友達と出会うなら異世界で!

 と、なんて嘆いていても仕方がない。これがフィクションさながらの現実なんだ、受け入れなくてはならない。

 それに、悪いことばかりじゃないんだ。魔法は使える、ラブコメもできる、それだけで、この世界に来れたことを喜べる。


 ────というわけで、下山した俺は自分の通っている魔法学園まで足を運んだ。

 身長の何倍もあるような聳え立つ校門、二頭の龍が綺麗に彫られた銅像、絢爛とした校舎、そこに向かう学生服を着た、日本人とは違う顔立ちの生徒達。


 全てが日本では見られなかったような光景。ほぼ毎日足を運び度に、ここはフィクションの世界なんだと教えてくれる。

 ……それが、素晴らしい。本当に、素晴らしい。


 だってそうでしょ? フィクションさながらってことは、妄想の中でしか描かれなかったラブコメができるってことの証明なんだよ?


 それに、学園といえばラブコメの本拠地たる場所。

 多くの美少女系ヒロインと出会い、別れ、劇的なイベントを乗り越え親密に、そして────結ばれる。


 多くの作品の主人公達は皆……そんな道を歩み、成長し、幸せになった。

 あぁ、なんて素晴らしいんだろう! これぞ異世界! これぞ学園!

 前世が男子校だったからこそ、余計に心踊らせてしまう。


 そう、だからこそ……俺はファンタジー溢れるこの世界の学園に────憧れていたんです。

 ……本当にっ、憧れていたんですっ!


「あら、ナギトじゃない」


 校門で立っていると、不意に後ろから声をかけられる。

 後ろを振り返ると、そこには片手を上げて挨拶をしてくれた少女がいた。


 紅蓮のような赤い髪に、髪と同じで燃え上がるような双眸。大変整った顔立ちに、透き通った白い肌が太陽を反射する。スラッとしたスタイルが、きっと同性なら嫉妬の念を向けてしまうほど。


「……おっす、リンネ」


「どうしたのよ? 目尻に涙が浮かんでいるわよ?」


 不思議そうに首を傾げる少女。

 彼女は、リンネ・セレベスタ。ここを収める公爵家のご令嬢様で、バリッバリの貴族。

 貴族であるからか、リンネの姿は凛としており、気品に満ち溢れている。


 俺が読んでいた異世界もののラノベでは、貴族である彼女には頭を下げて「ご機嫌麗しゅう」などと、歯の浮くようなセリフを吐いていたのだが……どうやら、この世界の貴族は、そこの決まりは厳しくないらしい。


 平民、貴族平等に────師匠から聞いた話だと、そんな住みやすい国なんだとか。

 だから、俺は普通に接します。前に一度、敬語を使ったことがあるのだが、その時は普通に怒られたしね。


「いや……現実とイメージってかけ離れているんだなぁ、って……そんなこと思ってた」


「何よそれ。朝からそんな調子じゃ、一日を乗り越えられないわ。シャキッとしなさい」


 そう言って、アンネは俺の丸まった背中を叩き、気合いを入れる。

 その時、近くに寄った彼女の顔は見蕩れてしまうほど、とても美しく写った。

 それは日本では見かけることすら叶わないほどの美貌。きっと、日本で彼女が歩いていれば、多くの芸能事務所がスカウトという名の奪い合いをするだろう。


 これが異世界。もし、この世界でラブコメができるのであれば、こんな少女がラブコメのヒロインになってくれると思うんだけど……。


「何よ、さっきから人の顔をジロジロと見て……ハッ! もしかして、私の下着に興味があるんじゃないでしょうね!?」


 リンネは俺から慌てて距離を取り、顔を真っ赤にして自分の体を抱いた。

 どうしてそういう話になったのか、是非ともご説明願いたいものだ。


「下着なんて、見せられないわよっ!」


 誰も見せて欲しいなんて言っていない。


「……だって、今日も下着を履いていないもの」


 そんなカミングアウトを、恥じらいながら言わないで欲しい。

 切実に、俺の反応に困ってしまう。


「……うん、あっそう」


「だから見せられないわ、ごめんなさいね」


「あ、はい……」


 せっかく気合いを入れてもらったのに、頬が引き攣ってしまう。

 これでは、朝から無駄なエネルギーを浪費した気分だ。


 ────異世界に来て、思ったことがある。

 異世界の住人の顔面偏差値は基本的高い。街を歩けば、思わず振り向いてしまう人が何人もおり、学園に通う前は男として大いに喜んだものだ。


 そして、中にはそんな中でも群を抜いて可愛く、美しい人もいることを、俺はこの学園に入って気がついた。

 例えば、目の前にいるリンネのように。これぞヒロインって感じの女の子もいるのだ。

 ……だけど、美しい薔薇には棘があるように────


「……どうしても見たいって言うなら見せるわ、よ?」


「断固として拒否します」


 異世界の美少女は、残念ながら変態という面でキャラが濃いかった。


「あのさ……リンネって女の子だろ? 毎回毎回言うけどさ、男でも下着を着るのにどうしてお前はつけないんだよ……」


「ドキドキして、やめられなくなっちゃったの」


 俺の想像してた貴族のご令嬢のイメージからかけ離れすぎている。

 お淑やかで、凛としていて……優しくて、ちょっとしたことで恥じらってくれるのが、お嬢様じゃないのか?


 それが一体、どんなバグを持ってきたら、露出狂の変態に成り下がるというのだ。

 いくらラブコメがしたくて、外見パーフェクトなヒロインがいても……こんな変態はお断りだっちゃ。


「……俺、極力お前と関わりたくないんだ」


「この学園に転入してきた当初、一番最初に声をかけてあげた人に向かって随分な言い草ね」


 この学園に入った当初。右も左も分からず、期待と不安を胸に抱いた時、真っ先に話しかけてきてくれたのがリンネだった。

 優しく声をかけてくれ、魔法の授業で追いつけない俺に手を差し伸べてくれて、仲良くしてくれて────正しく、女神が現れたと思った。


 それと同時に、「ついに始まった、俺のラブコメ!」と浮き足立っていたのを、今でも覚えている。

 だけど────


「相手が露出狂の変態じゃなかったら、俺はお前に対しての態度を変えていたさ……」


 彼女が露出狂の変態だと知ったのは、入学してから一ヶ月経ったある日のこと。

 あまり説明してばかりなのもなんだから、『階段+見上げる+リンネのスカート』でご理解して欲しい。


「よそよそしいのは嫌よ。だって、ナギトは私の秘密を知る数少ない人間だもの。それだったら、私はこのままでいいわ」


 ……前に聞いたのだが、どうやらリンネはこの露出趣味を周りには知られていないらしい。

 家族も、使用人も、教師も、クラスの皆も……彼女が見た目通りの麗しいご令嬢のままだと思っている。

 それを聞いた時は感心したものだ。俺の時は呆気なく露見してしまったのに、今まで隠し通せたことが。


「それに、あなたもこんな可愛い子と一緒にいられるなんて……本当は嬉しいんじゃない?」


「自己評価高くない?」


「正当な評価よ。これでも、この容姿だけで縁談は山ほど持ちかけられるんだから」


「ほぉ……流石は貴族様。んで? 縁談は受けたの?」


「受けてないわ……私、婚約する相手は自分で選びたいもの。今のところ、私の条件に合った人はいないわ」


 まぁ、確かに結婚する人は自分で選びたい気持ちというのはすごく分かる。

 俺だって、彼女にするなら好きになった人がいいし、ちゃんとラブコメしてからお付き合いしたい。


 勝手に持ってこられた縁談なんて、変態なお嬢様でも嫌なんだろうなぁ……。


「ちなみに条件っていうのは?」


「私の趣味を受け入れて、一緒に付き合ってくれる人」


 もしかしたら、この子は一生独身なのかもしれない。


「その趣味をどうにかした方がいいんじゃないか? っていうか、どうにかしろ」


 俺はリンネの横に並びながら、校舎へと向かう。


「来世で考えるわ」


「来世」


 ということは、俺の傍にいるヒロインちゃんは変態のままポジションチェンジしないのか……。


 流石の俺でも、変態さんはお断りなんだ。ノーマルなヒロインで劇的なラブコメしたい。


「そういえば、リンネ。お前のところで胡椒が安く売られているところ知らね?」


「胡椒……? 随分唐突ね」


「いや、師匠が欲しがってんだよ。普通に買ったら高いし、家にある胡椒は切れちゃったし、このままじゃ師匠の好物作れないし、かといって師匠にこれ以上働かせたくないし」


 任せろと言った手前、どうにかして安く入手しなければならない。

 貴族のことは詳しくは分からんが、もしかしたらリンネに聞けば何かを知っているかもしれない────そんな思いから、唐突に尋ねてしまった。


「あなたの師匠好きも大概ね。親離れできないわよ?」


「恩人なんじゃい! ヒロインなんじゃい! 師匠の好物作ってあげたいんじゃい!」


「はいはい、分かったから落ち着きなさい」


 皆は師匠と話したことないから分かんないんだ。あれほど素晴らしいお方はこの世には存在しないということを……ッ!


 リンネとは違って、あの人こそ本当のヒロインなんだ! 恩人であり師匠だから複雑な気持ちになるけど! 最近、師匠が俺のことを息子のように思っているけども!


「胡椒ねぇ……生憎、安く入手できるツテなんてないのよ。私達も、適正価格で手に入れてるし」


「……(しゅん)」


「けど、譲ってあげることはできるわ」


「……(ぱぁっ)!」


「あなた、喜怒哀楽が激しいってよく言われない?」


 前世では感情表現豊かないい子で評判だった。


「ありがとうございます、リンネ様! できれば、その胡椒を譲っていただけると────」


「貸し一つでいいかしら?」


「……お、お願いします」


「ふふっ、なら決まりね。明日、あなたの家に運ばせるわ」


 そう言って何故か鼻歌を歌い始めたリンネ。

 その姿は、見て明らかなほど上機嫌であった。


(はて……俺は一体何をさせられるんだろうか?)


 これが普通の女の子であれば、いくらでも借りて関係値を残しただろう。

 だけど、リンネであれば話が別だ。一体、どんなことに付き合わされるのだろうか?


(せめて、露出趣味に付き合わされませんように……ッ!)


 師匠のためとはいえ、変な趣味には巻き込まれたくない。前に一度、「コート以外何も着なかったら……どれほど興奮するのかしら?」といって、街中の散歩に付き合わされそうになったことがある。


 ……それだけは、本当にごめんだ。変態が隣にいて、ほぼ全裸の状態のまま歩くなんて心臓がいくつあっても足りやしない。


 でも師匠……俺、働かずにちゃんと胡椒を手に入れましたよ。

 そんなことを思いながら、上機嫌なリンネの後ろをついて行くのであった。


 

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