繋いだ其の手の先に…。

庭先に並ぶ鉢植えに水をやる娘を眺めながら、私はふと若い日のことを思い出していた。


当時、私は高校三年生。私には中学からの仲の良い…大親友が居た。

私とはタイプの違う彼女ではあったが、何故か妙にウマが合った。いつだって私たち二人は一緒だった。いつだって私は彼女と一緒に居たかった。


私には三つ上の姉が居る。小さい頃は「おネェちゃん!おネェちゃん!」といつだって姉の後を追っていた私だったが、私が中学に入学、姉が高校に入学した頃から、其れもしなくなった。姉は高校生になって変わってしまった。其れは"紫"に染めた髪だけでなく、生活全般が変わった。姉は家に居ることが少なくなった。私には姉が遠く離れて行ってしまった様な気がした。其んな頃、私は親友と出逢った。なかなか自分と云う"殻"を割ることが出来ない私とは違い、彼女はいつだって"自由"だった。いつだって彼女は、自分の言葉とスタイルに自信を持っていた。常に自信のない私とは違って…。私は姉の様に、彼女が自分から離れていくのを恐れ、常に彼女の手を握った。彼女も優しく私の手を握っていてくれた。いつだって二人は手を繋ぎ歩いた。


自分に自信のなかった私は、よく「常識的じゃない…」「常識的に…」と口にした。其の口癖に彼女はいつも「常識って何?」と笑って返す。其して私は口ごもってしまう…。いつだって其うだった。


私たちの入学したのは、ちょうど数か月前まで姉の通っていた高校だった。比較的校則の緩い自由な校風。姉の後を追って其の学校を受験した訳ではない。親友が受けると言ったから、私も同じ学校に行きたかった。彼女は違う。其の自由な校風に憧れ自らの意志で入学を望んだ。私は親友の後について行ったのだ。其して、無事に二人して合格。

私は彼女の手を離すことはなかった。


入学後、数ヶ月が経ち、"自由人"の彼女はあろうことか、突然、髪を染めて来た。然も其れは、赤や金・茶ではない。何とマンダリンオレンジにっ?!

「どう?似合う?」と無邪気に笑う彼女に、私は恐怖した。

『また私…、置いて行かれるの?』


姉が離れて行った様に、親友までも私から離れて行ってしまうのか?

「いいね。似合うよ、其の色」

心とは裏腹に其う口にする私に、親友は「でしょ?其う言ってくれると思ってた」と言いながら微笑んでくれた。「うん。凄く似合ってる」俯き気味に言いながら私は、彼女の手をしっかりと握りしめた…いつも通りに。


私の心配を他所に、親友は其れからも変わることなく私の手を握っていてくれた。季節は廻り私たちは三年生になった。私はまだ親友の手を握っていた。

なのに…。


其の日、親友は言った。

「最近、気になる人が居るんだよね…」

「えっ?」「スキな人ってこと?」「そう…」私は動揺した。

『其うやって、離れて行くんだよね…私から』

やはり、ココロとは裏腹に私は言った…彼女が髪をマンダリンオレンジに染めた日と同様に。

「よかったじゃん!」

「うん。其う言ってくれると思ってた」と無邪気に微笑んだ彼女。

「で、どんなヒトなのよ?」其う笑いながら、彼女の腕にしがみつこうとする私。彼女は其の私の腕をさり気なく躱した…。


『?!』


「とってもステキなヒト。今度会ってくれる?」

「う、うん!もちろん!」

きっと其う言った私の顔は酷い物だったろう…。

「私も誰か好い人みつからないかな!」

行き場を失った手を誤魔化す様に、黒く長い自分の髪を私は撫で続けた。

「みつかるよ!きっと!」

私の想いなど知る由もなく、彼女は笑いながら言った。

私はやはり彼女が髪を染めた日と同様に、俯きながら「うん…」としか言うことが出来なかった。


***


其の日、何もかもに私は苛ついていた。予備校の授業を終え帰宅すると、姉は珍しく家に居た。「おネェちゃん、帰って来てるの?」母に憮然とした顔をして訊く。「ごはん食べ終わって部屋に居るわよ」と、私の表情に気付かぬふりをして母は答えた。

姉の部屋の前を過ぎ、自分の部屋の扉を開ける。壁越しにいつも何かしら音楽が流れていた筈の姉の部屋からは、物音ひとつしない。少し前に私が「うるさい!」と文句を言ったからだろう…。其れがまた私を苛つかせる。私は姉の部屋のドアを勢いよく開け、苛々を爆発させた…。


***


其の後、親友は想いを告げ、私と過ごしていた時間を"カレ"と過ごす様になった。当時の苦々しい想い出をふと十数年ぶりに想い返してみる。

彼の日、私の中で何かが変わった…。

其れ迄、姉に親友に、寄り添ってばかり居た私は、寄り添うことを止めた。怖がらずに自分の足で立ってみることにした。人を追いかけてばかり居ることを止めると、不思議と自分の中に自信が湧いてくる気がした。一人は怖くない。怯えることなど何ひとつなかったのだ…。


其の後、親友と同様、私にも『気になる人』は現れ、其の人と一緒になった。其して今、私の目の前には鉢植えに水をやる娘が居る。


親友とは今では何と…ママ友だ。

かつて二人で繋いでいた手は、其々に其々の愛する人と繋がれている。

かつて常に誰かを求めていた私の手を、今は娘が求めてくる。




そうだ…連絡してみよう。

私はスマートフォンを手に、"ママ友"へとメッセージを打ち始めた。



-了-

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