お手伝いするなら異世界で!②
「「今日はありがとうございました、魔女様!!」」
式は滞りなく終了し、ステージが撤去される。
名残惜しさが噴水広場に残る中、見事に着飾った新郎新婦が師匠に頭を下げていた。
「いや、別に気にしなくてもいいよ。ボクも仕事でやっているからね」
そう言って、師匠は気にするなと手を振った。
魔女って、皆から恐れられる存在のイメージがあったけど……所詮はフィクションの勝手なイメージなんだと思う。事実、師匠はこうして感謝されているのだから。
っていうか、師匠が感謝されないのはおかしい。師匠はそれはもう、素晴らしい人で、誰もが崇拝し、敬愛し、崇め愛でる存在なのだから! ビバ、師匠!
「ですが、まともなお金も支払っていませんし……」
「ボクはただ魔法を使っただけなんだ。そんな大した労力は使っていない────ボクの弟子は、違うけどね」
師匠が視線を外し、後ろのベンチでぐったりする俺を見る。
やめて、見ないで。情けない俺を見ないで。撤去作業という肉体労働に疲れた俺を見ないで。
仕方ないじゃん、身体強化の魔法使えないんだからさ。皆みたいにぽいぽいと資材を運べないの。
「君もありがとう。おかげでいい式になったよ」
「いえ……気にしないでください。師匠が気にするなって言ってるのに、弟子の俺が気にしてるなんて言えるわけありませんし」
「こら、まるでボクが言わせたみたいな言い方じゃないか」
少しだけ鋭い目を向ける師匠。いや、本当
に気にしてないから冗談めかして言っただけなんです。子供のお茶目です。
「それに、奥さんのパン屋さんは俺、常連なんです。師匠の好物を作るために毎回あそこの食パン買ってるんっす。だから、いつも食べさせてもらっているお礼もあるんですよ」
「あら、そうなんですか……?」
「えぇ……ですので、安いと思っている報酬も実は日頃のお礼で精算されてる感じですから────これからもよろしくって意味合いも込めて気にしないでください」
「ふふっ……ありがとうね、魔女様のお弟子さん。それなら、これからも張り切って焼かなくちゃ」
嬉しそうに笑う新婦さん。こういう笑顔を見ると、本当に幸せなんだなぁって感じてしまう。
リア充死ねと言っていた頃の俺よ……この笑顔を見てもまだそう言えるか?
馬鹿野郎っ! 燃えてもいいのは男だけじゃい!
「なんだ、綺麗に纏めてしまって……ボクが何かかっこうつかないじゃないか。ナギトの馬鹿っ」
「む? 師匠、ツンですか!? ついにツン発動しちゃいました!? やっとヒロインとしての要素と属性が確定的になってきましたか!?」
「また訳の分からないことを……恥ずかしいから、こんな往来ではしゃがないでくれ」
「ねぇ、師匠? 最近、俺の首関連を掴むのハマってます? 今回は襟首ですか、そうですか」
師匠がぐったりしている俺の襟首を掴んでくる。
微妙に喉が締まるから辛い。師匠のツン、怖い。
「ふふっ、魔女様とお弟子さんは仲がいいんですね」
「あぁ、よく街で見かける男が魔女様の弟子だと聞いた時は驚いたが────この姿を見ていると、納得してしまうよ」
そんな俺達の姿を見て、二人はおかしそうに笑う。
だけど、その瞳は微笑ましいものを見ているような目で……今日初めて会った時に見た緊張は微塵も感じられなかった。
「本当に、魔女様に祝ってよかったわね」
「あぁ、こんな人達に祝ってもらえるなんて、俺達は幸せ者だよ」
そんなことを言う二人。
こんな人達────というが、実際に祝ったのは師匠だ。俺はただ設営と撤去を手伝って、傍から傍観していただけ。
だからそんなに感謝されるようなことはないんだけども────
「いいや、ナギトは感謝されるようなことをしたさ」
……そんなことを考えていたら、襟首を掴んでいる師匠が俺に向かって口を開いた。
「祝ってもらう、という行為は簡単にできることじゃない。知人や親族、友人であれば素直な気持ちで祝えるだろう。それは、祝う者を知っているからだ。だけど、一度も話したことのない赤の他人が「おめでとう」って本気で祝えると思うかい?」
考えを見透かしているのか? 疑問に思っていたことに対しての言葉が、師匠の口から出てくる。
「……思わないっす」
「だけど、君はそれができた。仕事とはいえ、見ず知らずの初対面の相手のために体を動かし、それに大きな対価も求めない────それは、君の心が綺麗な証拠だよ。そんな君だからこそ、彼らは「祝ってもらってよかった」と思ったんだ。幸せそうに笑っているのも、君が幸せを願っていたおかげなんだ」
師匠のその言葉は、どこか俺の胸を掬ってくれる。この感覚は、昔お母さんに些細なことで褒められた時のようなものと似ていて……妙に、むず痒かった。
「ナギト」
「……なんですか、師匠?」
「……ボクは、本当に君を弟子にしてよかった。ボクは、君に手伝ってもらう度……そう感じてしまうよ」
師匠が、俺に向かって微笑んだ。
曇りのない瞳で、柔らかい笑みを浮かべて、ほんのりと頬を染めて。
その表情が俺の顔を熱くさせ、耳に届いた言葉が胸を温かくする。
ツンとか属性とか言っているけど……間違いない、この師匠の笑顔は間違いなく……ラブコメでしか見られない。
「……俺は、ラブコメ目指してますから」
気恥しさと照れが合わさってしまったからなのか、全く返事になってない言葉が口から漏れてしまった。
────これは、前世では感じることのなかった感覚だ。
本当に、異世界に来てよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます