徹底抗戦

誰も知らない陰に眠る



 時間は数年戻る。


 フィーカーテン連盟国。トラウム王国の北東に位置しているこの国の最北端には禁じられた区域があった。


 『最果ての森林』。生えている樹木はマンタレンジ大森林をもかくやという巨木ばかりで地面には一切の陽の光が差し込んでこない。出没する魔物は地上で確認されている中では最強格のものばかり。幻獣すら存在する。


 一度は言ったら生きて戻ってくることは絶対にできない。『処刑場』との異名を持つこの森林に一人の少女が捨てられた。


「〇〇や、お前の顕現した能力は危険。それこそ簡単に国一つを滅ぼしかねない程のものだ」

「?」


 幼すぎる故に少女の父が言ってる言葉の意味がわからなかった。でも嫌な予感を感じ取りはした。絶望をなんとなしに感じた。


 少女の母も続けて言う。


「早かれ遅かれ政府にはこの事実が伝わる。そうすれば〇〇の命は無いに等しい。だからせめて殺されるくらいなら私達の手で……」

「……コロすの?」


 枯れていく声、悲愴を痛いほど感じる。どれだけ策を練って、いかに少女を生きさせようと熟考して、その度に絶望したのかがわかる。それほどにどうしようも無かったのだ。少女の顕現した『天恵能力』は。


 父はむせび泣く母の肩を持ちながらこみ上げる雫を必死に耐え抜いてそして少女の目と自分の目を合わせながら話しかける。


「許さなくて良い。許されるものではない。これが終わったら証拠を抹消して私も後を追うつもりだ」


 決然とした覚悟に退く意思は感じられない。少女に自身の全力を尽くしていたからこそ、その言葉に絶対的な確証があった。


「〇〇は?」

「〇〇は殺すわけにはいかない。族長の家に預かって育ててもらう。せめて〇〇だけでも、何事もなく幸せに生き永らえて欲しいからな」


 心配そうに少女が尋ねる。彼女にとって大切な家族、幼心ながらも心配する様子に、遂に父は顔を覆う。


 だがもう限界だ。


「すまない、時間だ」

「ーーあっ」


 そうして訪れる運命の刻。その言葉が放たれると共に銀髪の少女は『最果ての森林』に放り出された。そうして門は閉められる。


「……すまない、すまない……〇〇っ!」


 覚悟はできていた。逃れられない運命だとわかっていた。それでも、それでも……


 嗚咽の声が響き渡る。周囲に人は両親以外いない。とても静かな空間、魔物すら空気を読んで足音を潜ませているのだろう。



――数日後、両親は『最果ての森林』に身を投げて、地に還った。


 託された幼い、まだ何も知らない少女は族長に預けられた。賢明で信用がある族長は少女の両親以外で唯一その顛末を知っている存在。

 彼すらその判断には何も言うことができなかった。もし匿ってるのがバレたらそれは一族の壊滅の危機につながる。それほどに重大な事態、対処法はない。一個人としてではなく、族長として止めることはできなかった。


「〇〇ちゃん」

「?」

「無能でごめんな。お前の両親を護ることも、救うこともできなくて」

「ぞくちょうさま、どうして泣いてるんですか?」

「……いずれ告げるときが来るだろう。覚悟を固めることができるのが早かれ遅かれ、〇〇ちゃん、お前には全てを隠せない」


 懺悔の心で満ち溢れている。何もわからない少女にひたすらに謝るも理解はしてもらえない。それでも謝ることしかできなかった。


 そしてこの事件は始まったに過ぎなかったということを知るのはまだ先のお話。


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