デートをするなら異世界で!③

 あれから、色々な場所を回った。

 エルフが経営している洋服店、ドワーフが経営している鍛冶屋、小人族が営んでいる農家など。

 人間から徐々にファンタジー溢れる人達に出会い、それぞれから「元気にやっている」と好評のお言葉を。


 確かに、見た時は生き生きとしていたし、不満らしい不満も見当たらなかった。

 強いて言うなら、俺とリンネが手を繋いでいやってきたので「リンネ様にもついに婚約者が!?」と騒がれたことぐらいだろうか?


 安心してください。彼女がほしいと思っていても、絶賛ノーパンで歩いている女の子を彼女にしたいとは思えませんので。

 ────そんなこんなで、辺りはすっかり日が暮れてしまい、茜色の夕焼けが異世界の空を覆い始めた。


「こんなものかしらね、今日のところは」


「まぁ、そうだな……そろそろ俺も戻らないと、師匠が帰ってくるし」


 ここから帰ろうと思えば、山を登らないといけないのでざっと一時間はかかる。

 師匠も夜には帰ってくるので、夜ご飯の準備の時間を考えても今日は帰らないと行けない時間だ。

 そう思っていた時────


『……ナギト』


 懐から、聞き慣れた声が聞こえた。

 俺は急いで懐から小さなリングに嵌った魔水晶を取り出すと、そのまま耳に当てる。


『どうかしたんですか、師匠?』


 これは携帯電話みたいな魔道具だ。どういう仕組みかは全く分からないけど、指定した相手と通話ができる便利アイテム。

 科学の進歩がない代わりとして、多分作られたのだろう。


 だが、指定できる相手は一人しかダメみたいで、この魔道具自体がかなりの高値────便利の割には便利じゃないと愚痴が溢れてしまう。


『いや、思っていた以上に仕事が長引きそうなんだ。ナギトには悪いけど、先にご飯を食べていてくれないかな? もしかすれば、先に寝てもらうことになるかもしれない』


 な……ん、だって……?


「そ、そんな師匠! 師匠がいないのに一人でご飯を食べるんですか!? 俺、師匠と一緒に寝れないってことですか!?」


 そんなの寂しすぎる! 師匠がいない生活なんて、耐えられるわけがないっ!

 異世界に来ている意味がないだけでなく、一人寂しく意味もない夜を過ごさないといけないのは、あまりにも酷だ!


『き、君は相変わらず子供だなぁ……。ボクがいなくても、大丈夫な歳だろう?』


「違うんです。師匠がいないからこそこんな反応になるんです。他の人だったらこんな反応しません。「あ、そうですか。了解でーす」で終わってます」


『嬉しく思えばいいのか、怒ればいいのか分からなくなる反応だね……。ま、まぁ……ボクとしても、少し寂しい気持ちはあるんだが……』


 師匠も寂しく思ってくれるなんて……お、俺! 超嬉しい……ッ!


「お、俺も子供じゃありません……ここは、甘んじて受け入れましょう……!」


 下唇を噛み締めながら、俺はそう答える。

 これ以上、わがままを言ってしまえば師匠を困らせてしまう。ここはグッと我慢しなければ……ッ!


『……ボクも、なるべく早く帰れるようにするからね。今日は、我慢してほしい────ごめんね、愛しい我が弟子』


「了解であります……!」


 そして、ブツっという電話が切れる時のような音が聞こえ、師匠との通話が途切れた。

 ……悲しいけど、我慢しなきゃ。師匠も俺のために働いてくれているようなものなんだから、子供のままではいられない。


「あなた、どれだけ祝愛の魔女様のことが好きなのよ……」


 横で聞いていたリンネが呆れたようなため息を吐く。


「そりゃ、俺がこの世で一番好きな人だからな。こんな反応にもなる」


「そう言う割には、彼女がほしい云々言っていたような気がするけど?」


「んー……師匠って、ヒロインなのはヒロインなんだけど、異性として見ちゃいけないような気がするんだよな。ラブコメイベントはもちろんするけど、あくまで師匠は恩人だし、ぶっちゃけ家族としての印象が強い」


 好きは好きでも家族として。

 異世界に来てからの初めてのヒロインではあるが、命を救ってくれ、面倒まで見てくれている存在────そこに異性としての好意を持っていってしまえば……なんかダメな気がする。

 それに、俺自身も家族として見ている節が強いし、多分師匠も同じような感情を抱いているだろう。


「ふーん……そういうものなのね。途中途中の言葉は理解できなかったけど」


「まぁ、どちらにしろ俺の中では師匠が一番だ。そこに変わりはない」


「それはナギトの反応を見ていれば分かるわ。よっぽど祝愛の魔女様のことが好きなのね」


 そんな言葉を口にしながら、夕焼けの照らす道を歩く。

 多少の人の行き来はあるが、この道なりは人がいなくて市場より歩きやすかった。


「そうだ。ねぇ、ナギト?」


「ん?」


「うちへ寄っていかない?」


 ……へ?


「今、なんと……?」


「だから、うちに寄っていかないって聞いてるのよ」


 聞き返した俺に、リンネは少しだけため息を吐きながら答えた。

 こ、この俺が女の子の家にお邪魔しに行く……だって?

 前世では女の子経験皆無な上に、異性の友達はゼロ。故に、女の子の家という聖域に一度も足を踏むことはなかった。


 だけど、今のお言葉は聖域に足を踏ませてくれるようなお誘い。ラブコメでは必須と言っても過言ではないようなイベントを、この俺が……こんなにも早く体験することができるのか!?


(……いや、落ち着け水原凪斗十七歳童貞。相手は普通の女の子じゃあない。露出狂の変態で……た、ただ単に友達ってだけの関係だ)


 大きく深呼吸。突如訪れたラブコメイベントに動揺していた心を落ち着かせる。


「そりゃまたどうして? 別に夜の山奥には慣れた身としては、帰る時間は気にしないからいいんだけども。師匠いないし」


「今日一日付き合わせちゃったでしょ? そのお礼も兼ねて夕飯をご馳走してあげようと思ったの。ついでに、朝言っていた胡椒をあげようと思って」


「お礼なら、胡椒くれる件で貸しがあったろ? それでチャラじゃダメなの?」

「ダメね、釣り合わないわ」


 ……俺の借りはそんなにも大きかったのか?


「それとも、ナギトは女の子の家に招かれるのは嫌なのかしら?」


 リンネが上目遣いでからかうような言葉を投げてくる。

 ……あざといが、普通に可愛い。


「し、仕方ない……。お前がどうしてもって言うのであれば、ご相伴に預ろうじゃないか!」


「ふふっ、決まりね。じゃ、さっさと帰りましょ」


 そう言って、リンネは浮かれた足取りで俺の手を引いていった。

 その後ろ姿は、どこか上機嫌に見えた。

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