第四話 まるでラノベの主人公みたいなセリフ、リアルでするとは思わなかった

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 本渡琴美との一件をあいつらに報告したら怒涛の質問攻めにあった。

 スマホのバイブ音が鳴りまくり、それが寝る直前まで続いたので思わずキレた。いや、俺ちゃんと説明責任果たしたよ? どういう会話をして、どうして引き受けたのかとか、結構細かくさ。

 ところが、だ。俺が状況的にも性格的にも弟子おしえごを取るのがすっごい奇妙に思ったらしい。みんなを落ち着かせようと学級委員みたいな役回りをしてた古橋さんも、相当興味を刺激されたらしく、俺に対しての質問数がみんなの中で一番多かったくらいだ。


『で、大丈夫なの?』

「何が?」

『色々よ。本渡さんへのレクチャーとか、君の公募展用の作品制作とか』


 現在朝の7時ちょっと過ぎ。降車駅から校門までの通学路を徒歩で移動中で、古橋さんとスマホで通話している、ちなみにワイヤレスイヤホン越しで、だ。

 話題は勿論本渡関連、と俺自身の状況確認って感じだ。


「んなモン、実際にやってみてからじゃ何とも言えない」

『お気楽ね。あんなに断りたい感満載で愚痴ってたくせに』

「その節は大変ご迷惑をおかけしました。まぁ今となってはいい感じで吹っ切れたからいいけどさ」

『別に迷惑なんて思ってないわよ。でも、そう。吹っ切れたんならいいわ。ヤケになるよりかはマシだろうし』


 流石にヤケにはならないよ、と素直に否定できないのが少し悔しいな。

 周囲の街路樹から降り注ぐ木漏れ日、吹き抜ける風も含めて、春の陽気が充満している。広葉樹の葉が冬期の間、鳴りを潜めていた分を取り戻すと言わんばかりに、瑞々しい緑を広げて光合成に勤しんでいる。

 こういう晴れ晴れとした気持ちで画室に行ければよかったんだが……。


「たった今自分で吹っ切れたって言ったけど、やっぱ気が重いな」

『気持ちの切り替わり激しいわね』

「だってよぉ、絵の講師なんてやった事ないんだぞ」


 何時ぞや書店で見かけた、『現役塾講師が解説「なにかを教えるテクニック」10選』ってやつ、本気で買いたくなってきた。


『なに、自分より明らかに強そうな女子にまだビビってるの?』

「違いますぅ。ってか、まぁ、ビビってはないけど、すげぇなとは思ったよ。拳ダコ、だったか。何をどうしたらあんな手になるんだか」

『まぁ直接殴る蹴るが当たり前な競技だからね。そういう部分も鍛えたりしてるんでしょ?』


 ん? あ、信号間に合いそうにないなこりゃ。

 横断歩道を渡ろうとした直前で、運悪く青信号が点滅を終えて赤に切り替わってしまった。

 信号無視に対して後ろめたさや罪悪感云々を抱かない健全不良高校生な俺だが、流石に走りたくないなと思ってしまい待つ事にした。単純に走るのが苦手なのと、スポーツ用みたいに耳へぴったり嵌るタイプのイヤホンじゃないから、走ってる最中落としたくないってのも理由だったりする。

 で、俺は先の会話で抱いた疑問を古橋さんにぶつけてみる。


「なぁ、空手の試合って寸止めじゃなかったっけ? 確かボクシング? で使うっぽいグローブとか、柔らかそうなヘルメット着けて」

『ヘルメット……ああ、ヘッドギアの事ね。まぁ着けたりするけど、ルールによっては着けないままやるみたいよ。そもそも彼女がやってる空手って「極真空手」だし』


 ほう? 残念ながら武道に明るくない俺には何がどう違うのか分からない。いや確かに彼女の記事を読んだ時そんな名前も載ってた気がするけど、馴染みがなさ過ぎるから『キョクシン空手』がどういう字なのか思い出せないくらだ。


『大雑把に言うと、寸止めが基本の空手は伝統空手、攻撃を直に当てていいのが極真空手って感じだね。直接打撃フルコンタクト制って言うんだけど。「金的への攻撃」、「手腕を用いた顔面への攻撃」、「背後からの攻撃」、「転倒した状態の相手への攻撃」、これらは禁止で、それ以外は基本アリっていうルールなんだって。しかも素手素足』

「は!? 素手!?!?」


 武道未経験者の俺でも分かる。

 素手で人間を殴るってのは相手だけじゃない、殴る方もタダでは済まない場合が多い。自分で両拳をぶつけ合ってみれば分かるだろう、普通に痛い。しかも自分で自分を殴ってるから無意識に手加減してるのに痛いから、相手と殴り殴られの状態ならそれ以上の激痛になるのは想像に難くないだろう。

 上手く鳩尾とかの急所か、あるいは筋肉とかの比較的柔らかい部分に当てられればいいだろうけど、お互い動き回ってる中じゃそれも難しい筈だ。


 何より今の言い方から察するに、『ガチの殴り合い』って事じゃねぇか!!


「これから筆を持たなきゃならないってのに、試合とかでバキバキに怪我されたら堪ったモンじゃないな。教える間だけでも試合とか控えろって言うべきかな……」

『ああ、その心配はないんじゃない? 彼女今試合とか練習とか控えてるらしいし』

「そうなのか?」

『ええ。それに練習試合とか、大会の予選とか準々決勝以下の試合だと普通に防具着けるってルールを設けてるらしいし、絶対防具無しってわけでもないみたいよ』


 なる程。そういう事なら、過剰に心配する事はないのか。

 って言うか。


「古橋さん、やけに空手について詳しいな。まさか、経験者?」

『違うわよ。全くの未経験だし、多分そこら辺の通行人と同程度の知識量しかないわよ』

「……ちなみに『金的』って?」

『格闘技用語で「金〇マ」のこと』

「お前女子だろ少しは憚れやっ!!!!」


 思わず大声出しちまった所為で、周りの通行人に吃驚されたじゃねぇか。

 まさかイヤホンで同級生の女子からそんなセリフを聞くとは夢にも思わなかったよ。普通にピー音とかバキューンとか要るぞこれ。


『大丈夫よ、周りにはクラスメイトしかいないし』

「そういう問題じゃねぇよ。というか、恥じらいとかねぇのか普通?」

『別に。って荒画くん、女子に対して「女子らしさ」押しつけ過ぎじゃない? もしかして、トイレ行く時必ず「お花摘み」って言わなきゃダメみたいなタイプ?』

「……ごめん、女子の中じゃ絶対言わなきゃダメみたいな不文律があると本気で思ってた」


 確かにリアルで聞いた事なかったけど、機会がなかっただけでしっかり守られてるものだと思ってたんだが、違ったのか。


『ぷっ!! あっはははははは!!!! ホント、最初会った時から思ってたけど、やっぱ荒画くん面白い!!』

「わ、笑う事ないじゃんかっ」

『ご、ごめっ……!! だって、さ、ぁっ!! あはははははっ、はぁ……!! ヤバい、頬とお腹が同時に痛い……っ!!』

「へー、へー。悪ぅござんしたねぇ、常識不足で」

『ごめんて。そんな不貞腐れなくてもさぁ』


 そんな軽口を言い合いながら歩いていき、ようやく進行方向に正門が見えてきた。フェンス越しにスポーツ系の部活動の朝練を一瞥して、少しだけ徒歩の速度を下げてみる。大した意味はない。朝の授業にはまだ余裕があるし、目的地が見えてくると急がなくてもいいかなぁ、と感じてしまうんだ。


「ってかそもそも、未経験者が何で格闘技用語知ってるんだよ?」

『話戻った。簡単よ。通話しながら「スマホで調べた」の』

「えー……」

『普通そうしない? 何の為に検索エンジンがあると思ってんの。まぁ、ネットってソース元が曖昧だったりするから、頼りすぎるのもあんまりよろしくないだろうけど、こういう時のちょっとした調べ物くらいだったら、問題ないじゃない?』


 それもそうかと心の中で納得する。

 実際、俺の中にある本渡琴美関連の情報も殆ど『ネット』記事だ。本人と話してみるまで、成人男性でさえも余裕でノックアウトできる豪傑、みたいなイメージがあったし。

 しかし、だ。やっぱり不思議ではある。恐らく武道一筋だった(とまではいかなくても結構真剣に打ち込んでいた)だろう彼女が、何故に絵を習いたいと?

 あの細身で可憐、時々年相応な少女然とした雰囲気も兼ね備えた本渡に絵筆を持たせても、別に違和感はない。外見上は。

 さっき古橋さんが言ってた、『試合や練習を自主的に控えてる』って話と関係があるんだろうか。そんな事を考えながら、いつもの見慣れた並木道を進んでいく。

 ピンク色の木々はもう大部分が淡い緑へと変遷しつつある。特に気にするでもないが、こう何かが移り変わる様相を見かけると妙な感覚が胸に流れ込んでくる。侘しさという程堅苦しくはないが、寂しさという程単調でもない、双方の中間を漂うような気持ち。

 こういう感覚的な部分を、絵の中に落とし込めればいいんだけど、生憎その手の技術は俺には備わってないらしい。


「はぁ……、出展する絵、どうしようかな」

『ホント話コロコロ変わるね。どうしようも何も、とっととアイデア捻り出して描き上げるしかないでしょ』

「そりゃそうだけども」

『そんなんで本渡さんに絵教えられるの? 中途半端のままじゃ、本渡さんもいい迷惑になっちゃうわよ』


 重々承知の上だ。

 俺の絵を、俺の手でしか描けない物って言ってくれたんだから、彼女の願いに応えず突き放すなんて真似だけはしたくない。


「ひとまず、どのくらい描けるか、次来た時に見てみるつもりだ。そっから色々教えていくって感じで」

『悠長ね。まぁいいわ。助けが必要ならいつでも言って。私もできる限りサポートするし』

「おう。ありが……」


 古橋さんから有り難い言葉を貰ったのと同時、進行方向上に妙な光景を視認する。

 あれは、間違いなく俺の使ってる画室のベランダだ。元々美術部の部室で、通常の教室より少し広めのスペースがあるのと、風景画などのスケッチがしやすいようベランダの広さが室内の3分の1くらいある。いつも俺が使ってるイーゼルを広げても余裕で立てられるくらいに広い。

 そんなベランダに、だ。色んな何かがずらりと並んでいた。

 今日は快晴。風は弱めだが暖かな空気をそよそよと運んできている。そんな外の環境にまざまざと晒された状態で並べられていたのはというと……。


『ねぇ、どうしたの?』

「…………なぁ、俺の目がおかしくなければ、画室のベランダにが並べられてるんだが?」

『……』


 古橋さんからの音声が途切れる。多分絶句してるんだろう。誰が並べたのか、嫌な予想が半分程存在するのだがそこはひとまず置いといて。

 外。つまり直射日光に絵画を晒すとどうなるか、俺も古橋さんもしっかり理解している。

 そして数秒後、俺が猛ダッシュした瞬間にイヤホン越しに学級委員長系女子の咆哮が木霊する。


『全力疾走!!!! 私もすぐそっち行くから!!!!』

「もう走ってるよっ!!!!」


 ふざけんな朝から何の嫌がらせだクソッタレェエエエエ!!!!



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 実習棟までの距離数十メートルを全力疾走し、加えて4階まで階段を駆け上がったのだから、ぶっちゃけ脚も心臓も相当負荷が来ている。

 しかし、そんな事は二の次だった。息切れしながらも画室の入口まで辿り着き、力いっぱい扉を開け放った。

 半分程の嫌な予想的中。そこにいたのは学校内外にその名を知られた有名人。

 空手女子、本渡琴美だった。


「あっ、先生、おはようございます! もう少しでアトリエのお掃除が終わりますので、もう少々お待ち」

「なんばしょっつかぬしゃ、うちころすぞゴラァアアアア!!!!!!!!」

「ひぃっ!!!!?」


 箒とちりとりを持って満面の笑みで出迎えてくれやがった後輩女子が、俺の怒号で(今の俺基準で)軽い悲鳴を上げる。しかし、そんな些末事など知った事ではない。


「ここん保管しとる絵画は俺んだけじゃにゃーて、資料用て先生から預かっとっともあっとよ!! なのにこぎゃんカンカンりん日に外ば出したら全部だろぉが!!」

「え、ぁ、ぇ、っ!?!?!?!?!?!?!?!?」

「っとに、今日は、日ぃ強か、とにぃ……どぉいう、つも」


 やばい、全力疾走な上、大声出したから、息が……。


「ちょっと!! 誰なのここの絵天日干ししようとしてる人、は……?」


 ああ……古橋さんの声が聞こえる。俺が床にうつ伏せの状態で倒れたのと同時に、どうやら到着したようだった。

 どうにか飛びそうな意識を保って、ぜぇぜぇ言いながら身体を起こす。扉側に身体を起こして古橋さんに向き直ると、俺は汗だくで後ろを指差した。


「こん、後輩が、何でか知らんばってん、絵ぇば天日干ししよって……。ごめんけど、なおすの手伝って、くれん……?」

「あ、あー、うん。手伝うのはいいけども。ごめん、標準語で喋って?」


 あとさ、と今度は凄く神妙な顔になって俺にこう聞いてきた。


「後ろで本渡さんがガチ泣きしてるんだけど、君何したの?」

「…………は?」


 恐る恐る振り返ると、古橋さんのご指摘通り、本渡がぺたんと床に座ったまま嗚咽を漏らして泣いていたのだ。何故?


「ぅ、ひぐっ……!! ご、ごべん、なざい……!! ごべ、なざぃ……!!」

「え、っと、本渡、さん?」


「ぼう二度どじばぜんがら、ごろ、殺さないでぐだざいぃ!!」


 ……俺、何かやっちゃいましたか?

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