりはちゃんと言っておかないと。


「……これは?」


「見たまんまだよ。お前の誕生日プレゼントだ」


 リンネがいきなりのことで目を白黒させていた。

 ……そんなサプライズみたいな感じに渡してないし、そこか驚かなくてもって思う。


「これ……私にくれるの?」


「なんだよ、俺が誕生日プレゼントを渡さない人間だと思ったのか? こうみえても、俺は祝愛の魔女の弟子だぞ────愛って訳じゃないが友達の誕生日ぐらい、ちゃんと祝うってーの」


 リンネは赤い紐で綺麗に飾られたプレゼントを受け取ると、しばらく凝視する。

 そして、おずおず俺に向かって顔を上げた。


「開けても、いいかしら……?」


「別に構わねぇよ。貴族様にとっては、安物で満足いただけないかもしれないけど」


 俺がそう言うと、リンネはゆっくりと包装を剥がして箱を開けた。


 そこから出てきたのは、小さなルビーのネックレス。輝くルビーがリンネの双眸とよく似ていて、我ながら綺麗な物を買ったと胸を張りたくなってしまう。


 ……まぁ、本物のルビーは高いから違うんだけども。俺のお小遣いで買える範囲のアクセサリーなんだけど。


 リンネはネックレスを取り出し、マジマジと輝くルビーを見つめ────おい、コラやめろ。そんなに見られたらなんか恥ずかしくなってくるじゃんか!


「嫌だったらクーリングオフ可だからな……ちなみに、俺の傷ついた心は癒せないけども」


「くーりんぐおふ……? っていうのは分からないけど────」


 ネックレスから視線を離したリンネは、少しだけ口元を緩ませた。

 そして、そのまま自分の首に手を回し、俺がプレゼントしたネックレスを身につけてしまった。


「……ありがとう。私、今まででもらったプレゼントの中で一番嬉しいかもしれないわ」


 大人びた、凛とした笑顔だった。それでも、透き通った紅玉の瞳には感謝が浮かんでいるように見え、胸のペンダントを握り締めながら微笑む彼女の姿は────もう一度、俺の胸を高鳴らせた。


 どうして、一年も過ごしていない相手のプレゼントがそこまで嬉しいのか? お前だったら、もっといいプレゼントをもらっただろう? そんな疑問が真っ先に浮かび上がる。

 だけど────


「……お前が、変態じゃなかったた速攻で告白してるわ」


「あら、それは褒め言葉かしら?」


 ……そんな正直な言葉が自然と漏れてしまった。

 だからこそ、リンネのからかうような言葉に何も反抗できなかった。

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