魔法を学ぶなら異世界で!

 拝啓、お父さん、お母さん。

 そちらでは、上司にペコペコと頭を下げ、セールという名の戦場を駆け回っている頃でしょうか?


 お父さんも、早く昇任してお母さんを楽にしてあげてください。お母さん、俺がいなくなった分、学費が浮いたのだから無理に激安タイムセールに飛び込まないでください。

 そんな話は置いておいて────安心してください、俺は元気です。


 ♦♦♦


 異世界で学園生活を送るとなれば、どんなことを想像するだろうか?

 魔法の授業をした後、訓練場みたいな場所で剣や魔法の研鑽に勤しむ────そんな感じではないだろうか?


 異世界に来て、そう想像していた俺だけど、実際にその認識は間違っていなかった。

 午前中は小休憩何度か挟みながらの座学。座学は、一般教養と魔法学、この国の成り立ちや世界の歴史を学ぶ文学に分かれ、それぞれが一日一回受けるような配分になっている。


 それに対して、午後から行われる実技授業は魔法、剣術、模擬訓練に分かれるものの、一日一つの授業を受けるといった形になるのだ。


 この世界では『魔法士』だから魔法の授業を、『騎士』だから剣術の授業を────といったことはないらしい。全て、満遍なく授業を受けるみたいで、その後に自分の適正にあった職業を選ぶのだとか。


 この世界に来て、フィクションで学んだ知識やイメージアテにならないのだと、結構実感してしまう。

 これがリアルなんですね。聞いてますか、異世界作品を書いている作者さん?


「魔法には数多の種類があるのは皆さんもご存知でしょう。属性の色が宿り、属性によってこの世の理に新しい事象を起こす────それが、魔法。数多に存在する中で、我々が見たこともない魔法も存在しますが、基本は全て属性によって魔法は生み出されます────」


 そして、朝からいつものような騒ぎがあった後、俺は自分の席に座って座学の授業を受けていた。

 今回は魔法学。魔法について学び、実践する前に知識を身につけるために行われるものだ。

 この授業が俺は一番好きだ。何せ、男が一度は夢に見る魔法を学ぶことができるのだから。


 多くを学べば、それこそラブコメができると思わない? 異世界ラブコメでよくあるのが『ヒロインの窮地に颯爽と駆けつける』というイベント。

 助けたヒロインは「きゅん♡」、主人公は「造作もないぜ……(キリッ)」と言ってヒロインの好感度を爆上げ。加え、ヒロインはこれをきっかけに長年溜め込んでいた想いが恋に切り替わる────あぁ、素晴らしい! これこそ異世界! 俺は学びたい、魔法を! だから俺は一番この授業に力を注ぐんだい!


 ちなみに、実技は嫌いだ……たまに痛いもん。

 え? 実践で魔法が使えないと助けることもできないじゃないかって? だから実技に一番力を注ぐべきだって?


 馬鹿もん! 魔法が使えないからこそ学ぶんだよ! 師匠も言ってた、「物事を進めるにはまずは知識からだ」って!


 闇雲に魔法が使えるか試しても、時間の無駄────まずは、知識を蓄え、どうして魔法が使えないのかを研究し、そして魔法が使えるようになる方法を身につける!


 これぞ、俺が目下やらなくてはいけないことなんだ! ちりつもって言うじゃん! ちりつもって!

 だから、別に体を動かすのが面倒だとか、痛いから嫌だって言ってるわけじゃないんだからねっ!


「人が体内に有する魔力にはそれぞれ属性による相性が存在します。例えば土属性の魔法に相性がいい魔力を持っていると、土属性の魔法の威力が上がったり、汎用できる魔法の種類が多くなったり、詠唱が短くなったりと、相性というものの恩恵は様々です。君達には、まずは自分の魔力と相性がいい属性を見つけることをオススメします────といっても、ここにいる者達の中にはすでに見極めている生徒もいると思いますが」


 講師の人は、黒板に向かってチョークを走らせていく。


「逆に、相性が悪いといったことものです。魔法が発動しなかったり、魔法の詠唱が極端に長くなったり、魔法の威力が落ちたりなど────それも同時に見極めるといいでしょう」


 俺は講師の先生の話を聞きながら、教材に線を引いていく。

 ────俺が考えうるに、魔法が使えないのは魔力の使い方が上手くできていないからだと思っている。


 講師の先生が先程話した通り、魔力に対する相性云々問題もあるかもしれない。

 だけど、周りの生徒を見ていて『全ての属性に相性が悪い』というのはないと思った。

 一属性二属性ぐらいはあるが、全てというのは見たことがない。


 憶測だが、それを見ている限り相性云々の問題でない可能性が高いのだ。

 となれば、さっきも話した通り、魔力の扱いができていないのではないか? という可能性が浮上してくる。


 この世界の人達は常に『魔力が存在している』というのを知っていて、自覚しているが、俺の場合はそうじゃない。魔法とはかけ離れた場所にいて、そもそも魔力というのがよく分かっていない人間だからだ。


 アニメや漫画やラノベでは「体の中に何かがある……こ、これが魔力か!?」なんてすぐに分かっていたけど、現実は違った。そんなことないやいって言ってやりたかった。もし、話す機会があるのなら創作者の皆様に言ってやりたい……「現実はそんな甘くねぇんだよ馬鹿野郎ッ!!!」って。


 ────おっと、話が逸れた。

 というわけで、俺が魔法が使えない理由は魔力の使い方が分からないからではないだろうか? と思っているわけです。


 だから、魔力の使い方の勉強をしたいんだけど……生憎、この世界では先も述べた通り『魔力があって当たり前』という認識が強い。だからなのか、魔法学では魔力の使い方教えてくれないんだよ……ぐすん。


 講師の人達に教えてもらおうにも、「そんはずはないだろう?」みたいな感じであしらわれるし、俺が転移してきたっていう事情を知っている師匠に教えてもらおうと思っても、師匠の時間を奪ってしまいそうだし聞づらい。


 ……うーむ、この世界に来てから数ヶ月。そろそろ師匠が使っている魔法以外にも魔法を覚えたいものだ。イベントがいつ起こるか分からないし。


(そういえば、なんで俺って師匠が使ってる魔法だけ使えるんだろ……?)


 師匠の魔法が使えるようになってから常々思っていたことが頭に浮かんだ。

 やっぱり、一番近くで師匠の魔法を見てきたからかな? ほら、言ってなかったけど、結構俺って師匠の仕事のお手伝いをしているわけだし。


「────というわけで、ここは次回の試験に出すから覚えておくように。今日の講義はこれで終了します」


 なんて思っていると、いつの間にか授業が終わってしまったようだ。

 いけない、一番力を入れなきゃいけない授業なのに、全然聞いてなかったや。


 ♦♦♦


 まぁ、魔法が使えるようになることも大事だが、どちらかというと優先的にはラブコメをすること、彼女を作ること。


 いつまでも悩んでいても仕方がない、せっかく師匠の計らいでラブコメの聖地である学園に通わせてもらっているのだから、その機会を無駄にするわけにはいかないだろう。


「ナギト、命令ですっ! 喉が渇きました!」


「あいよ」


「三秒遅いです!」


 飲み物渡すまでの時間が三秒もなかったはずなんだが?


「ちょっと暑いわね……風魔法使かっていいかしら?」


「そしたらスカート捲れて大変なことになるぞ? ノーパンだろ、お前?」


「だからやるのよ。見られるか見られないかのギリギリを攻めたいわ」


 俺のいない場所でやってほしい、そういうの。

「ナギトくん〜、抱き着いてもいい?」


「他に行け、他に」


「ッ〜〜〜!」


 ぞんざいに扱っただけで興奮するのやめてくれない?


 ────といった感じで、現在お昼休憩。

 前世の学校と同じで、この昼休憩はきっちり一時間。その間に昼食等を済ませる時間となっている。


 そんな中、俺の席の周りには三人の美少女が。

 学校に入ってからお馴染みとなりつつあるメンバーに囲まれている俺は、さながら異世界に転移したモテモテの主人公のよう。

 この構図だけで、ラブコメしてんなぁって思ってしまう。


 ……まぁ、難を挙げるなら、周りにいる美少女が『変態』ってことだろうか? 本当に、全くをもって気持ちが昂らない。

 切実に他のクラスメイトとご飯を食べたりしたいものである。


 そして、新しいヒロインとの対面を果たしたいものである。


「午後からは魔法の実技だったかしら? ちょっと憂鬱だわ」


 リンネは大きくため息を吐き、憂鬱そうに呟く。


「そりゃまたなんで? 別に、苦手ってわけでもないだろうに」


「別に苦手なわけではないけれど……ほら、実技時の服装よ」


 実技の服装……体操服をさらに動きやすくしたような服装だよな? 男子はズボンで女子はスパッツ。

 特段、おかしなところはないはずなんだが……。


「スカートじゃないから背徳感が味わえないのよ」


「少しは自重しろ変態」


 この子達はいちいち性癖のボケを出さないと気が済まない性格なのだろうか?


「私は好きだけどなぁ〜! ほら、体を動かすのって結構楽しいし〜、次は確か自習だったし〜!」


「確かに座学ばかりでは飽きますからね」


「まぁ、飽きるってのは分かる」


 腰が痛くなるし、前ばかりに集中を向けていると目が疲れてしまう。

 その点、実技の授業は長い間の座学の疲れを癒してくれる……というわけではないが、紛らわせてくれる。


 けど、実技ということもあり、魔法に失敗すれば痛い思いをすることになるし、模擬戦をしたりする時は同じく痛い思いをする。

 だから、個人的にはあんまり好きじゃないんだよなぁ……。


 それに────


「魔法が使えるやつは羨ましいよ、全く……」


 魔法が使えない俺からしてみれば、魔法の実技こそ肩身が狭く気まずい思いをする場なのだ。

 ラノベでよく見るような「ははっ、あいつ魔法使えねーの!」「身の程を知れ!」なんて嫌な貴族達はいないのが幸いだ。そうだったら、俺のメンタルが死ぬ。師匠に三日ぐらい膝枕で慰めてくれないと立ち直れない。


 だから、これだけはイメージの相違でよかった。ありがとう、異世界。


「まぁ、ナギトくんは魔法が使えないからね〜! 剣術もダメっダメだし〜」


「ばっか言え! 避ける、逃げる、背を向けるに関しては一級品だぞこっちは!」


 師匠に迷惑をかけたくない一心で身につけた、魔獣から逃げる俺の身体能力をナメるな! こちとら、登下校で毎日場数を踏んどるんじゃ!


「この下僕は、男らしさが皆無です……これはお仕置が必要でしょうか?」


「戦うという前提が根本から消え去ってるわね」


「生きることが大事だろうが!?」


 逃げるが勝ちという素晴らしい言葉があるのを知らないのかねこの子達は!?


「ですが、魔法は使えるようになった方がいいですよ、ナギト? 職に就くだけでも魔法を使う場面はたくさんありますし……」


「そうだね〜、ナギトくんは祝愛の魔女様と同じ魔法は使えるけど、それ以外は皆無だし〜」


「ふむ……一応、師匠の手伝いをするつもりではいるんだが……やっぱりそうだよなぁ」


 ソフィアとミラシスの言葉に、思わず唸ってしまう。

 この世界では、本当に魔法がありふれている。力仕事をする時に身体強化の魔法を使ったりするし、鍛冶師は火を起こすために火の魔法を使ったりする。


 それ以外にも、大体の人は護身用に多少なりとも魔法は使えるので、そういった面でも覚えておかなければ色々と不便だし、雇ってもらえるかも分からない。


 だけど、魔法が使える兆しって今のところないし、魔力が原因だという確証も────


(……ん? よく考えれば、師匠や講師の人に教えてもらわなくても、こいつらに教えてもらえばよくね?)


 講師の人達を捕まえられなくても、こいつらならいつでも捕まる。師匠にお願いする時の申し訳なさも、こいつら相手なら一切申し訳ないと思うこともない。


 ……どうして気づかなかったんだろう? 別に、魔力の扱い方を教わるだけだったら、こいつらだけでも十分だ。何せ、こいつらにとって魔力云々は当たり前のことなんだから。


「なぁ、ちょっとお前らにお願いが────」


「いいわよ」


「いいですよっ!」


「いいよ〜」


「即答!?」


 あまりの返事の速さに驚いてしまう。

 こちとら、まだお願いの内容すら口にしてないのに!


 ま、まさか……日頃自分の性癖に付き合ってくれるから、そのお礼とか……? それとも、俺という存在のためだったらなんでもしてあげるような気になったとか!?


(フッ……なんて愛いやつめ。これこそ、ラブコメのヒロイ────)


「貸し一つよ」


「貸し一つですっ!」


「貸し一つでいいよね〜」


 こいつらがちゃんとしたラブコメヒロインだと思った俺が馬鹿だった。絶対に、善意で動くわけがないよね。

 ……とりあえず────


「お前は黙って協力しろお〇ぱい!」


「ひゃ、ひゃい……っ!」


 ミラシスだけは、これで問題なくお願いを聞いてくれるだろう。

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