教えてもらうなら異世界で!①
「えー……ごほんっ! それでは、俺が魔法を使えるようになる訓練を始めまーす」
「「「おー!!!」」」
時は過ぎ、体操服みたいな訓練着に着替えた俺達は、訓練場へと足を運んでいた。
ギリシャのコロッセオを連想させる訓練場の中央には生徒が訓練するための地面が、それを覆うように作られた客席は生徒が休むために作られている。
『灼熱の炎よ! 行く手を阻む敵を焼き払え────ファイヤーアロー!』
『激しい水流よ! あらゆる敵を飲み込み洗い流せ────ウォーターボール!』
『荒れ狂う風よ! 刃となりて敵を切り裂け────ウィンドカッター!』
そんな場所で、激しい厨二に襲われた詠唱を聞きながら、隅っこで三人の指導を受けることにした。
「そもそも、どうしてナギトは魔法を使いたいのよ? 使えないなら確かに不便だし、職に困るかもしれないというのは分かるわ。だけど、あなたは将来祝愛の魔女様の仕事を受け継ぐのでしょう? その魔法さえ使えれば、別に無理して覚える必要もないと思うけど……」
指南役になってくれたリンネが不思議そうに尋ねる。
リンネの言う通り、将来は師匠の仕事を継ぐ気ではいるので、無理して魔法を覚えなくてはいけないということはない。
不便に思うことや劣等感を感じることもあるが、それでも必ずというわけでもない。
だけど、せっかく学び舎である学園にいるのに、勉強して学んだりしないのは損だ。こうして、お願いを聞いてくれる友人もいるわけだし、こういう機会を逃したくない。
それに————
「俺は彼女が欲しいんだ」
「……心配した私が馬鹿みたい」
素直に答えただけなのに、リンネが呆れたようにため息を吐いた。
失礼な。俺の本心、真面目な答えのはずなのに。
「魔法を使って、女の子を颯爽と助ける────助けられた女の子は「きゅん♡」、そんでもって助けた俺に惚れる! さすれば彼女が作れる! そんなイベントはいつ訪れるか分からない……だからこそ、俺はすぐにでも魔法を覚えたいだ!」
「それを女の子の前で言ったら台無しだよね~」
「台無し」
「その程度で女の子が好きになると思ったら大間違いですっ!」
「大間違い」
女の子からのすごいバッシングだ……。だけど、こいつらはそれぞれが普通の女の子とはかけ離れた性癖を持つ美少女────きっと、その言葉も一般女子とはかけ離れたものに違いない。だから間違ってない!
「まぁ、ナギトが恋人を作りたいって話は置いておいて────とりあえず、さっさと始めましょ。自習時間がなくなったら付き合えないんだから」
「「「はーい」」」
♦♦♦
「まずはお姉ちゃんが教えてあげる~」
そう言って、体育座りの俺に向かってミラシスが仁王立ちになる。
とりあえず、それぞれの教え方があるだろうからと、講師になるのは交代制。確かに、それぞれの考え方があってそれぞれの教え方があるわけだから、分かれて教えるのは効率的で有効かもしれない。流石はリンネ。いい案を思いつく。
そしてこの状況……ヒロインさえ変態じゃなければ、美少女に勉強────もとい、魔法を教えてもらえるラブコメイベントのようだ。
これでヒロインとの距離を縮めて……うん、縮める必要のない相手だ。ラブコメじゃない。
「お姉ちゃんからは『実践あるのみ!』って感じで教えま~す♪」
「実践?」
「そう、実践~」
実践……俺、魔法が使えるビジョンが見えないのに、何を実践するんだろうか?
「とりあえず、ナギトくんはこれを使って欲しいんだよ~」
ミラシスは俺に近づき、懐から先の短い鞭のような物を取り出し渡してきた。
「ミラシス……これは?」
「これはねぇ、魔力を流すと『叩かれても痛くない魔道具』だよ! ちょうど、ナギトくんに教えるのにちょうどいいかなーって教室から持ってきました~」
「「おぉ~」」
どうしてこんな物が教室にあったのか……誰かツッコんで欲しいんだ。
「魔力の扱い方が分からないのなら、扱えるように何度も何度も練習するのみ! 何事も、行動に移さないと身につかないからね~」
「まぁ、その話には頷ける部分はあるわね」
「確かに、私も魔法を覚えるのにたくさん頑張りました!」
ミラシスの話を聞いて、横に控えるリンネとソフィアが納得する。
……理解はできるが師匠の言葉とは逆なんだよな。
だが、今の俺は教えを乞う身────ここは素直に従おう。
「魔道具は基本的に魔力を流さないと使えない────それなら、流せるまでずーっと頑張ればいつかは何かを掴めるかもしれないよね!」
「お、おう……」
「というわけで、ナギトくんはこれで私を叩いてもらいます!」
「はぁ!?」
ミラシスの発言に、俺は思わず驚いてしまう。
「ナギトくんは必死に私を叩く! 私が痛がる姿を見て、ナギトくんは心を痛める! だから、私が痛くなくなるように早く魔力を流す必要がある! 追い込めば追い込むほど、人は新しい力に目覚める────つまり! 私に痛い思いをさせたくなければ、魔力を使えるようにならないといけない状況に持っていくってわけなんだよ~」
意気揚々に、まるで妙案だと言わんばかりに胸を張って自慢するミラシス。
確かに、追い込まれれば追い込まれるほど、主人公に新しい力が覚醒するっていうのは、フィクション世界では鉄板中の鉄板。
俺の良心を巧みに利用して、誰かのピンチでもないのにわざと追い込まれる状況を作り出した────これは感服したと言わざるを得ない。
「(……ねぇ、これってミラシスが楽しみたいから作ったような気がしないかしら?)」
「(そもそも、あの鞭の魔道具など備品にはありませんでした……完全に、ミラシスさんの私物です。怪しさプンプンです)」
リンネとソフィアが何やらブツブツと呟いている。何を言っているのか全く分からんが。
「というわけで、早速やってみよ~♪」
「お、おうっ!」
ミラシスが両手を広げて、「ばっちこい!」という体勢をとった。
そして、俺の手には先の短い鞭が握られている。平和の中で暮らしていた俺には、これで相手を叩くという行為自体にかなりの抵抗感を覚えてしまう……がッ!
逆にここで引いてしまっては、せっかくミラシスが体を張って俺のために協力してくれたという善意を無駄にしてしまう!
……こ、ここは何としてでも早いうちに魔力の扱いを覚えて、ミラシスの体を傷つけないようにしなければ……ッ!
「い、いくぞ……ミラシス」
「さぁ、来いだよ~!」
俺は鞭を握り締める。だけど、魔力が流れている感覚や、何かが流れているような感覚は訪れないし、感じない。
と、とりあえず……力を込めればいいのか?
「ひゃんっ!」
俺が力を込めて叩くと、ミラシスからそんなかん高い声が聞こえた。
大きな双丘が揺れ、チラリと服が捲れて柔肌が視界に思いっきり入ってくる。
「わ、悪い! 大丈夫か!?」
「大丈夫だよ……ナギトくんは遠慮せず、どんどん叩いてくれればいいんだよ~!」
ほんのりと顔を染めたミラシスが胸を叩いて、俺を鼓舞する。
な、なんて頼もしいんだ……! 叩かれて痛いはずなのに、俺が遠慮しないで済むように笑顔まで浮かべてくれているなんて!
……ごめん、心の中で残念ヒロインなんて言っちゃって。お前こそ、主人公を側で支えるヒロインに他ならない!
俺は心の中で涙を流しながら、魔力を使えるようになるために必死に鞭を振るう。
「~~~ンッ!!!」
その度、ミラシスからなんとも言えない気持ちのよい声が聞こえてくる。
一向に、魔道具が扱えている気配がない。変わっているとしたら、ミラシスの頬が先程よりも紅潮し、息に熱が篭もり、俺を見る眼差しにハートマークが浮かんでいることぐらいしか────
「って、お前が楽しんでるだけじゃねぇか!?」
「やっと気づいたわね」
「気づくのが遅いです、ナギト」
俺はその鞭魔道具を思いっきり地面に叩きつけた。
「あぁ~! どうしてやめちゃうのご主人様~?」
「えぇい! 俺をお前のご主人様に仕立て上げるな、この変態ッ!」
「んんっ~~~!」
人がせっかく感心したと思えば、やはり根はただのドMだったとは。
申し訳なさより、ドMの趣味に加担している方がやりたくなくなっちまうよ。
納得できるやり方だと思えば、余計にやりたくなくなってしまうじゃないか……この変態めッ!
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