恋愛カタルシス

ゆきちび

第1話

恋の寿命が3年だという事を、皆さんご存知だろうか?

2年じゃなかったっけ?いやいや、4年でしょ?等、数字は諸説あるが、今回は私の話を聞いていただけないだろうか。


「ねぇねぇ、好きな子とかいるの?」

「…⁉︎、何スか、急に」


いつも通り部活を終えた帰り道。私の質問に返ってきた反応は予想以上にかわいらしいものだった。


「おぉ、その反応はいるな?誰?私の知ってる子?」


聞きたいような聞きたくないような、複雑な想いを押し殺した私の顔はちゃんと笑えているのだろうか。

私の知る彼は、少なくとも恋愛なんてするような人物ではなかった。いつだって部活一筋で、真面目で、努力家だ。

そんな彼を私が初めて見たのは、高校2年の時だった。コートの上を走る彼は不器用なりにストイックで真っ直ぐに向き合っていた。今思えば、一目惚れだ。

次に彼と会ったのは、高校の体育館。変わっていたのは身長くらいで、真っ直ぐさは相変わらずだった。それ故にチームメイトと衝突することもあったが、今では随分丸くなったと思う。立ち止まっても、壁にぶつかっても、しっかりと確実に前に進もうとする彼に私はマネージャーとして尊敬していたし、先輩として支えてやりたいとも思った。そんな彼だからもっと好きになった。


「でもさ、恋の寿命ってもって3年らしいよ。だから3年後には私も君も、きっと別の子を好きになってるよ」


だからそこ、この想いには蓋をしようと、この時思った。



夏の大会を終えると私たち三年生は部活を引退し、本格的に受験勉強に打ち込んだ。毎日足を運ぶのは体育館ではなく図書室になり、毎日あっていた後輩とも廊下ですれ違う程度にしか会えなくなっていた。もちろん、彼とも。

それから約半年後、ようやく合格届けを受け取った。志望校に受かったことを担任や顧問の先生に報告した後、同級生と合流して部室へ向かった。

1、2年にも報告を済ませ、一通り祝福してもらってから練習に参加した。この半年で彼らはまた上手くなっているような気がした。

帰りは久しぶりにみんなで並んで帰る。隣には彼が当たり前のように並んでいて、ちょっと嬉しいかった。


「先輩は、3年だって言いましたけど、たぶん俺はずっと好きです」


一瞬なんの事だと思ったけれど、暫くしてもう随分と前に交わした会話を思い出す。告白してはいないけれど、フラれた気分だ。


「ずっと、ずっと好きです」


彼の言葉はいつだって真っ直ぐだった。言葉だけしゃない。その想いも視線も、ただ真っ直ぐに伸びていく。けれど、これは自分への言葉じゃないと思い直す度に泣きそうになる顔を歪めてムリヤリ笑った。


私達3年はそれからすぐに高校を卒業し、大学生になった。カリキュラムの組み方、慣れないキャンパス生活、レポートの書き方、満員電車…。大学生は思ったよりも大変で、忙しくて、そして楽しかった。それでもふとした時に彼の事が頭を掠めた。それは部活をしてる時だったり、ご飯を食べた時だったり、講義を受けてる時だったり。今練習中かなとか、新しい1年と上手くやってるかなとか、授業中に居眠りしていないかなとか。

あっという間に、私は2年生になった。

彼に恋をして気がつけば4度目の春が来た。


「先輩…?」


懐かしい声に呼び止められて振り向くと、そこには彼の姿があった。


「久しぶり!」


そう言って笑うと彼は、昔みたいに隣に並んだ。それから近状報告をしてから懐かしい昔話に花を咲かせた。彼が思ったよりもずっと多くの事を覚えていた事が嬉しかった。


「…先輩、俺は」


急に真面目な表情になって、立ち止まった。相談でもあるんだろうかと思い、私も居住まいを正す。しかし、次に彼が紡いだ言葉は


「俺は、ずっとずっと好きです」


2年前と同じものだった。


「先輩がくれたもの、全部覚えてます。部活中のアドバイスとか、勉強教えてくれた事とか、帰り道でこんな風に隣で歩いた事とか、全部…!先輩は覚えてないかも知れないですけど、俺は全部覚えてます」


彼は言いたい事だけ言い切って、勢いよく90度に腰を折って綺麗にお辞儀し、踵を返した。走り去ろうとする彼の腕を掴む。

今伝えなければ、きっと次はない。


「覚えてないわけないよ!私だってずっと…」


好きだった。そう言いたかったけれど、その言葉は彼に飲み込まれた。止まった時間が漸く動き出したのは、唇にあった温もりが離れたのと同時だった。


「好きです。ずっとずっと好きです。3年経ってもきっとまた俺は先輩の事を好きになります」


私もだよ。私も


「貴方が好きです」

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恋愛カタルシス ゆきちび @yukichibi

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