お手伝いするなら異世界で!

 拝啓、お父さん、お母さん。お元気でしょうか?

 昨日は親の愛情を間近で感じてしまい、別の世界にいるお父さんお母さんに想いを馳せてしまいました。


 ……その日は、無性にお父さん達の顔が見たかったです。心配……しているでしょうか?

 今はこんなことしか言えませんが……安心してください。俺は元気です。


♦♦♦


 そんなこんなで翌日。今日は学園がお休みなので、一週間ぶりオフの日だ。

 胡椒も手に入れたけど、妙にしんみりしてしまったが気持ちを切り替えて頑張らなくてはならない。


 いつまでもシリアスな雰囲気に充てられてしまっては、周りを心配させてしまうだけなのだから。


「ナギト、今日はボクの仕事を手伝ってくれないかな?」


 朝の食卓で、ライトブルーの髪をボサボサさせた尊敬するヒロインがそんなことを言ってきた。


 手には好物の胡椒たっぷりチーズトースト。美味しそうに食べてくれるのは、手間がかかっていないとはいえ嬉しいものである。


「俺は師匠のお願い断るわけないでしょう!?」


「そ、そうか……それは、そうだな……嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 ストレートな言葉に、師匠は顔を赤らめて視線を逸らした。

 くぅ〜っ! 今日も師匠は可愛い!


「まぁ、師匠お願い云々抜きでも、俺は師匠から勉強させてもらっている身です────側で仕事ぶり勉強できるなら、行かないわけないですよ」


「それもそうだね。断られても、師匠として命令すれば弟子は動くわけだからね」


「そうっす。俺は弟子っすから」


 その割には、師匠は普段から俺に命令を飛ばしてこない。別に命令されても断らないのだが……きっと、師匠は弟子という方面以外でも家族として見てくれているのだろう。


 ……あ、そう思うと涙が。嬉し涙が溢れてくる。


「そういえば、昨日はやけに大量の手紙を書いていたじゃないか? 何かあったのかい?」


「いえ……ちょっと両親に会いたくなっちゃいまして」


 レイスさんの言葉を受けた日は無性にお父さん達に会いたくなってしまった。

 会えないのは分かってる。俺は死んだんだ。こうして生きているだけでも儲けものだ。


 だけど、それでも会いたくて……会えないと分かっているからこそ、毎晩書いている手紙の量が多くなってしまった。


「そうか……そういえば、君は違う世界から来た住人だったね。妙に君が順応しすぎているから、すっかり忘れてしまっていたよ」


 師匠は俺の問題であるはずなのに悲しそうな顔をする。

 その表情が、妙に心苦しい。


「俺も男ですから、そこはしっかりと分別つけましたよ。昨日はたまたまって感じなので、気にしないでください師匠。俺、師匠いるだけで幸せですから」


 ラブコメに、悲しい顔は似合わない。どんな時でも、皆は幸せそうにしてほしい。

 それが俺が憧れるラブコメであり、目指しているラブコメだ。


 だから、師匠にそん顔なをしてほしくない。ラブコメ云々抜きにしても。


「そうだね……君がそう言うなら、ボクからはこれ以上何も言うまい。でも、何かあったらすぐに相談するといい────君は、ボクにとってそれほど価値がある存在なんだ」


「師匠……」


 師匠の優しい顔が再び涙を誘う。

 俺、本当に師匠に拾われてよかったぁ……。


「じゃあ、この話はやめよう────早く食べて、支度を済ませてしまおうじゃないか」


「師匠、もう一枚焼いてるんですけど、食べます?」


「……食べるさ」


 師匠好物ですもんね。そう言うと思ってました。


 ♦♦♦


 師匠が仕事で訪れる場所はセレベスタのどこか、不定位置。

 セレベスタ唯一の教会で行うこともあるし、ひっそりと自宅の広間で行うこともある。更には、遠方から訪れた貴族様や平民カップル専用の式場のような場所で行うこともしばしば。


 例外として、一度だけ王族のために王城に足を運んだことがあるぐらい。

 王城に招かれるのは実に名誉なことらしく、弟子としては非常に鼻が高い。


 今回のお手伝いは、セレベスタ中央にある噴水広場で仮施設を建て、そこで行うとのこと。

 故に、俺と師匠は朝食を食べた後に下山、そして噴水広場までやって来た。


『アイラを生涯の妻とし、永遠の愛を誓いますか?』


 噴水広場には大きなステージのようなものが建設されおり、三段によって作られた床には赤い絨毯が敷かれ、一直線に噴水広場を横断するように伸びている。


 ステージを挟むように置かれた長椅子にはそれぞれの親族や友人、職場の人間などが参列し、神父の声に耳を済ませていた。


『はい、誓います』


 白い燕尾服に包まれた男が神父に向かって口にする。

 その光景は、前世のテレビでよく見た結婚式の野外バージョンのように思えた。


『セシルを生涯の夫とし、永遠の愛を誓いますか?』


『誓います』


 白いウェディングドレスに身を包み、頭に被ったベール越しに女は口にする。


 今、この会場はその言葉を遮る者はいない。静まり返り、誰もが近い合う二人を涙を堪えながら、喜びに笑みを浮かべながら見守っていた。


「……いつ見ても、こういう式っていいですよね」


「だろう? それが分かれば、私の仕事をいつかは継げるさ」


 そんな式場全体を、俺と師匠は近くの建物の二階で見ていた。

 師匠の出番はまだない。今は、愛し合う誓いの場であり、進行させるのは教会に所属する神父の務めだ。


「君もお疲れ様だ。悪いね、式場の設営から手伝ってもらうなんて」


 今回の二人はごく普通のパン屋営んでいる女性と、ギルドで働いている男性の恋人さん。


 二人共、平民の出ではあり、二人の馴れ初めの地がこの噴水広場だったことから、ここで挙式をしたかったのだとか。


 といっても、人が行き交う場所で前日からステージなどの準備をするわけにもいかない────故に、当日急ピッチで設営する必要があった。


 今回、俺はそこをお手伝いするために呼ばれたのだ。


「こういう仕事だったら、俺も喜んで手伝いますよ」


 二人の門出を祝う。これからの二人の未来が幸せになるように盛大に送り出す。


 その手伝いをしていて、嫌なわけがない。

 幸せは、誰もが得る権利で、尊いものだ。ラブコメをした先にはハッピーエンドが必ず迎えられるのは、皆がその尊さを求めているからこそ。


 そんな俺も、一人の求めている人間。故に、こうして幸せを掴み取った人は素直に拍手で迎えられる。


 いつかは、自分も彼女を作ってこんな風に祝われたいと考えながら。


「っていうか、師匠はなんでも安請け合いしすぎです。設営なんて、師匠の仕事の範疇じゃないでしょうに」


「君もまだまだだね。ボクの仕事は『結ばれる二人の門出を祝うこと』だ。決して祝愛の魔法を授けるだけではなく、祝うこと全体を仕事にしている────つまり、準備もちゃんと仕事なのだよ」


「それを言われたら、文句は言えないですね。師匠の仕事を継ぐのなら、俺の仕事になるわけですし」


「くくっ、君は物分りがよくて助かるよ。流石は自慢の弟子だ」


 そう言って、だらしないシャツ一枚の姿ではなく、黒マントに三角帽子を被った師匠は嬉しそうに笑う。

 その姿が、嬉しく感じてしまった。


「ん? そろそろボク達の出番だね」


 すると、師匠が窓から顔を覗き込み、式場全体を見渡した。

 どうやら、誓いの言葉と神父のお言葉は終わったようだ。


「といっても、俺がする仕事なんて全然ないですけどね」


「なにを言う? 君が見ているからこそボクはいつも以上に頑張れるんだ────ならば、ボク達と言っても過言ではないだろう?」


 ……し、師匠っ! 俺、そんなに嬉しい言葉を言われ続けたら、涙が溢れちゃいますよ!

 さっきまでコメディ全くなかったのに、このやり取りはラブコメみたいになってるっす!


 感涙してしまいそうな俺をよそに、師匠はマントを翻してその場から離れていく。


 結婚式に黒マントに三角帽子って場違いではないのか? なんて思っていた俺だけど、今になってはこういう場こそ師匠のファンタジー溢れる魔女のような服装が似合っていると思ってしまう。


 そして、師匠は建物から出て、赤い絨毯の端からステージ向かってゆっくり歩いていった。


 何十人もの注目が集まる中、師匠は堂々と、胸を張って絨毯を踏みしめる。

 この場に赴く理由はただ一つ────二人の門出を祝福したいから。


 そんな思いを抱きながら歩く師匠を……本音を言えば間近で見てみたかった。

 だけど、俺はお呼びじゃない部外者。こうした場所に参加するわけにもいかないため、こうして遠目から眺めることしかできないのだ。


(それでも、師匠の姿を見たいって思ってしまうよな……)


 そんなことを思っていると、師匠が新郎新婦の前まで辿り着く。

 そして────


『祝愛の魔女────メイレ・ローゼリアが、君達二人に祝愛を授ける』


 両手を広げ、青く広がった天に向かって言葉を紡ぐ。


『門出は運命的な出会いを果たした二人が潜る者。見守る我は大きな祝福という名の賛辞を』


 徐々に師匠の周りに淡く輝く黄色と桃色の光が溢れ始める。その光は天に昇り、式場全体を覆い尽くすまで広がっていく。


 俺が訓練場でやった時の光が比べ物にならないほどの規模の魔法であり……美しかった。


『祝福は二人の未来に幸せを与えるために────祝愛の言葉アモーレ!』


 美しく、幻想的で、神秘的にも見えた光は師匠の言葉によって一点に集まり────やがて新郎新婦に降り注いだ。

 淡く輝く光に包まれた二人の姿は、まるで小さな妖精が二人の幸せな未来を喜んでいるように見える。


「相変わらず、師匠の魔法ってすげぇや……」


 満足そうに抱き合う新郎新婦を見ながら、思わずそんな言葉が漏れてしまった。

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