女の子の家に行くなら異世界で!

「よく来たね、リンネのお友達くん」


 白いクロスが敷かれたテーブルの前で、壮年の男性が腕を組み、対面に座る俺をまっすぐ見据えてくる。


 前世では見たことのないような豪邸。敷地をこれでもかと無駄に使った庭園、中に入れば赤い絨毯があちらこちらに敷かれており、中央には大きな螺旋階段と、見上げればいくつものドアが存在した上のフロア。行き交う燕尾服と給仕服を来た人達。


 一度だけ、貯金箱を盛大に開けてお父さんとお母さんと訪れた一泊二万円のホテルがチープに見える。

 そんな場所にやって来た俺は早速夕食の準備ができているからと、大きなテーブルが置かれた食堂らしき場所に通されたのだが────


「(どうして、リンネの父親がいるの?)」


「(うちは家族皆で食べるのよ。お父様がいてもおかしくはないわ)」


 ……なぜか、対面にリンネのお父様がいた。

 強ばっても、いかつくもないはずの顔は、そこにいるだけで頭を下げてしまいそうなオーラを感じてしまう。

 逆に、すっごい優しそうな人のように見える────100mぐらい離れた場所で見れば。


 ……これが本物の貴族か。


「君がナギト・ミズハラくんでよかったかな?」


 リンネとヒソヒソ話していると、リンネパパが話しかけてくる。


「はい、初めまして────ナギト・ミズハラと申します。娘様とは、仲良くさせてもらっています」


 いつもの喋りからは考えられないような丁寧な言葉が自然と口から溢れてしまう。


 ……うぅむ、これが貴族クオリティ。リアルで話すと、緊張よりも自分がどこか格式ある場に訪れたような気がしてしまう。前世では、こんな人なんかいなかったぞ。


「こちらこそ、レイス・セレベスタだ。リンネと、いつも仲良くしてくれてありがとう」


「いえ、僕の方こそお礼を言いたいぐらいです。娘様にはいつも助けてもらってばかりで……いつかお礼を言いにお伺いしたいと思っていました」


「おぉ……! そうだったのか!」


「今回は娘様に招かれて足を運ばせていただきましたが……こうして、お礼を言うことができて嬉しく思います」


「ははっ! それはリンネ感謝しないとね!」


 嬉しそうに笑うレイスさん。貴族の中でも上の立場にいる人なのに、リンネ同様驕ったり偉そぶった様子もない。話しやすく、気のいいおじいちゃんって感じの人だ。


「(ねぇ、あなたのその喋り方……気持ち悪いのだけれど?)」


「(はっはっははー! こらこらリンネ様? お口が過ぎますことよ?)」


 俺が敬語で話してたら気持ち悪いかこんちくしょう。


「ははっ……まぁ、君もリンネと話す時みたいな喋りで構わないよ。そっちの方が、君も喋りやすいだろう?」


 レイスさんが俺に気を遣って口調を戻すように促す。

 どうやら、素じゃないということがあっさりと露見してしまっていたようだ。


「では、遠慮なく。こっちの喋りでやらしてもらっていいですか? なんか途中から自分が自分じゃないような喋りになってたので」


「本当に遠慮がないわね。普通はもっと遠慮するものよ?」


 うるさい。俺ってば貴族ってざっくり「偉い」ってことしか分かんないの。どれぐらい偉くて、どんな対応をしなきゃいけないとか本当に分かんないの。


「だったら、今度からリンネにも遠慮した喋りにしようか?」


「やめて、普通に話してくれないと怒るわよ」


 ……遠慮しろって言ったのはリンネの方じゃないか。


「本当に仲がいいな、二人とも!」


 レイスさんが嬉しそうに笑う。

 でも、この世界の貴族の人って本当に平等主義というか、貴族と平民との差別意識が本当にないんだなぁ。


 漫画とかラノベとかだとそこの差別って結構あるもんだったのに……学園に入って、貴族の娘さんとか息子さんと話してそう思ったけど、こうしてレイスさんと話してみてより一層そう思った。


「いやぁ、娘は中々友達を連れてこなくて心配していたのだが……よかったよかった、私もこれで一安心したよ」


 レイスさんは本当に嬉しそうに俺達を見る。

 それを受けて、リンネは気まづそうに顔を逸らす。


「……お前、友達めっちゃいるじゃん。連れてきてあげろよ可哀想に」


「と、友達って言っても……ナギトほどの友達じゃないから」


 リンネは顔を赤くして恥ずかしそうに口にした。

 そりゃ、現在進行形でスカートの中が守られていないと知っているのは、俺かミラシスかソフィアぐらいだし。


「んん? これはこれは……」


 すると、俺達を見ていたレイスさんが何やら感じ取ってしまったようだ。


 もしかして、ここに来て家族にもリンネの性癖がバレてしまったとか……? いや、それはない……テーブルの下からリンネのスカートを覗かない限りは、聖域を見ることはできないはず。


 では、一体何を────


「友達と思っていたが、二人は恋仲だったのか」


「ちゃいますね」


 こんなところで勘違いしないでほしい。今後、俺に彼女候補が現れた時に弁明が難しくなるじゃないですか。


「そうよ、お父様。私とナギトは互いの大事な秘密を共有し合った友達なだけよ」


「なんでもないです。ただのお友達です」


 どうしてお前はそんなにも匂わせようとするのか、と文句を言ってやりたい。


「そうか、恋仲ではないのか……」


「どうしてそんなに落ち込むんですか、レイスさん?」


「いや、ね……リンネはいくつもの縁談を断ってるから、誰か好きな人でもいるんじゃないかと期待していたんだ……」


 なるほど……そういう意味ですか。

 リンネも、前に色々と来ている縁談を断ったと言っていた。この世界では縁談はよくある話。なんでも、縁談によって結婚する貴族は大半なのだとか。


 そんな中、実の娘が縁談を断り続ければ親として心配になるのも無理はない。

 結婚する気はないのか? と。正直、好きな人同士で結婚するのが当たり前だと思っている俺には理解できない風習だけど、レイスさんの気持ちは何となく理解はできる。


「私としても、リンネの幸せが掴めるのならリンネが好きになった相手であればいいと思っているんだ……だけど、一向にその気配はなくてね」


「……苦労しますね」


 リンネの好きになる相手が『露出癖を認めてくれる』相手だと知れば、レイスさんはどれだけ悲しむだろうか? 想像しただけで心が痛む。


「私の話はもういいでしょ? 早く食べてしまいましょ」


 リンネがそう言うと、隅で控えていたメイドさん達が一斉に料理を運んできた。

 その光景は、俺自身が貴族気分を味わっているようだった。


「そうだね……ナギトくん、今日は遠慮しないで食べてくれ!」


「了解です」


 とりあえず、縁談云々の話は終わって、俺達は食事にありついた。


 ♦♦♦


 騒がしい食事────というわけではなく、静かにある程度の談笑を楽しみながら、テーブルに並ぶ料理がなくなってしまった。

 壁にかけられている時計を見ると、時刻はすでにいつも食事が終わって師匠とのお勉強の時間になってしまっている。


 楽しい時間はあっという間というが、本当にあっという間なんだと感じた。


「そろそろ帰るわよね、ナギト?」


「あぁ……そろそろかなー」


 この時間であれば遅くなった師匠も帰っていそうなものだ。おかえりと言えないのが少し残念だが、ただいまと言ってもらえるのもそれはそれで楽しみ……げふん!


「じゃあ、料理長に言って胡椒をもらってくるから────もう少し待っててちょうだい」


 そう言って、リンネは立ち上がって食堂から出ていってしまった。


 誰かに頼めばいいものの、自らが取りに行くなんて本当に想像の貴族様とは違う。


 そして、部屋には俺とレイスさんが残る。


 ……微妙に気まづいな、これ。友達のぱぱんと二人きりってどういう状況よ? 三人の時はすんなり盛り上がったが、ある程度の話はしたし、どう話を切り出していいかが分からん。

 へーるぷ、リーンネ! この状況だけは、貴族らしくないお前を恨むぞー!


「……ナギトくん」


 俺が内心で救援要請を出していると、レイスさんが口を開いた。


「改めて……リンネと仲良くしてくれてありがとう」


 出てきた言葉は予想外のものだった。

 まさか、この場面でお礼を言われるなんて思っていなかったからだ。


「気にしないでください。っていうか、俺の方こそリンネには感謝してるんです。あいつ、友達多いのに俺と仲良くしてくれるんすよ?」


 右も左も分からないまま学園に入った俺を助けてくれた少女。

 そんな彼女にお礼を言うことはあっても、感謝される筋合いはない。ましてや、両親からそれを言われるなんて論外だ。まぁ、露出癖を知っているから仲良くしてくれているという面もあるのだろうけども。


「リンネは……親の私が言うのもなんだけどいい子に育ってくれたよ。母親を亡くしたのにもかかわらず前を向いて、まっすぐに、優しく育ってくれた。本当に、私にはもったいないような子だ」


 ……母親がこの場にいなかったのはそういう理由か。『家族で一緒に食べる』と言った割には母親の姿がなかったから違和感を感じていたが……変に口を出さなくてよかったな。


「そんな娘が最近はいつにな元気なんだ。学園に通う時も生き生きとしていて……きっと、君のおかげなんだろう」


「そんなことありませんよ」


「謙遜しないでくれ……そのことは、今日のリンネを見ればすぐに分かる」


 ……どうしよう。この状況で『娘さんが生き生きしているのは、変態性癖を知られて割かしオープンなったから』なんて言えない。


 ……こんないいお父さんから、どうしてあんな日中下着を履かない変態に育ったんだろう? まっすぐと言うが、カーブ並の変化球だ。


「娘には可哀想なことをした。私は仕事でこの場ぐらいしか接することはできないし、幼い頃に母親亡くしてから親の温もりを与えられていない────だからこそ、私はどんなことがあろうと……娘の幸せを第一に考えている」


 ……その言葉が、妙に胸に突き刺さる。

 ご両親こんなに子のことを想っている────きっと、負い目と申し訳なさがありながらも、子を愛しているから口にできた言葉なんだろう。


 だけど、そんな子に愛情与えられなかったら? そんな状況を作ってしまった俺は……どれだけお父さんお母さんに辛い思いをさせただろうか?

 それが……本当に胸に突き刺さる。


「だからこそ……これからも、娘と仲良くしてくれないかな? 君なら、娘を安心して任せられるよ」


 そのせいか、俺はレイスさんの言葉に────


「任せてください。絶対に、悲しむようなことはさせません」


 冗談抜きで、そんな言葉を口にしてしまった。

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