デートをするなら異世界で!②

「そういや、様子を見たいってのはいいけど、具体的に何すんの?」


 ぶらぶらぶらぶら。ただただ長い市場の道を歩いているだけの状況が続き、俺は思わずリンネに尋ねてしまった。


「正直に言えば特に何もすることはないわ。私の目的は『領民が元気に生活しているかを見る』ことだもの。元気にやっているならよし、困っていたら聞いてお父様に伝えるぐらいね」


「本当に視察って感じか」


 それだったら、俺が住んでいる山の魔獣を退治してほしい。通学途中の危険をすぐに払いたい。


「その通り。そのついでに私は背徳感を味わう、ナギトはハラハラを楽しむ────そういうことよ」


「俺が想像した視察とはかけ離れているな」


 ついでが本当に余計である。

 ……でも、その余計がなくなったら────


「ふふっ、それか『デート』かもしれないわね」


 ……俺、女の子とデートしてんの?


 何の意図もなく、ただ流されるまま連れてこられ、心配で手を繋いだだけでいつの間にかラブコメの極地である『デート』を体験しているというのか……?

 前世では、こんなこと……どう転んでも有り得なかったのに。


(これが異世界……ごく自然にラブコメができるなんて!)


 俺は異世界の素晴らしさにひっそりと涙を流してしまう。

「きゃっ!」


 そんな時、急に強い風が俺の頬とリンネのスカートを撫で────ふんっ!


「流石ね、ナギト。私のスカートが捲れる前に捲れないよう押さえるなんて」


 ……俺は、こんなデートをセッティングした異世界を呪わずにはいられない。


「落ち着いてデートもさせてくれないの……」


「あら、ナギトは本当にデートだと思っているの?」


「ッ!?」


 からかうような顔を向けられ、一気に顔が赤くなる。


「ば、ばっか! 別にデートだなんて思ってないんだからねっ! 勘違いなんてしないでよ!」


「何よその口調……」


 童貞は、からかわれたら変な口調になるんだ。覚えとけ。


「まぁ、いいわ……とりあえず、市場はある程度見て回れたから他に行きましょ」


「どこも寄ってなかったけどな」


「どこかに寄ってちゃ、色々見て回れないでしょ? ただでさえ、うちの領地は広いんだから」


 確かに、セルベスタの街は広い。貴族云々の話はあまりよく知らないけど、収める領地だけで言ったらこの街だけではないだろう。

 そんな場所を放課後歩いて見るとなればかなりの時間がかかってしまう。


 街限定にしても、どこかに寄っている暇などないかもしれない。


「ではお嬢様、お次はどこに行かれるので?」


「孤児院に行ってみようと思うの。お土産もちゃんと買って、ね?」


「あいよー」


 ♦♦♦


 孤児院。それは、親に捨てられたり親が亡くなって引き取り先がいなくなった子供が集まり、面倒を見る場所だ。


 この異世界は、貴族のご令嬢が護衛も付けず闊歩できるほど治安がいいとはいえ、そういった子供達は残念ながら存在してしまう。育てるお金がなかったり、魔獣に襲われて両親を亡くしてしまったりと、前世では考えられないような理由。


 だからこそ、貴族様は身寄りのない子供ために孤児院という施設を作ったそうな。

 そんな、市場から少し外れた場所にある孤児院に、俺達はお土産という名のお菓子持って足を運んでいた。


「ガキ共ー! ほ〜ら、お菓子だど〜い!」


「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」」」」


 ビスケットやチョコレートぶん投げる俺。そして、それを嬉々として拾う孤児院の子供達。初めて会ったのに地味に楽しい。

 親がいないというのに、こうして元気で健やかに育っている。親の温もりを感じて過ごしていた俺にとっては、この子達の気持ちはよく分からないが、それでもこうして元気でいるのは、きっと支えてくれた人達のおかげなんだと別の意味で温もりを感じてしまう。


「いつも悪いわね、リンネちゃん」


「いえ、これも貴族としての務めですから」


 後ろではリンネが少し老けた修道服を着た女性と話している。

 彼女は、どうやらこの孤児院を任されているシスターらしい。


「いつ来てもここは賑やかですね。私としても嬉しい限りです」


「公爵様には本当によくしてもらっています。だからこそ、子供達もこんなに元気なんですよ」


「それが聞けて何よりです。何か問題や不都合があればなんでも仰ってください。すぐにお父様にお話しますので」


 やはり、リンネは決して驕ることなんかしない。こうして聞き耳を立てている限り、相手にちゃんと敬意を払っている。

 だからこそ、こうして慕われているのだろう。そして今この瞬間、下着を履いていないと露ほども思っていないだろう。


「どーてー、もっとお菓子ちょうだい!」


「シスター! この子の教育間違ってますよー!」


 誰だい、こんなことを教えたのは。


「けちけちしてると、おんなにもてないぞー!」


「よっしゃ、お前表に出ろ。大人を馬鹿にするとどうなるかしっかりと体に叩き込んでやる」


 俺は平等主義なんだ。子供だろうが、女の子だろうが容赦はしない。

 失礼な子供を抱き抱えると、俺はそのまま外に出ようとする。

 すると────


「ナギトじゃないですか! いらっしゃいですっ!」


 入り口から明るい金髪をチラリと見せる小柄の少女が現れた。

 いつも見る姿とは違って、シスターと同じ修道服を身に纏い、大量の衣服が詰まった籠を抱えていた。きっと洗濯物を取り込んでいたのだろう。

 その姿は、嫌がる素振りもない。雰囲気からして、嫌々ではなく進んで手伝っているのが分かった。


「来るなら言ってくれればいいのに! ちゃんと連絡ができない下僕は、明日お仕置です!」


「いると分からなかったのに、少し理不尽」


 明日はどんなことをされるのだろうか? 魔法の的にならないことを切に願おう。


「っていうか、ソフィアはここで働いてたんだな」


「はいっ! ここでシスターのお手伝いをしてます!」


 だから今日は早く帰ったんだな。シスターの見習いと言ってたし、こういうのも勉強の一つなのかもしれない。


「あら、ソフィアちゃんのお知り合いだったのね」


 すると、リンネとの話が終わったシスターがこちらへとやって来た。

 リンネの姿を見ると、俺の代わりに子供達にお菓子を配っていた。


「ナギトとは主人と下僕の関係ですっ!」


「こらこら、ソフィア。誤解を招くようなことは言うんじゃありません」


 下僕なったつもりなど毛頭ない。


「誤解ですよシスター。俺とソフィアは互いの欲を晒け合える仲なだけです」


「待ってください、ナギト。それもそれで誤解が生まれます」


 別におかしいことは言ってないだろう? 

 ソフィアはSという変態的欲求を晒け出し、俺は彼女がほしいという色欲的欲求を晒け出している。ほら、誤解もなにもないじゃないか。


「大丈夫だよソフィア……俺は最近、お前の性癖も受け止めつつある。何も怖がることはない」


「どうしてその言葉が出てきたのですか!? 全く関係ありませんよね!?」


「だけど恋人にはできない。そこから先の関係には、誠に残念ながら性癖の壁がある以上、越えられないんだ」


「まるで私がナギト好きみたいな言い方はやめてくださいっ!」


 ソフィアは顔を真っ赤にして恥ずかしがる。小柄な体と愛くるしい顔立ちが相まって、その姿は大変可愛らしいものだった。

 俺が読んだ作品のラブコメの主人公も、どこかで多分このようことをしていた覚えがある。となれば、多分このやり取りもラブコメなんだろう。


 だけど、洗濯籠の角で殴りつける照れ隠しは見たことがない。そろそろ、俺の頬が腫れ上がりそうだ。


「ふふっ、ソフィアとあなたは本当に仲がいいのね」


 そんな姿を微笑ましそうに見てくるシスター。

 微笑んでないで、徐々に悦に浸り始めたこの子をどうにかしてほしです。


「この子は明るくていい子なの。これからも仲良くしてあげてくれないかしら、ナギトくん?」


「えぇ、お任せいたっ────おいコラやめろソフィア! そろそろ俺の頬が変なことになるだろうがっ!?」


「も、もう少しだけ……その痛がる表情を見せてください……っ!」


「シスター! この子、全然いい子じゃないですよ!?」


 結局、リンネが止めてくれるまで殴打は止まらなかった。

 異世界に来てから、なんか思っていたラブコメができていないような気がする。


 ♦♦♦


「次は、この街のギルド近くの酒場に行くわ」


「と言いながら、もう来てるがな」


 そんなわけで、次はギルドのすぐ側の酒場へとやって来た。

 外観は西部劇に出てきそうな酒場そのもの。二枚の開き扉は中が見れるようになっていて、覗くと円形の木製テーブルにガタイのいい人達がジョッキ片手に盛り上がっている姿が見えた。夕方にもかかわらず、もう酒を飲んでいやがる。


 ここはどうやらギルド────いわゆる『何でも屋』という、ファンタジーでよく見る冒険者みたいな人達がよく足を運ぶ場所であり、この街で一番盛り上がっているらしい(※リンネ情報)。


「なんでこんな場所に来るかな……? 物騒な人達ばっかでしょ? 「おいてめぇ、ここはガキンチョが来るような場所じゃねぇぜ?」ってお約束をもらう場所でしょ?」


「何よ、そのお約束って。この街の人はそんなことを言う人はいないわ。皆いい人だもの」


 ……まぁ、想像してた異世界よりも治安がいいからそうなんだろうとは思うけどさぁ。


「……なんかあったらすぐ逃げるぞ。大丈夫、囮ぐらいには俺もなんとかできる」


「あら、頼もしいわね。それじゃ、この手は離さないでおくわ」


「それだったら囮ができねぇだろうが」


「要は囮させないってことよ。領民を守るのが、貴族の義務だもの」


 ……やだ、かっこいい。かっこよく言ったつもりなのにかっこいい返しされちゃった。


「それに、私はここに何度も来ているから安心していいわ。襲われることもない。単純に、ここに来た理由は皆お酒が入って普段言えないようなことを言ってくれるからここに来てるの。ギルドって、街には欠かせない存在なんだから」


 ……うむ、そう言われれば行かざるを得ない。

 ギルドは、貴族が持っている騎士達が派遣するほどでもないような困り事を率先して行ってくれる場所だ。


 例えば、小さな魔獣退治とか、誘拐事件とか、街の掃除等。

 言わば、『領主では解決できないような痒い場所に手を伸ばしてくれる』的な存在なのだ。

 街が平和なのも、こういったギルドのおかげというわけなのだとか。


「じゃ、行くわよ」


「へいへい」


 俺はリンネに手を引かれながら、扉の向こうへと足を踏み込んだ。

 酒場に入ると、まず先に充満するアルコール臭が鼻を刺激する。前世で飲んだスピリタスと同じぐらい臭い。

 そして、激しい喧騒が耳に入る。原因はきっと、大盛り上がりで酒を煽る男達の集団のせいだろう。


「いらっしゃいませ────って、ナギトくんとリンネちゃんだぁ〜!」


 すると、喧騒に掻き消されてもおかしくもないはずなのに、耳に届くのほほんとした声が聞こえてくる。

 視線を向けると、ジョッキを運ぶエプロンを付けた見慣れたドデカい双丘の姿があった。


「ここ、ミラシスのご両親が経営している酒場よ」


「遅せぇよ」


 事後報告すぎるだろ。

 そんなツッコミを入れていると、盛り上がる男達を避け、ミラシスがこちらへとやって来た。


「なになに、どうしたの〜?」


「いや、なんか視察らし────」


「手なんか繋いじゃって?」


 不思議そうに俺達の顔から下────繋がっている手に視線を写すミラシス。

 しまった、普通に手を繋いでるんだった。


「実はデートなの」


「へぇ〜! リンネちゃんとナギトくんってそういう関係だったんだ〜」


 飄々と答えるリンネに対し、呆気からんと納得するミラシス。

 ここは「ど、どうして手を繋いでるの!?」というラブコメイベントが起きてもいいと思うのだが……生憎と、俺達の間に嫉妬するような好感度はない。

 というか、事実付き合ってない。違う女の子であれば、お互いにもう少し違う反応を見せてよくあるラブコメイベントになっただろう。


「いや、単にリンネがどっか行って露出癖がバレないように配慮してるだけだから」


「だよね〜、分かってた〜」


「あら、私と手を繋いで街に出かけるのはデートではないのかしら?」


「はいはい、そうですねー」


 初めはドギマギしていたが、流石に慣れた。

 僅か数ヶ月で異世界に順応した俺をナメるな。相手が変態だという時点で、ラブコメになってもその先をになることは最早期待していない。


「ってことは、いつもの視察?」


「そうよ、だからお願いできるかしら?」


「うーん……今回はナギトくんがいるし、ナギトくんにお願いしてもらいたいなー」


「どして俺なの? 別に誰がお願いしても────」


「『この卑しい豚めっ! さっさと言うことを聞け!』って言ってほし────」


「ここは諦めよう。別の場所を視察することをオススメする」


 どこにいてもブレないやつは嫌いじゃないが、この性癖は嫌いだ。


「いいじゃない、減るものじゃないんだから」


「俺のナニカがごっそり減っていくような気がするんだが?」


「それでも、ミラシスお願いを聞かないでここにずっといれば時間がなくなるわよ? あなたも、祝愛の魔女様のためにご飯を作らないといけないんでしょう?」


 ぐっ……! ここで師匠の話を出すとは卑怯な! それを言われればあしらえなくなってしまうじゃないか!

 俺は少しの間だけ、頭の中で人としてのナニカと師匠を天秤にかける。

 すると、やはり俺の中で師匠の存在は大きかったみたいで、呆気なく師匠に傾いてしまった。


「この卑しい豚めっ! さっさとリンネの言うことを聞け!」


「ん〜〜〜っ!」


 俺が強めの口調で言うと、ミラシスは体を腕で抱え、顔を染めながら身をよがらせてしまった。

 ……美少女の絵面としては非常に残念なものである。


「じゃ、じゃあ……行ってくるね、ご主人様?」


 頬を赤く染め、口元が緩み、上目遣いでミラシスは口にする。

 そして、そのまま俺達から背を向けて酒場の中心まで走っていった。

 先程の姿に一瞬ドキッとしたが、少し口元から垂れた涎のせいで一瞬にして冷めてしまうのが、異世界ならではの悲しさだろう。


「みんな〜! 何か困ったことないかって、領主様が言ってるよ〜」


『『『『『ないでぇぇぇぇぇぇぇす!!!!!』』』』』


 中央で皆の前で大声を張り上げ、酒を煽っていた男共が元気よく返す。

 その光景は、さながら地下アイドルのステージを連想させた。


「ないみたいだから、次に行きましょうか」


「あれ、絶対酒が入ってるから言っただけだろ? 普通に意見言おうとしてなかっただろ?」


 そう言って、リンネは酒場から背を向け、俺の手を握ったまま出て行こうとする。

 俺は「大丈夫か、こんな視察で?」と不安を思いながらも、ミラシスに手を振って手を引かれるがまま後ろをついて行った。


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