変態に会うなら異世界で!

 魔法学園は四年制の学校だ。

 最低十五歳から入学できるみたいなのだが、皆が十五歳になったから入ったというわけではない。


 理由は色々あるらしく、例えば入学金が払えずようやく入った者とか、入学試験に落ちまくったとか、単に家庭の事情で入る時期が遅れたとか。


 そんな俺も、一年生でありながら十七歳。途中から転入した時は「えっ、なんか留年した生徒みたいに扱われない!?」なんて思っていたけど、他にも歳上の生徒が何人かいたみたいでホッとした。


 そんな俺達一学年の教室は、四階建て校舎の四階にある。毎日山道を歩け歩けしている俺にとっては、この程度の階段……なんてことはないのさっ。

 少しは、筋力ついたかな?


「ねぇ、毎回毎回思うのだけれど……」


 先に階段を上がるリンネが振り向く。その時、スカートがひらりと揺れ、その絶妙にむっちりとした白い太ももの先がチラリと見えてしまっ……いかん、目を逸らさなければ。


「どうして、ナギトはいつもいつも私が階段を登っていると、後ろからついてくるのよ? まさか……そんなに覗きたいのかしら?」


「ばっか、違うわっ! お前のスカートの中身が見られないように気遣ってやってんだろうが!?」


 紳士な気遣いを欲求丸出しの少年心にすり替えないでほしい。


「そんな心配は余計なお世話よ……だって、見られるかもしれないから、ゾクゾクするんじゃない」


「この変態がっ!」


 頬を染めるな頬を! こんなところで興奮されたら本当に俺がおかしく思えてしまうっ!


「でも、そうね……ありがと。ナギトだけよ、そんな気遣いしてくれるの」


「そりゃ、お前の趣味を知っている男って俺しかいないもんな……」


「お礼に見せてあげてもいいけど」


 そう言って、リンネはそのスカートを持ち上げる。

 下から見上げるような形で立っている俺の視界に、前世では覗く機会すらなかったエデンが、一瞬だけそのベールから顔を出し────


「ほら、これで拭いなさい」


「……お前のせいだけどありがとう」


 リンネから布巾を受け取ると、突如現れた鼻血を拭う。

 やはり、彼女がいなかった俺にとっては、この先はだいぶ刺激が強すぎるようだ。


 ……いや、これも急に風が吹いて「きゃー!」ってスカートが捲れるラブコメイベントと同じだと考えれば────少しは、満足感に浸れるのかもしれない。

 ラブコメイベントをさり気なく味わうことができた。ただし、突拍子もないわざと作られたような風も、スカートから覗く純白の布もなかったんだが。


「あなたって、意外とからかいやすい性格してるわよね」


「うるさい。男の純情を弄ぶやつは、いつか男から刺されるぞ」


「……どっちの意味で言ってるの?」


「……何故今の言葉で二つの解釈が浮かんできた?」


 この子、お嬢様だよね? どうして、こんなはしたない女の子に育っちゃったの?

 なんてやり取りをしていると、俺達の教室────『風』のクラスに辿り着いた。


 一学年、六クラス。それぞれが、この世界の魔法の属性、火、水、風、土、闇、光に分かれている。

 特に、クラス分けに意味はないらしい。風属性に特化しているから風のクラスだとか、火属性に特化しているから火のクラスだとか、そういったものは一切なく、それぞれが適当に割り振られた。


 ……そうだよね。じゃなかったら魔法が使えない俺が風のクラスに在籍してるわけないもん。


「おはよう」


「おはよー」


 俺達は教室のドアを開く。

 コンサートホールみたいに円状に広がった教室の一番下には、教壇と黒板。

 そして、上に登ると生徒達が席に座って談笑している光景が目に入る。


『おはようございます、リンネ様!』

『相変わらず今日もお美しい……』

『今日もいい天気ですね!』

「ふふっ、そうね」


 教室のあちらこちらから、リンネに対して声がかけられる。

 貴族の中でもトップクラスの彼女は、このクラスの人気者。容姿端麗、一般教養、魔法学、実技においても成績優秀、そして社交性もさることながら、社会的立場も、家格的立場も文句なし────非の打ち所がなければ、本当にラブコメでよく見かけるハイスペックヒロインなのに。


 ……もったいない。すこぶるぅ、もったいない。


『ナギトくんもおはよー』

『リンネ様と一緒に登校なんていいご身分じゃねぇか! 土に還れ!』

『俺、急に魔法の練習がしたくなったんだよなー』


 続いて、俺に対しても声がかけられる。

 普通に挨拶してくれる優しいクラスの女の子に、罵声をぶつける男子、加えてそのセリフの後では物騒な発言にしか聞こえない言葉を発する男子。


 リンネと一緒に教室まで来ただけで、この言い草である。


「あ、おはようございますナギトっ!」


 そんな声の中、一際明るい声が入り混ざる。

 艶やかな金髪を靡かし、琥珀色の目を輝かせている。愛嬌ある顔立ちには笑顔が浮かんでおり、大きく手を振りながらトテトテと小動物らしく駆け寄って来ている小柄な少女の姿が、視線を向けるとそこにあった。


 ……あぁ、癒されるぅ。流石異世界、こんな癒し系美少女に出会わせてくれてありがとう。


「おう、おはようソフィア」


 俺はその少女に向けて挨拶を返す。

 すると、その少女は近くまで駆け寄ると、俺の足を華麗な動きで払い、倒れてしまった俺の顔を覗き込みながら────


「おはようございます、ですよねナギト? あと、頭が高いですよ?」


「あ、はい……」


 ……一体、誰が想像できるだろうか?

 こんな愛嬌丸出し、天使といっても疑われないような可愛らしい少女が、頭が高いと足を払い、このような言葉を口にするなんて。

 ダメじゃん、異世界。リンネに続き、キャラにバグが起こってますよ。


「全く……ナギトは私の下僕としての自覚が足りませんっ! 悪い子は、メッ! ですよ!」


 下僕というワードが友達とか彼氏とか恋人とかに変わってくれれば、その可愛らしい仕草と言葉は心踊るんだけどなぁ……。


「あー……起き上がってもいい?」


「その前に、言い直さなきゃいけない言葉があるんじゃないですか?」


「……おはようございます、ソフィアさん」


「ソフィアでいいです」


 ……めんどくせぇ。


「……おはようございます、ソフィア」


「はいっ! 素直でいい子な下僕は大好きですよっ!」


 すると、少女は満面の笑みを浮かべて俺の顔から離れ、上機嫌に立ち上がる。

 ……この見た目と言動のギャップが酷い少女はソフィア・メイレーン。

 首にぶら下げている十字架のロザリオがある通り、シスター見習いの女の子で俺と同じ風のクラスの生徒だ。


 見た目は先程も説明したように、明るく、可愛らしく、小柄で天使のような姿。

 もし、前世でソフィアが何事もない日常を過ごしていたのなら、きっとクラスどころか学校中の人気者になっていたに違いない。

 だけど、言動が全てSに走ってしまう……リンネ同様、濃ゆいキャラの持ち主である。

 ……本当に、キャラにバグが起こり過ぎである。


 シスター見習いの女の子がSっけがあるなんて、俺が読んだ作品では一個も出てこなかったよ? だぁれ、登場人物にテコ入れした人は? これじゃあ、この子もヒロインになれないじゃん! 関わりたくない人の一員になっただけじゃん!


「あなたも相変わらずね、ソフィア」


「リンネさんもおはようございますっ!」


「えぇ、おはよう」


 リンネとソフィアが挨拶を交わす。

 ……俺との扱いの差に涙が出てくる。


「いい加減、下僕下僕言うのやめてくんない……? 普通の友達でいいじゃん、何がダメなの? 友達じゃダメな理由って何があるの?」


「うーん……いじめたくなるような雰囲気を出してるからですかね?」


「もうダメかもしれないこの子」


「落ち着きなさい。あなたに対して以外だと、本当にいい子なのよ。全然ダメじゃないわ」


 ダメダメだわ。


「ナギトがこのクラスにやって来た時……私、ピーンってきたんですっ! この人は私の下僕にしなきゃいけない人なんだって!」


 古今東西、どんなラブコメでも運命的な出会いは直感やイベントの発生によって成立する……が、こんな直感は断じてお断りである。


「どうして嫌なんですか!? 私、ナギトなしではもう生きていけないんですっ!」


「こんな断りたい告白は生まれて初めてだ」


 ソフィアの学生服からチラリと見えている頑丈そうなロープが、美少女の告白を頑なに断ろうとしている。


「わ、私の下僕になってくれたら……そ、その……ご褒美、あげますよ?」


「……例えば?」


「……たまにぐらいなら、私の体を好きに触っても────」


「リンネ、俺に首輪とロープを用意するんだ! 早く!」


 こういうヒロインとのラブコメも悪くないかもしれない。異世界らしい味があっていいと思う。


「流されないの。ソフィアも、ナギトをもっと大切にしなさい」


「やめてリンネさん。首根っこ掴まないで首が締まっちゃう」


 俺が跪こうとすると、リンネの細い手が俺の首根っこを掴む。

 せっかく、彼女とのラブコメが始まろうとしたばかりなのに阻害されてしまった。


「あぅ……残念です」


 しょんぼりと、項垂れるソフィア。

 その姿は大変愛らしいが、悲しそうにしている最中、ポケットから取り出したロープを撫でている姿を見て、リンネに止められてよかったと思ってしまった。

 そんな時────


「お姉ちゃんに登場だぁ!!!」


 俺達のいる扉とは反対側の扉が勢いよく開け放たれた。

 そこから姿を現したのは、栗色の髪を腰まで下ろし、意気揚々と笑顔を浮かべる少女。

 リンネ、ソフィア同様整った美貌を持ちながら、なんと言っても目が惹かれるのは見事に育った双丘だろう。


 男のロマンがこれでもかと詰まっており、少し動いただけで揺れてしまう。

 下着をつけていないのに揺れることがないリンネと大違いだ。

 そして、アメジストのような瞳がこちらに向けられる。


「ナギトくん、見っけ〜♪」


「緊急回避の準備を……ッ!」


「身体強化、速!」


 すると、彼女は素早く魔法の詠唱を始め、ものすごい勢いでこちらに突進してきた。

 並べられた机と椅子を薙ぎ倒し、一直線に目的物に向かって迫ってくる。

 くッ……間に合うか!? 俺の登校中、険しい山の中で身につけた魔獣から逃げるための必殺技────秘技、横っ飛びジャンプが!


 俺は首根っこを掴むリンネの手を無理やり剥がし、そのまま横に向かって飛んだ。

 すると、直後に激しい轟音が鳴り響き、埃が舞った。

「ふぅ……どうやら間に合ったようだ」


 危ない危ない……あのままじゃ、轟音の中で俺は鎖骨か肋骨にヒビが入ってしまっていただろう。


「もぉ〜! どうしてお姉ちゃんの抱擁を避けるの、ナギトくんっ!」


 そして、轟音の中心から頬を膨らませた少女が顔を出す。

 単純に、命の危機だという理由ではダメなんだろうか?


「みんな、ちょっと机と椅子を元に戻してくれないかしら?」


『『『『『は〜い』』』』』


 そんな中、リンネの呼びかけによってクラスメイトが薙ぎ倒された椅子や机を元に戻していく。

 誰もこの子に対して文句を言わないあたり、だいぶ彼女の存在が慣れてしまったのだろう。


「そ、それとも……そういうプレイ……なのかな……?」


「おいコラやめろ。そんな頬を蒸気させた状態でこっちを見るな」


 はぁ、はぁ、と。どこか熱の篭った息を吐く少女。

 せっかくの綺麗な栗色の髪が乱れ、制服にも汚れがついてしまっている。

 のだが……頬を赤く染め、熱い眼差しを向ける彼女の姿は……かなり色っぽかった。


「いいよ……お姉ちゃん、こういうプレイも……ばっちこいだよ〜」


「リンネ、こいつももうダメだと思う」


「ミラシスなりのスキンシップなのよ。受け入れなさい」


「いや、こういうタイプはちょっと……」


 彼女の名前はミラシス・デフォー。俺の一つ上で、圧倒的に整った顔立ちと、全て発育し終わった体が何とも魅力的な平民の女の子だ。

 だが、自ら突進し、避けられただけで興奮するドMなど、心底お断りである。

 俺のラブコメにおけるヒロインとして相応しくない。というか、変態はお断りである。


「でも、やっぱりお姉ちゃんはナギトくんとハグしたい〜」


 そう言って、ミラシスは身体強化の魔法を使って俺の背後に周り、後ろから思い切り抱き締めてきた。


 前世では一度も味わったことのなかった柔らかい感触、それに心温まるような包容力、加えて仄かに香る甘い香り……いや、ヒロインでもいいかもしれない。


 たまにいるよね、ドM系ヒロイン。いいんじゃないかな、ドM。


「はいはい、さっさと離れなさいミラシス」


「やめろっ! なんてことを言うんだリンネ!?」


「どうしてあなたが必死に抵抗するのよ……」


「そんなの、少しでもこの感触に浸っていたいに決まっているだろう!?」


「うんうん、お姉ちゃんはそういうナギトくんの素直なところ、好きだよぉ〜♪」


 本当にこれはこれで悪くない。

 どうして俺個人にばかりお姉ちゃんしたがるのか、弄られたり放置したり叩いただけで興奮するのか分からないけど、やっぱり美少女は美少女だし……いいよね?


「むぅ〜! ナギトは私の下僕ですのにっ!」


「違うよ〜、私の弟兼、ご主人様だよ〜!」


 ソフィアとミラシスが俺を挟むような形で睨み合う。

 美少女が俺を巡って睨み合う────一瞬、ハーレムものかと思うかもしれないが、ここは一夫多妻制が認められていない国。決してハーレムではなく、この状況は紛れもないラブコメなのだ。


 あぁ、素晴らしい……素晴らしいんだが────


「普通に恋人って感じで争ってほしかった……」


 主人か下僕の二択なんて、普通にお断りである。

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