幕間 騒がしいオンラインクラス
午後の授業はどうにも集中できないでいた。
別に授業がつまらないとかじゃない。数学――学科関係なく履修しないといけない基本科目、なんだけど、決まった正解まで道筋を構築するってのは嫌いじゃない。
『二次方程式の係数と解にはこのような関係がある。一からゴリ押しで計算して、試験時間を無駄に削りたくなかったら覚えとけよー』
朝倉先生のオンライン授業を聞きながら、配布されてる問題を解いていき、終わったら正解率に合わせて解説していく。だからパソコンの画面上やスマホで『の『授業に関係ない事』をしてると問題を解き損ねたりする。あからさまに解答時間がかかり過ぎると疑われて、色々な
『山笠、誰と会話してるか知らんがチャット文を俺の質問窓に打ち込んでるぞ。今日配布する課題、お前だけ2倍決定な』
こんな具合だ。
ちなみにこういった授業体制について、生徒の学習意欲だとか成績だとかに支障が出るのではないか、などと世間やらで言われた事があるらしい。例えば、『隠れてスマホを弄ったりして真面目に授業を受けてないのではないか?』、『ネット上にある問題解説のデータをそのままコピーペーストして課題を提出するのではないか?』、などと指摘されたらしい。
それに関して、教師側はほぼ黙認している。というのも。
『何度も言うが、中間や期末は授業の内容を半分、更にそこから応用させた問題を半分出すからな。真面目に授業受けて、今回の動画を反復して見直しとかないと、困るのはお前らだからな』
対面式オンリーだと一度しか見聞きできない授業を、後から解説付きの動画で校内専用ページから見直したりできるし、ダイレクトメールで各科目の教師に授業内容に関する質問もできる。何より、『対面式の頃から集中しないヤツはしないし、机の下とかにケータイやスマホを隠し持って弄ってるヤツはいたし、勉強できるヤツのノートを丸写ししてるヤツだっていたし、果ては教師を無視して私語をしてる生徒はごまんといた』のだ。
だったら、集中できる時に勉強をさせ、理解の足りない部分は都度確認したり質疑応答できる体制を整えた方が、結果的に効率がいい。勿論完全放任主義を決め込む訳ではない。オンラインでの参加の場合は、必ず学校から支給されてるノートパソコンからアクセスしなければならないという制約があり、それを利用して出席率や勉強時間を把握したりしてる。
後は生徒が行った自主学習を定期的に提出させ、その内容を成績に反映させたりする教師もいる。折角勉強するなら、その記録等を評価したり、または改善の余地があれば教師がアドバイスしたりもできる。
朝倉先生もそうしてる。曰く、『なるだけ定期試験以外の観点でも生徒のいいところを評価できるようにして、長所やら個性やらを伸ばす手助けがしたい』らしい。
『今日の授業はここまでだ。次の課題の提出は再来週の授業開始前までとする。期限はしっかり守れよ特に山笠』
この山笠とかいうやつ、教師陣に悉く信用されてないな。面識なんぞないが、段々不憫に思えてきた。
少しして先生から送られてきたメールを開いて、添付されてた課題をクラウドに保存する。後は家にあるパソコンを使って解くだけ。この後頭の痛くなる展開になりそうなので、家に帰るまで勉強はしたくないな。
そうこうしていると、机に置いてたスマホに通知が表示される。
Mack{課題ムズいからヘルプ求む}
森宮{同じく}
メッセージアプリ内で作ったグループからだった。
入学初日に同じ学科の系列やコース毎の連中が作ったやつで、俺も半ば強制的に入らされた。うちの学科は特定のクラスが1つの教室に集まって勉強するってのがないからか、こうしてスマホなんかのツールを使わないと校内で見かける事すら稀になってしまうらしい。俺はその辺気にしないが。
基本うちの学科の専門科目についての情報共有に使うのがメインだが、特に目的のない雑談に使ったりもする。
古橋芽衣{わかんないのどの辺?}
Mack{全部w}
森宮{うちもうちも}
古橋芽衣{おい}
Mack{だってー、数学苦手だし}
古橋芽衣{少しは自分で解く努力しろ}
今グループ内で話してる3人も、それぞれ学科系列内の違うコースに在籍してる。が、こうして共通の科目を互いに教え合ったり、何の作品がどうのと話し合ったりする事もある。
……どうしようか。
俺も少し解くの苦労しそうだし、ってのもあるが。
突然話題をぶつ切りするのもどうかと思い、この三人の話にまず乗っかる事にした。
荒画{俺も分かんないとこあるから教えてほしい}
俺はというと、時々こうして、自分に関係ある事にしか反応しないようにしてる。課題で分からないところがあったりだとか。
そういうスタンスなもので、俺が書き込むと大体チャット欄が騒ぎ立つ。
Mack{おっ}
Mack{久々じゃん}
森宮{たっつひさしぶりー}
モモ{ゆうめいじんきてる}
こうき{唐突に来るのな}
たんぽぽ{同じく課題教えてーって言おうとしたらすごいタイミング。ひさしぶりー}
富士見{荒画この前の風景画の課題、優秀取ったのマジ?}
モモ{いいなぁ。あたし良だった}
鷲尾博也{そっちはもう終わってそうでいいなぁ。そろそろこっちも(彫刻系)課題作出さんといかんし時間足りない……}
和泉{だよなぁ。つーか必須科目2年の夏まで続くって長くない? こっちは実技課題とかで追われてるのに……}
らくらくさん{せっかく寝てたのにブーブーうるさいなとおもたら珍しい人来てる}
Mack{@らくらく先生:おつかれ。なに徹夜?}
らくらくさん{2徹でネームねったけど、今朝担当にボツられたからふて寝してた}
森宮{うわぁ……}
Mack{それは……ホントお疲れ様です。月連載とはいえ大変っすね}
らくらくさん{てか、えなに課題そんなムズいの? 古橋さんわたくしめにも教えてくまさい}
らくらくさん{×くまさい→〇ください}
森宮{誤字w}
混沌だなおい。
絵画、彫刻、書道、建築やプロダクトなど多種多様なデザイン専門、漫画などなど。こうして見ると本当色々あるよなうちの学科。
大学進学や企業就職、個人商業、色々とサポート体制が充実してるこの学科は、目的に合わせて多様なコースが用意されてる。在学中にそういった人脈や経歴を積めるよう、色んな賞や学校支援の展覧会みたいな事もやってる。中にはらくらくさんみたいに、自由課題で漫画雑誌の賞に応募して準入選し、担当編集が付いて商業デビュー、現在プロとして活動している人もいる。
そうして騒いでると、古橋(この中で一番頭がいい人)がストップをかける。
古橋芽衣{はいはいみんな静かに。自力で解くつもりがある人だけ教えます}
Mack{ケチー}
荒画{ルートとか絡むと頭混乱する}
Mack{なー。イラストに虚数とか必要ねぇだろっての}
古橋芽衣{必要あるかないかで文句言わないの}
古橋芽衣{で。いつにする?}
古橋さんに合わせる、と返答すると『いつでも大丈夫』と返ってきた。だったら明確な時間を言った方がいいか。
荒画{帰宅してからだから、午後の4時くらいがいいかな。とりあえずもう授業ないし、用事終わったらすぐ帰る予定}
古橋芽衣{用事って?}
Mack{個展か? 確か先生の口添えで個展やらせてもらえるんだってな}
ここの総合学科の教師達は皆、独自で課題を出してくる事で有名だ。しかも個人毎に違う課題を出したりする。俺に対しては槙原の言葉の通り、絵画コースの教師に課題として『俺の名前で個展を開くから出展作品を仕上げておけ』と言い渡されている。
そう。今も真っ白なままのキャンバスに描こうとしてるのがまさにそれだ。
しかも1つも着手できてない。このままじゃ期限過ぎても完成できる気がしない……。
ただ、今のところ目下の用事とは絵に関してではない。
荒画{いや、個展の方じゃない。実は、ある人物につきまとわれてるというか……}
森宮{妄想じゃなくて?}
荒画{なんで妄想って決めつけるんだよ}
モモ{そういえば、昼にげーじゅつ系の人がしょくどーで言いあらそってるってうわさ、きいたよ。あれもしかあらがくん?}
マジか。まぁあれだけ騒げば話題にもなるか。今は会話に参加してないやつの中に、もしかしたら直接見たってのもいるかもしれない。
Mack{え、確かその言い争ってる人って本渡琴美って話だったよな。お前あの最強女子に何したんだよ!?}
そう打たれたメッセージに、俺は即座に返答できずにいた。どうしたものかと悩んでると、他のやつらが痺れを切らして次々とメッセを送ってくる。
本当の事なのかとか、どんな接点で知り合ったのかとか、痴話喧嘩か痴情の縺れか浮気か二股かなどと、根も葉もない案件が沸々と浮上してくる。つーかその話題だと付き合ってる事前提になっちまうだろうが。
古橋芽衣{静かに。コメ連弾は迷惑でしょ}
こうやって皆を纏められる古橋さんは本当凄いと思う。
というか変な噂が広まってるなら、素直に説明した方がいいか。
荒画{昨日、彼女に絵を教えてほしいって言われたんだ。ちなみにまだ請け負うか返答してない。これから彼女と話し合う予定}
そう打ち込んでからだ。
次に古橋さんの答えが返ってきたのが、それから10分後だった。しかもグループチャットじゃなくて、俺個人へのダイレクトメールで。
古橋芽衣{断れば?}
荒画{結構時間かかったな}
こりゃ、別のグループチャットに話題振って意見募ったな?
荒画{投げ遣りに聞こえる}
古橋芽衣{投げ遣りにもなるわ。その本渡さんがどんな理由で絵を教えてほしいかにもよるけど、何かを教えるって相当労力使うのよ}
それは何となくだが俺も理解してる。誰かに絵を、いや、勉強でも何でも、教えるという行為自体が初めてだ。
しかも相手は全くの素人だろう。そんな人間に、しかも今まで交流の一切初対面の後輩に手取り足取り教える義理はない。
というか彼女、どこまでのレベルを求めてるのだろうか。
どっかの絵画教室に通った方が絶対いいに決まってる。もしも趣味で絵が描けるようになりたいとかだったら、流石にキレそう……。
古橋芽衣{それに、君にわざわざ頼みに来るってことは、君の画家としての才能を知ってるってことでしょ}
……いかん、別に悪気とかないってのに、変にネガティブな事を考えるな俺。
古橋芽衣{荒画くんさ。そういうのを話題にされるの、嫌いなんでしょ?}
荒画{よくご存じで}
古橋芽衣{なら、嫌々やっても仕方ないし断った方がいいよ。向こうの気持ちがどうのより、君の気持ちを優先しなきゃだし}
荒画{そうは言うけども}
古橋芽衣{けど、なに? なにか事情でもあるの?}
荒画{純粋に目つきとか風格が怖いから断りずらい}
古橋芽衣{それは私にもどうすることもできないし頑張れとしか言えない。ってか『断りずらい』じゃなくて『断りづらい』だから}
だって体験した事あるか!? 自分よりタッパある異性に詰め寄られて睨みつけられながら壁ドンされた経験が!! あれ想像以上に怖いからな!!
全く、吊り橋効果とか軽く吹っ飛ぶレベルだったわ。あのドキドキがどうすれば恋のドキドキに勘違いするのかまるで分らん。やっぱフィクションはフィクションだな。たとえイケメンだろうと絶世の美女だろうと、あんな事されても怖いとしか思えんだろう。現実のみんな、脅迫罪や暴行罪として逮捕されたくなかったら絶対やらん方がいいぞ。
古橋芽衣{向こうだって話の通じないヤバい人ってわけじゃないよ、きっと}
荒画{希望的観測じゃん}
古橋芽衣{そりゃ私だって空手で有名ってことくらいしか知らないし。でも話し合いするんでしょ? だったらはっきり言った方が相手の為にもなるよ}
まぁ、確かにそうなんだろうけどな。
古橋芽衣{少なくとも手の込んだいたずらだとか、そういう感じじゃないなら大丈夫だよ、きっと}
悪戯、か。確かに冷やかし、とは考えにくい。第一印象は最悪だったが、あれで他人に悪意を持って嫌がらせするような人には思えなかったし。何より興味もあった。
本渡琴美。蹴りで金属バットをへし折っただの、熊を殴り飛ばしただの阿呆な噂が立つぐらい強いらしい。ネットで見かけた記事によると、同じ道場の男性、しかも大の大人相手に練習目的で
武道についてはあまり詳しくないが、頭とか脛とかに何かしらの防具を身に着けるのが普通な筈なのに着けないって……怖いもの知らずか本渡琴美。
そんな人物が、俺に絵を教わりたいだなんて言うんだ。古橋さんに話を聞いてもらって気持ちが落ち着いたのか、段々と興味の方が勝ってきた。
荒画{ありがとう。話聞いてもらったお陰で、何とかなりそう}
古橋芽衣{そ。よかった。まぁ大丈夫だとは思うけど、なんかあったら連絡ちょうだい。骨は拾っといてあげるから}
荒画{やられる事前提じゃん!!}
こっちの身にもなれってんだ。いや(笑)じゃねぇんだよ他人事か!! ……いや他人事か。つーかまだ
まぁ、何もせず悶々と到着を待つよりかはマシだったかなとは思う。こうして話を聞いてもらうだけでも気が楽になるって、本当なんだな。
Mack{終わった?}
荒画{ああ。多分もうすぐ来るだろうから、ちゃんと話し合ってみるよ}
Mack{そうか。ま、頑張れ}
少ししてグループチャットからメッセージが届く。特に興味はない、みたいな文面が、少しわざとらしく思えた。他の人も、多分気になって仕方ないんだろう。俺だったら根掘り葉掘り聞きたがるだろうし。その証拠に、今のやり取りの閲覧数がグループ参加者の数と一致してる。つまり全員がっつり見てる訳だ。
俺はスマホをポケットに入れて、精神統一でもするかのようにじっと待つ。向こうも午後は1時限分しかないと言ってたし、他に用事がなければもうすぐ来るだろう。
「……あっ」
そういや、俺4階に来いとしか伝えてなかった気がする。
本格的に他人の事言えないな、などと思いつつ、仕方なく部屋の外で待つ事にした。入れ違いにならないよう階段辺りでいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます