第2話 相場ユキ 編 1

高校一年。春

「わあ、すごいよソラト。桜満開だね」

当時の僕に敵はいなかった。

「確かにすげえなあ。でもはしゃぎすぎだぜとーるは」

彼がおかしそうに僕を笑う。

「もう、からかわないでよ。本当に綺麗なんだよ?」

「まあそうかもな。てかほんと、おんなじ高校に来れてよかったわ。俺さ、お前いねえと絶対こんな楽しい気持ちじゃなかった」


彼は心の底からそう言っているようだった。

「ソラトはほんっとにずるいなぁ」

通学路の桜並木でチョイっと彼より前に飛ぶと、振り返ってそう言った。彼の顔に疑問符が浮かんでいるのが見えるようだ。

「はぁ?なんで」

「ソラトは天然でかっこいいこと言っちゃうんだもん。女の子にモテモテになっちゃうよ〜。気をつけないと」

「バーカ、臨むところだよ。お前みたいな超がつくほどのイケメンに言われても希望見出せないけどな」

「あはは…」

女の子にはモテるんだけどね。贅沢な悩みだよ。


そんな感じで雑談に花を咲かせているとふと目の前に人だかりを見つけた。ネクタイが緑のところを見ると上級生のように見える。

「あれなんだ?」

「さあ、なんだろ」

目の前ないような光景に立ち尽くしている一年生が結構いる。

「ねぇちょっとなにがあってんのか覗いてみようよ!」

僕は強引にソラトを引っ張った。

「わ、ちょっと。わかったから腕引っ張んな」


うまく中に入れて状況みみるとすぐに察せた。

公開告白らしい。

1人の坊主の男子生徒(野球部かな)が、目を見張るほどの美人の前で立ち尽くしている。


「すごいね」

僕が耳打ちすると

「朝っぱらからよくやるよな」

ソラトも小声で耳元まで口を近づけて返してくる。親友同士の距離感なんだろうか。ちょっとだけ恋人の距離だったかも。

「好きです!付き合ってください!!!!」

にわかに場が盛り上がる。成功するのだろうかと彼女の顔を見ると、彼が気の毒に思えてしまうくらい嫌そうな顔をしていた。彼女は「は〜」と、ため息をつくと

「ごめんなさい、付き合えません。いつも言ってるけど私、彼氏作る気はありませんから。用がすんだのなら行きますね」


とそそくさと校舎の方へ消えていってしまった。

振られた現場を見ちゃったので気まずくなり、僕たちも校舎の方へ行くことにした。振られた男子は同じ野球部と思われる人だかりに勇気を称えられ胴上げされている。

「さすが、氷の女王。次期生徒会長候補なだけあるな」

去り際に誰かの言ったこの言葉がなぜか胸に残った。まるで「要注意人物」であるかのように。


指定された教室に着くとそこにはもうたくさんの人が集まっており新しい一年に、生活に、期待や不安をいただいているいろんな表情をした子がみえた。

「えーっと僕の席は」

列の1番後ろで太陽の照るひなた側の端っこだった。とりあえず椅子に座ってみる。ハズレではないけど…。

でも肝心なことがまだ確認できてない。

ソラトはどこなの〜。あたりを見回す。同じタイミングで教室に入ったから横じゃなかったんだろうなあと一人ちょっと悲しみながら周りを見回していると

「あ、いた」

彼を見つけた。運悪く僕のいる列の一番前だ。これじゃ授業中にこっそり覗き見ることも難しそうだ。ちらりと教室にかけられた時計を見る。まだあと10分くらいは時間がありそうだ。

「‥ソーラトっ!」

ステップを踏むように近づき両肩にポンっとそれぞれの手を乗せる。ちょうど肩をもんでるような?体勢だ。

「後ろかよ。ちょっと探したぞ」

ソラトが笑う。僕はそのまま肩をもみもみもみながら会話をする。

「遠くなっちゃったね」

「別に初めてじゃないだろ。中学の最後の席が斜め後ろだったってだけでさ」

「まそうなんだけどね」

ソラトとの会話に花を咲かせていると彼の横の席が気になった。時計を見るともうあと1分くらいで先生が来そうな時間だというのに誰も椅子に座ろうとしない。

「隣の人来ないね」

「だなー」

「授業初日なのにもう休んでるのかな」

「そうかもな。遅刻してきそうな気もするけどな」

「かもね」

キーンコーンカーンコーン

「チャイムなっちゃった。またね」


「はい皆さんおはようございます。私は担任の深田佐和子といいます。一年間よろしくね」

担任の先生の紹介が終わるとみんなの自己紹介がはじまる。

ソラト以外はあんまり興味がわかないので聞き流していると「クスッ」とどこかから抑えるような笑い声がした。そこかしこからしておりどうやら一人じゃないようだ。

「…相葉‥ユキです。……よろしくお願いします」

正面をみるとたしかに異彩を放っている子が自己紹介をしていた。髪はぼさぼさで制服もよれよれで泥がついており度がきつい眼鏡は見ているこっちを不安にさせるほど目を小さく映している。かなりくたびれている印象を与える彼女は相葉というらしい。

「相葉さーん。どうしてそんなに服が乱れてるんですかー?朝から男とヤッてきたんですか」

男子生徒だろうか、彼の質問に教室内の笑い声はさらに強くなる。

彼女は何も言わずに席に着いた。座った席はソラトの右隣、つまり朝だれも座ってなかった席だ。教師は何やってるんだと担任のほうを見ると我関せずといった表情をしていた。

この僕やソラトの通う私立花澤学園は小中高一貫の一貫校でありお金持ちも通っているほど由所正しく頭のいい高校だ。彼女が何をしたからあんな扱いを受けているのか、僕たちには当然わからない。でも彼女が本当にかわいそうだ。

「あんなのぜってー間違ってるわ」

放課後、入学式を除けば始めての放課後だ。だというのにソラトとの帰り道はあまりいい雰囲気じゃない。原因はやっぱり今朝の自己紹介が原因だ。

「まさかあんなことが本当にあるなんてね。初日から嫌なもの見せられたね」

僕がそういうとソラトは強くうなずいた。

「あんまり目立つようなことしないほうがいいと思うよ。僕たちこれからこの学校に3年間もいるんだから」

僕がこういったのには訳がある。僕の親友神藤ソラトには悪癖があるのだ。困っている人をなんとしても助けようとする悪癖が。

「よく考えて行動しなよソラト。ただでさえこの学園は僕らじゃ到底かなわないようなお金持ちとか、権力者とかたくさん通ってるんだからね。僕、ソラトが死んじゃったらいやだよ?」

「俺だって死にたくねえよ。でもさー…」

「ソラト」

ジト目でソラトを見つめる。

「わかったよ。いったんは保留で」

「ならいいけど…」

観念したようだ。

「でも本当に校舎きれいだったね。ホテルかと思ったもん」

「なー。教室に入ったときの入学案内ルームサービスかよ、とか思ったもん」

さっきの話はこれでおしまいと切り上げまた別の話題を話しはじめた。

と、手前から花森学園の制服を着た女子の一団が向かってきた。校章の花の色が白いところをみると中等部の生徒だろうか。彼女らの集団は大きかったので僕らが端によけて歩いていると中心にいる人物の顔を確認することができた。唖然とした。ほかの中学生がかすむほどの美貌をもつ子がいたのだ。彼女もなにか危険人物な気がする。と心の中で思ったのはきっと美貌のせいだけじゃない。根拠のない確信がそこにはあった。

「おいとおる危ない!」

彼女に見惚れて(別に恋愛感情はないけど)いた僕は目の前の電柱に気づかずぶつかりそうになった。とギリギリのタイミングでソラトが僕を引っ張ってくれてぶつからずにすんだ。

「あ、ありがと。ソラト」

「なにやってんだとおるらしくもない」

ソラトが優しく微笑む。顔が赤くなりそうになりふっと顔を背けた。そうすると今の態勢に意識を向けることができた。

ソラトの手が後ろから回すように腰を支えているのだ。背けた顔が彼のたくましい胸にあたる。

「も、もう大丈夫だよ。ぼ、僕家もうすぐそこだから。じゃねソラト」

「おいお前んちまだだいぶ先だろ。一緒帰ろうぜ」

「い、いいんだよ。僕用事があるの忘れてたんだ。ついてきたら帰るの夜中になっちゃうよ?」

そういうが早いかバッと走った。

「おい!」

後ろでソラトの声が聞こえるけど振り向けない。顔が熱くて熱くて、おかしくもないのににやけちゃってて振り向けない。

ーー

「ただいま~。‥はぁはぁはぁはぁ…」

ソラトと別れ家に着くと玄関のドアを開け勢いよく締めカギをかけた。走ったからか吐息が止まらない。


今日は父も母も遅くなるらしいことを知っていたのでいつもよりかなり雑に服を脱ぎ捨てると部屋着に着替えベットに横たわる。

イケないってわかってるのに………

部屋に置いてる箱ティッシュに目がむく。

さっきさわられた腰のあたりを目をつむりなぞるようになでる。

「…………!!」

何とも言えない快感が身体をつたったのを感じ言葉にできない声が出る。

「僕男なのに。僕男なのに」

自身にわからせるよう反芻するみたいに繰り返す。

でも一度抱いたその醜い劣情を解消する方法を僕は一つしか知らない。

「ごめんねソラト。僕もう我慢できないよ」

僕はティッシュに手をのばした。

「女の子だったらよかったのに」

僕の言葉は誰にも聞かれない。きっと神様にも。僕はそんな後悔の中でもう一度ティッシュに手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソラトは僕の婿 @aowo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ