デートをするなら異世界で!


 拝啓、お父さん、お母さん。

 お元気でしょうか? そちらでは、夕食の準備をほったらかして録画した昼ドラを見たり、外回りから帰社して雑務に追われている頃でしょうか?


 お母さん、そんなぐうたらな生活をしないでください。そちらで生きていた頃、友達連れて家に来た時にポテチを食べながら横になっていたお母さんを見て、友達が苦笑いしていたのを覚えているでしょう?

 そして安心してください。俺は元気です。


 ♦♦♦


 とりあえず、授業が終わって放課後。

 学園生活でラブコメをするには、まずはそれぞれが自由な時でなくてはいけない。


 新しいイベントを起こすこと然り、何にも縛られず自由な時間を送ること然り、放課後とはラブコメをするためには重要な時間なのだ。

 放課後イベントというラブコメを上手く起こることに成功すれば、女の子と親密になり、果ては彼女が作れるに違いない。


 師匠の帰りはいつも遅い────だからこそ、この放課後は俺もわりかし自由に動けるので、三年間という学園生活を無駄にしないために、今この瞬間に行動を起こさないといけないだろう。

 ……せっかく異世界に来たんだしね。一味違うラブコメをしなきゃ。


「ねぇねぇ、一緒に帰らない? 近くにいいケーキ屋さんできたんだよ」


「え、えーっと……」


 目の前には、水色の綺麗な髪をしたクラスメイトの女の子。

 オドオドした様子が大変可愛らしい。あいつらとは違い、重大な欠点がないだろう少女。


「いいじゃん、いいじゃん! ほら、俺が奢るし少しだけお喋りしようよ!」


 下校というイベントをクリアするためには、まずは女の子と親密にならないといけない。

 学園中は他の変態三人衆がいるため他の女の子と話す機会があまりなかったけど、こういう時にちゃんと話して互いの距離を縮めなくては。


 けど、安心してほしい。俺はちゃんと話して人となりを知って好きになるタイプだ。誰でもいいなんてプレイボーイみたいな考えはしていないからね。童貞だから。


「ど、どうしようかな……?」


「俺、マリアちゃんとはあんまり話したことがなかったから、こういう時に────」


「なにやってんのよ」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? こめかみがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 突如! こめかみに激痛がぁ!? 誰だ!? 器用に後ろからアイアンクローを食らわせる物騒な輩は!?


「教室の入り口で堂々とクラスメイトをナンパするなんて……最低ね」


 アイアンクローされながらなんとか後ろを振り向くと、まるでゴミを見るような目で俺を見ているリンネの姿があった。


「べ、弁明の前にその手を……ッ!」


「もっと、身体強化の魔法を強めろって?」


「それは言ってないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 卵が割れるような音が! 脳内に! お母さん、助けて! 息子が二度目の死を遂げちゃう!


「悪かったわね、マリア。ナギトのことは放っておいていいわよ」


「う、うん……またね、ナギトくん。今度一緒にそのケーキ屋さんに行こ?」


 水髪の少女は足早にその場から立ち去っていった。

 最後に投げかけてくれた言葉が、妙に激痛を和らげてくれた。


「はぁ……クラスメイトをナンパしてどうするのよ」


 リンネはため息を吐きながら、俺のこめかみから手を離す。

 ……前世と異世界で何が違うって、暴力描写が意図も簡単に書けることだよね。すぐに暴力を振るうんだもん。女の子としての慎ましさがまるでない。

 ……あ、師匠は違うぞ? あれは師匠なりのスキンシップなんだ。


「ナンパとは失敬な。俺は放課後という貴重な時間を有効活用するために、マリアちゃんに一緒に帰らないかと誘っただけだ。他意はない」


「じゃあ、マリアとはただ話して帰るつもりだったの?」


「いや、一緒にケーキ屋にでも行って、少しでも長い時間話したかった。そんで、仲良くなってあわよくばお付き合いしたかった」


「他意しかないじゃない……」


 いや、俺の目的はラブコメして彼女を作ること。

 これ以外の他意なんて、これっぽっちもないね。


「俺はさぁ、彼女が欲しいの。その過程に、劇的なラブコメをしてイチャイチャして、皆に祝福されるようなハッピーエンドを迎えたいの、分かる?」


「ところどころ分からないワード出てきてるけど……要は、誰でもいいから付き合いたいってことよね」


「好きになった人じゃないとやだ。お前の縁談断る理由と一緒だ」


「誠実なのか不誠実なのか分からないわね……」


 馬鹿な。俺以上に彼女がほしいことに誠実な人間はいないというのに。


「そういえば、ソフィアとミラシスは?」


「二人共、今日はそれぞれ家の手伝いがあるからすぐに帰っていったわよ」


「ほぉーん」


 ソフィアの実家……と、いってもいいのか、今住んでいる教会でシスターになるための勉強をしているらしい。そして、時折勉強も兼ねて教会のお手伝いをしているのだとか。


 ミラシスの家は酒場。忙しくなる時は家の手伝いをしているらしい。

 そんで俺も、休みの日はちゃんと師匠の手伝いしてますよ。


「あなた、他の女の子をナンパしているってことは、この後は暇なのよね?」


「だからナンパじゃないっちゅうに」


 ナンパできるような男だったら、前世でとっくに彼女ができていたやい。

 そんな俺のツッコミも無視して、リンネは急に俺の手を取った。


「だったら、これから私に付き合いなさい」


 ♦♦♦


 あの後、リンネに無理矢理連れていかれた俺は、学園があるセルベスタの街の市場にくり出していた。

 全ての店が建物の中にあるわけではなく、屋台のような出店がズラっと並んでおり、その商品を吟味する人、大きな声を張り上げて商品を売る人、買い物帰りで商品を手にぶら下げている人等、この市場では人が溢れかえっていた。渋谷や新宿並の人の多さだけど、どこを向いても日本らしいものは何もない。


 学園終わりだからなのか、俺達と同じような学生服を着た生徒が小さなクレープを持って歩きながら談笑していた。

 この辺は、前世の若者の姿と変わらなく感じる。


「んで、無理矢理連れて来て何をすんの? 荷物持ち?」


「別にそういうわけじゃないわよ。ただ、貴族としてちゃんと民の姿は見ておきたいから、付き合ってもらおうと思ったの」


 セルベスタは、その名の通りセルベスタ公爵が収める領地。つまり、ゆくゆくはリンネの領地でもある。

 民の姿を見ておきたいというのも、きっと後学のためなのだろう。


「それだったら、いつも帰りに迎えに来るメイドさんと一緒でもいいだろ? 俺じゃなくてもさ」


「彼女は辞めたわよ」


「辞めたの? 確か、専属メイドさんだったよな?」


「えぇ……なんでも、第三王子様に見初められたそうよ。それで、うちを辞めて王宮で働くことになったの」


 ほぉ……それは素晴らしい。

 王宮は、働く者全てが選ばれた人間だけと聞く(師匠から聞いた)。もちろん、王族が住む場所で働くため、それなりに給料もいい。

 ということは、単純に職がランクアップしたのだ。働く人間からしたら、めでたいというものだ。


 だけど────


「やっぱり、働いてた人間が辞めるのって、辛い感じ?」


 リンネは、どこか悲しそうな顔をしていた。

 いや、正確にいったら『複雑そうな顔』をしていた。


「いえ……別に、仕事を辞めるのは構わないわ。それぞれの人生だもの、私がとやかく言うつもりはないわ。寂しいけどね」


 リンネはすぐさま不安そうな色も滲ませる。


「ただ、第三王子様には変な噂があるのよ。気に入った女性を囲って毎晩無理矢理相手にさせたり、その手段に脅迫紛いのこともしてるって」


「……その噂が本当だったら最悪だな」


「まぁ、そうね。けど、噂は噂だし彼女も全然嫌そうな顔じゃなかったのよ。だから杞憂だとは思うんだけど……」


 そう言っても、リンネの顔から不安は消えない。

 いつも堂々としていて、凛としている彼女がこんな姿を見せるのは珍しい。少なくとも、俺は出会ってから一度もこんな顔を見たことがなかった。


 でも、不安になる気持ちは分かる。その噂が本当であれば、親しい者が移動したのもそういった理由があると思ってしまう。

 ……俺の理念に反する噂だ。脅迫なんて、二人共幸せになれない上に間違いなくハッピーエンドに向かわないのだから。

 リンネが心配するのも分かる……だけど────


「まぁ、嫌だったらリンネにちゃんと相談してるだろ? だったら、ただ単にいい仕事先が見つかっただけなんじゃね?」


「そう、ね……ごめんなさい、変な話をしてしまって」


「気にすんなよ。俺とお前の仲じゃねぇか」


「秘密を握り合う仲だものね」


「待て、お前は俺の何を握っているんだ?」


 お前の露出趣味は握るというか知っているが、俺に関しては何も握られた覚えがないぞ。おい、俺の何を握ったんだ? 俺の知らない間に何を握った!?


「ふふっ、冗談よ冗談」


 すると、リンネは可笑しそうに笑った。その笑顔には不安の色は見えず、ただ単に可愛らしい女の子が綺麗に見えただけだった。

 その顔を見て────一瞬だけドキッとした。


(……本当に、美少女はこれだから困る)


 内心、残念系美少女に愚痴りながら、誤魔化すように先を歩いた。

 けど、リンネはすぐさま俺の隣まで駆け寄り、並ぶように足を進める。


「どうして先に行くのよ?」


「お前さんには分からんだろう……この気持ち」


「何を言っているの? それより、あなたが離れちゃダメじゃない。私の付き添いなんだから、はぐれたら大変でしょ?」


「だったら、なんでこんな人通りの多い場所を選んだんだよ……もうちょい違う場所でもよかったじゃん」


「馬鹿ね……こんなに人がいれば自ずと視線が集まるの────ゾクゾクしない?」


「……貴様、この状況でもノーパンだな?」


「……すっごく気持ちがいいわ」


 顔を赤らめるな、顔を。どうして実技が終わった着替えの時にちゃんと下着を履かなかったんだよ。


「往来の中、いつ誰とぶつかるか分からない。そして、転げた拍子に丈の短いスカートが捲れてみろ────公爵家の娘が変態だと領民の皆に知られるぞ?」


「そのギリギリも味わってみたいのよ。学園の時より、人も多いから背徳感がいつもの二倍よ。お得なの」


「お得」


 今の状況のどこがお得なのか? 俺のお母さんが聞いたら「特売ナメんな!」って怒られるぞ。


 ……まぁ、でも。こいつが変態なのは今に始まったことじゃない。

 それより問題は、本当に俺が言ったことが実際に起こりそうという点だ。

 リンネはこの領地を収める公爵家の娘。つまり、領民が尊敬し称えている存在の一人なのだ。


 そんな女の子が「ノーパンで、見られるか見られないかのギリギリを楽しむ変態です」なんて知られてみろ……リンネどころか、リンネのご家族までも評判が落ちてしまう。


(それに、注目度が半端ない……)


 先程から市場を歩いているが、通り過ぎる度に視線が集まってしまう。


 リンネの顔がどの程度領民に知れ渡っているかは分からんが、それ抜きでもリンネは誰もが目を惹くような美少女様なんだ。そりゃ、通り過ぎればリンネの美貌に目を奪われるに違いない。超ド級アイドル兼女優が変装なしで渋谷を闊歩するようなもんだ。加えて、紅蓮のように燃え上がる赤髪はよくも悪くもすごく目立つ。俺の日本人特有の黒髪が地味に映るぐらい。


 ────だからこそ、こんな場面でスカートが捲れてみろ……本当に、お終いである。

 それに、ここではぐれてしまってはサポートも何もできん。細心の注意を俺が払っておかないと、こいつは平気で捲れるようなことをする。


 ……やむを得まい。


「リンネ、手を出せ手を」


「何よいきなり……」


 俺が急に要求すると、リンネは怪訝そうにしながらも、ゆっくりと手を差し出してきた。

 そして、俺はその手を握った。


「……文句は言うなよ」


 前世、女性経験皆無だった俺が自ら女の子と手を握ってしまった。

 ……なんか、そこはかとなく恥ずかしい。


「あぁ……なるほど、そういうことね」


「……理解してくれたか」


「つまり、ナギトは私という女の子の魅力に負けて、どうにか溢れる欲望を抑えようとした結果、手を繋ぐということになったのね」


「珍しいよ。こんなにも理解してくれなかったなんて」


 俺の心配を返して欲しい。

 顔に上がった熱が一気に冷めたような気がする。


「ふふっ、冗談よ。どうせ私を心配してくれたからの行動なんでしょ? ありがとう、紳士さん」


 しかし、リンネはそんなお礼を……優しい笑顔を向けて言ってきた。

 冷めた熱が一瞬にして戻っていくような感覚────美少女の笑顔は、本当にズルいと思う。


「……お礼を言うぐらいなら、下着を履いてくれ」


「嫌よ」


 そんな即答を聞きながら、同じぐらいの歩幅で俺達は市場を歩く。

 先程と違うのは、俺の手に女の子の手が握られているといことだろうか?

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