少女の真価



 洞窟にてグリフィスの傷が癒えるのを待つこと数分。しばらく談笑したり今の戦いの反省会などをして時間を潰していた。

 そろそろグリフィスも傷が塞がったのを確認したのか、「そろそろ行こうか」と言って立ち上がった。


「それにしても、流石は『天恵能力』持ちだな」


 だが続くグリフィスの言葉に侑希が目を丸くした。イズは何か言いたげだったがすぐに黙ってグリフィスの言葉を聞くことに。


「え、『天恵能力』持ち……?」

「そうだ。……そもそもエルフ族なのだから・・・・・・・・・もしかしたらと推測付いただろう? ……イズ殿、彼に中身も説明していいか?」

「……まぁ、ここまで言ってしまわれたのなら」


 侑希が驚くのは、その『天恵能力』の貴重さゆえのものだ。


 『天恵能力』という限られた条件を満たした者のみが所持する特別無比な能力がある。

 それはどれも普通の魔法や技能を凌駕した素晴らしいものでイズもその能力の所持者である。そして彼女のそれが【天使の祝福】である。


 天恵能力【天使の祝福】、それは単純に彼女が行使する支援魔法の性能をブーストさせるもの。

 並の回復魔法でも上等になるし、結界魔法といういわゆるバリアを張る魔法では中級クラスでも上級クラスに強固なものになる。まさに癒しの象徴、と言ったところだろうか。


「私が私自身の天職を治癒術師だと言い切る理由は大体この能力があるからですね。グリフィスさんにはバレてたみたいですが……」

「僕だってミシェルタギルドの副支部長。いざと言う時のためにミシェルタにいる有志の人の能力を確認してるんだよ。イズ殿は普段は宿屋の看板娘をしているが有事には動いて貰う一員なんだ」


 もしミシェルタが危険に晒されたときにイズのような存在はとても心強い。能力について知ってるのは街でもごく限られた人だけだが、グリフィスもその一人。記憶してないはずが無かった。


「さぁ、こんなところで立ち話もなんだ。ミシェルタに戻ろう」


 ある程度傷が回復したのだろう、グリフィスは早速そう言って先陣を切って歩き始めた。


(治癒術師かぁ)


 侑希がイズを見つめる目には明らかな敬意が宿っていたのは言うまでも無いだろう。



 ◇◆◇



「ごめんなさい」


 グリフィスを無事に街の病院まで送り届けた帰り道。まだ青装飾に身を包んで正体を隠しているイズは、突然そういって侑希に謝った。

 突然の謝罪に侑希が戸惑っていると、イズは言葉を続けた。


「謝っているのは、私が侑希さんに度々冷たい態度で接していたことです」


 それは宿屋やその他の場所で、街の人と同じように侑希に素っ気ない態度で関わってきたこと。

 元々イズが物静かであまり人と話さないのは知ってる。話すときと言えば接客のときだから侑希にとってはむしろこうやって話している方が不思議なのだが……


「いえ、俺にとってはこれでも十分です。これだけでも嬉しいので、謝らないで下さい」

「でも……」


 それでも謝る。イズにとっては「気にしなくていい」と言われても看過できないことらしい。


「侑希さんが不当に孤立してるのが、私には耐えられないんです」


 ”神に捨てられた”という確固たる証拠もない言いがかりに等しい呼び名。それが教会という権力の名で叫ばれ、市民はそれに続く。

 イズはそれが許せない。しかし教会に逆らうのはもっての外。だからできることは、侑希に寄り添うことだと思ったのだ。


「つまり情けをかけてくれてるんですか?」

「……否定はしません。でもそれだけでないことは確かです」


 情けをかけてる、と言われれば聞こえが悪いが間違ってはない。侑希のこの評価に、境遇に同情しているとこもある。

 ただ勘違いして欲しくないのが決してそれだけで侑希を気にかけているわけではないこと。


「ですが私には力が不足しています。大多数の意見に堂々と背くことはできません」


 しかし侑希を蔑んでるのは街の全て。それだけの大多数の意見に反するのはイズにはできない。

 イズだって空気は読む。あまりにも無理でリスクが大きいことがらに首を突っ込むことはしない。時には一歩下がることもする。


 だから一般的に言われるイズ――清楚と言われてる彼女像を崩すことはできない。本来の彼女像通りに侑希に接し、何の違和感も持たれないように……


「でもイズさんは、初日……」

「そうなんです。あの時はあまりにも衝動に駆られてしまい、思わず”もう一つの自分”を外に出してしまいました」


 侑希の指摘にイズは苦笑いを浮かべながら返す。そのことは今思い返して自分で驚くほど。仮面の自分はそう簡単に剥がれると思っていなかったから。

 きっと何かがイズの心の琴線に触れたのだろう。


「もう少しほとぼりが冷めるまで素っ気ない態度になってしまうと思いますがごめんなさい。でもこうして接するのに、いずれ周りも慣れるはずです」


 もう一度イズは謝る。一体どれだけ真面目なんだろうか。侑希が気にしなくていいと言ってるのに関わらずだから。


「イズさんは律儀ですね。もっとなあなあでも良いんですよ? でも、素直に嬉しいです」


 そんな雑談を交わしながら往来を歩いていたのだが、


「!!」


 イズが途端に神妙な表情になり、一瞬で横を向く。


「どうしたんですか?」


 その明らかにおかしい反応に侑希も気づき、イズの視線を追いかける。その視線の先に映るのは、ミシェルタにある『光輪教会』の建物の上階にある窓。


 その窓には、大司教バーンザックと、金髪碧眼の男性が映っていた。




 ◇◆◇◆◇◆




 ミシェルタにある『光輪』教会、大司教の執務室にて。

 金髪碧眼のエルフと見える男性が、バーンザックと面会していた。


「バーンザック大司教殿、謁見を喜ばしく思う……」

「古い仲じゃないか、ソイルよ…… 畏まるな、やり辛い」


 恭しく頭を下げて言う男性に対して大司教はそういう。だがソイルと呼ばれた男性は苦笑いを浮かべながら返した。


「あの頃ならまだしも今の地位ではそうもいきません。いくら私が一宰相とはいえ、貴方は世界に名高い大司教ですから」


 ソイルはフィーガーテン連盟国の一宰相だ。国の中枢である”執務部”でも族長代表に次ぐ実力者。

 とはいえバーンザックは神の威光を語る『光輪教会』の中で教皇、副教皇に、次ぐ七人の大司教の一人。どちらの方が権威が上かは明らかだ。


「して、ミシェルタにはどのような用事で来たのだ?」

「目的としましては、大司教様に久しぶりに謁見することですかな」

「うむ。ならば今日は仕事を忘れて語り合おうじゃないか。丁度、新鮮な話のネタを仕入れたところだからな」


 大司教もそのためにこの後のスケジュールは開けてある。数十年ぶりに再会した彼らは旧友同士。変わってしまった現在の政情を嘆きながら昔を懐かしむつもりだ。


 ソイルも当然そのつもりだ。相変わらず身分に段差ができてしまったが愚痴も容赦しないでぶつけることならできる。大司教には悪いがとことん付き合ってもらうつもりだ。


「さて、新鮮な話のネタとは何についてのことですかな?」

「いきなり大物からな……まあ良いだろう。じっくり見聞を深めたいところだしな」


 ソイルの問いに、大司教は机の中から一枚の羊皮紙を取り出して渡した。

 どうやら大司教宛の報告書のようでそれをソイルにも見せるらしい。受け取ったそれを上から読んでいたソイルは早速瞠目した。


「『勇者』の……再来!?」

「おおよそな」


 ソイルにとっては初耳の情報。驚くのは無理もないだろう。むしろこの情報を知り、驚かない人の方が珍しい。

 それから書かれた内容全てに目を通していく。ちなみにこれは侑希のステータスなどについての報告書で、記録は転移初日のものとなっている。


 ステータス自体は平凡な絵描きってところだが、『勇者』という評価を決定づけてしまった能力はさすがに見過ごして貰えない。


「【神理魔法】って伝説の勇者が持っていた能力では……」

「その通りだから一大事なのだ」


 取りあえず羊皮紙を一通り読んだソイルはいまだに信じられないものを見たように呆けている。大司教は「やっぱりな」と言わんばかりの苦笑いを浮かべ、言葉を続ける。


「さて問題なのは……彼の者の矛盾だ」


 そういうと大司教は、自らの見解を述べた。


 その意見……侑希は『神に捨てられた勇者』というのを聞いたソイルは一応の・・・納得を見せる。


「なるほどですな。確かに勇者に不相応なステータス値……」

「普通の異世界人ならスルーしていたのだがな。あの能力を持っていては、普通とは考えられない」


 大司教もソイルも普通の異世界人には幾度となく出会ってきた。誰もが普通の人のステータスと変わらない。

 侑希もその一人になる、はずだった。


「まあ今後が楽しみというところよ。……っと、噂をすれば影とやらだな」


 ふと大司教の視界の端に映った黒の頭。この世界では黒髪は珍しいため、その正体を見間違えることは無い。

 窓に近づき、侑希を見下ろす。そして手招きをしてソイルを呼ぶ。ソイルはそれに従い、窓へ歩み寄る。


「ほう、あれが勇者殿……ん?」


 しかしソイルの言葉は、途中で疑問に変わった。

 ソイルの視線が、侑希のそばにいる青装飾の少女にささる。


 青装飾から僅かに覗ける銀髪。そしてこの横顔……


 すると銀髪少女の方も視線に気づき、まるで虎を相手にした小動物のように冷や汗を垂らしながらソイルの方を見る。

 視線が合う。顔が認識できる。


「……なんか引っかかる」


 今まで張り付けたような真顔を貫いていたソイルの表情が思わず歪む。


 ソイルの記憶が反応する。願ってもない偶然が起こったのだ。


「ソイル、一体どうしたというのだ」


 大司教が急に表情を変えたソイルを訝しみ問いを投げる。

 それに対してソイルは、面白そうな表情を浮かべながら返した。


「大司教殿、彼女の名前は何ですか?」


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