学院のカナリアは少女と踊る -Lady is Load, Lord is Ready -
安崎依代@1/31『絶華』発売決定!
Starting up
第一印象は、『美しい』だった。
「ふむ。このナイフに塗布された毒は、君が調合したものか?」
透き通るような金の髪。
光の入り方によって青にも
砂埃で汚れているにも関わらず、白く、きめが細かいと分かる肌。きょとんとあどけなく私を見上げてくる顔立ちは小作りで整っている。あと10年も待てば、誰もが振り返らずにはいられない美しい女性に育つだろう。
「興味深い調合だ。サソリ毒をベースに、ハチ毒を配合。その両者の働きが互いを阻害しないように魔術を用いて、それぞれ単独投与が施されたかのような環境を体内で作り上げることに成功している。さらにダメ押しでヘビの出血毒ときた。これはこの場から逃げ出せたとしても、ほぼ死は確定だろう。実に興味深い」
次の印象は、『面白い』。
スラム街で私と行きあった少女は、初対面である私にいきなり毒を盛った。毒を塗布したナイフで私を斬りつけるという方法で。エレガントではないが効率的とは言える。
この毒は恐らく独自に調合されたものだ。ここまで強力な毒を並行して盛ろうと思いつき、また実現してみせるとは恐れ入る。
調合自体はオリジナルだが、使用されている毒自体はポピュラーなものだ。それぞれに解毒方法は存在している。しかしここまで同時に盛られてしまっては、ひとつに対処している間に他の毒で死ぬことになるだろう。
相手が私のように、少々特異な存在でなければ。
「きいて、ない……?」
傷口をベロリと舐めあげ、そこに平然と立ち続ける私を、少女はポカンと見上げていた。その顔に
「私は、少々薬学に詳しくてね。ついでに世界中のあらゆる毒が効かない体質なんだ」
その純粋さに応えるべく、私は彼女に答えを与えた。大抵の人間はこんなことを言われたら化け物を見たかのように表情を変えるというのに、やはり少女は純粋な驚きを浮かべるばかりで私を怖がるそぶりを見せない。
……ふむ。
「時にお嬢さん。この毒は、
気付いた時には、少女が用いる毒よりも、少女自身に興味が湧いていた。
私は目線を下げるためにしゃがみ込むと、できるだけ穏やかに少女に問いかける。散髪が面倒くさくて伸ばしっぱなしにしていた黒髪がサラリと顔の横に垂れかかった。少女の視線が、一瞬その動きを無意識に追う。
西では、私のように黒い髪と黒い瞳を備えた人間は珍しい。さらに私の場合、そこに加えて横に対して縦が長すぎる体躯というのもある。その上に『常に機嫌が悪そうに見える』と評される顔がくっついているせいか、どうにも私の見目は相手に……特に幼い子供にはよろしくない印象を与えるらしい。
だが今目の前にいる少女は、無垢な驚きを顔に広げたまま、
面白い。
彼女は、ますます
「ではお嬢さん、急な話ではあるのだが」
そう心の中で呟いた時、すでに腹は決まっていた。
「私の
私にしては、かなりの即断即決だったと思う。人ひとり分の人生を引き受けようという話であるはずなのに、思えば心は彼女が扱う毒の詳細を察した時に決まっていた。
「私は『
唐突な勧誘の前に、本来ならばもっと問わなければならないことがたくさんあったはずだ。『なぜ私を暗殺しようとしたのか』でもいいし、『家族もここに暮らしているのか』『君は殺しを
だが今この瞬間、私にとってそれらのことは、今足で踏みしめている砂粒のごとき
ただただ『惜しい』と思った。手放したくないと思った。
彼女は才能の原石だ。無知でありながら、ここまで素晴らしい毒を生み出し、適切に運用している。知識を与え、探求の道を行く術を与えれば、どこまでこの稀代の才能は伸びることになるのか。
傍から見れば、きっと分からなかっただろう。
だが今この瞬間、私の心はかつてない程に興奮していた。
「……あなたの、れでぃ? に、なったら」
一方彼女は、『
だがこの時、彼女が問うてきたのは、まったく別のことだった。
「あなたをころすどくを、つくることもできる?」
「私は現在確認できている限り、現存している世界中のあらゆる毒で殺せない体をしている。ただ、」
知識を探求する者から問いを向けられたら、知識を持つ者は真摯に答えなければならない。それが私の属する世界での礼儀だ。
だから私は少女の問いに真摯に、私が持ちうる知識の中から一番正確に現状を伝える言葉を選んで口にした。
「お嬢さんがさらに研鑽を積み、今以上に腕を磨けば、あるいは私を殺せる毒を作り出すことに成功するかもしれないな」
そんな私からの答えに目を輝かせた少女は、それ以上のことを訊ねることなく、私の手を取った。
私の血と、切っ先が軽くかすっただけでも死が確定する毒が塗布されたナイフを、反対側の手で握りしめたまま。
……この時に戻れるならば、私はかつての自分にこう言ってやりたい。
──そいつは本気で私を殺すために毒作りに励むから、そんなことは言わない方がいいぞ、と。
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