救出作戦
「はぁ、はぁ」
侑希の息遣いは荒い。現在は洞窟を入り口に向かって絶賛持久走してる所だ。
グリフィスに逃げるよう命令されて早五分。来る時とは違い上へと昇っていかなければいけない分に余計に疲れる。しかしそれでも洞窟に潜ってからたった十分の距離である。
(よし、地上だ)
時間的にそろそろ外に出れるだろうと予測していたが丁度予想通りだったようだ。太陽の光が差し込んできて眩しいがすぐに視界を取り戻させる。すぐにミシェルタの街の向きを確認して走り出す。
(間に合えっ! 近くに冒険者は……いた! でも……いや逡巡してる暇はないな)
しかし途中で魔物狩りに繰り出していた冒険者の三人組に遭遇。街に戻って応援を呼ぶよりは絶対に早いのは分かり切ってる。ここで頼まない選択は無い。
だが侑希はそれで応援を頼むのを一瞬だが躊躇った。何せ相手は強敵ブラッドウルフ、頼って受け入れてもらえるのは微塵な確率だろう。下手したらその説明時間が仇となるかも知れない。
そしてその高い確率に的中してしまう。冒険者達は侑希を見ると顔をしかめつつも、「人助けをして欲しい」と言われた時はいきり立ったが「ブラッドウルフ」と単語を聞いた瞬間に顔面蒼白となって逃げた。
(分かってたけど畜生! こんな時に何も出来ない自分が悔しい!)
そう思いながら必至に街へと駆ける、そんなところに進路を妨害するように魔物が現れる。
「━━邪魔、なんだよ! 灰になれ!【火球】!!」
しかしそんな魔物は魔法で殲滅する。もう三対一くらいでも引けを取らない、この壮絶な経験で侑希はそれほど強くなっていた。
それでも、強くなっても、助けられないのでは意味が無い。そんな声を荒げる本心にも気づいていた。
そうして数分、ミシェルタまではもうかなり近かった。それでもグリフィスが持ち堪えられる時間が三十分も満たしてるとは思えない。ここからギルドまで駆けつけるなら本当に時間がギリギリだった。
「あれっ、侑希さん……?」
そんな時侑希の目の前に救世主が現れた。想像外の人物に思わず息を飲む。
しかし出会った当時には誰が彼女を救世主だと信じただろうか。
「もしかしてイズさん?」
「あっ。……そうです。どうしたんですか、あまりにも怒気迫る表情だったものでつい……」
宿屋の銀髪少女イズだ。青に全身を包んでいて普通なら分からない。しかしイズの方から迂闊にも正体を明かしてしまった。
先の冒険者が逃げる様子と、怒涛の勢いで街へ駆ける侑希を見て彼女の内にあるハプニングセンサーが黙ってなかった。正義感が彼女の中で渦巻く。
「…… 今、大変な事になってるんだ。話してる暇は無い」
しかし現に侑希もまさか彼女が、と思って切り捨てようとしてる。冒険者のような屈強な装備や武器を持っているのならまだしもロープで果物を積んだ籠を持ってる彼女に何が出来ると……
何が出来ると…… いや待て、この場でこんな恰好をして歩いてるだと?
イズがまるで正体を悟られないかのような恰好をしていること。何かが怪しい。看板娘の恰好のように一般的に知られてるイズの姿ではない。実力を隠すためなのだろうか……
そして侑希は思い出す。二日目の朝のイズの魔法を。簡単な水魔法とはいえ無詠唱で高制御・高性能の魔法を瞬時に作り出す。更にその後治癒魔法すらも使いこなしたことを。
「大変な事って一体何ですか? そういえば侑希さん一人ですよね……」
もしかすると彼女は相当な実力者なのかも知れない。ならば下手したら、
「イズさん、実は今グリフィスさん――とにかく男性がブラッドウルフに襲われてるんです。数は三体です」
「っ! 三体……!? 尋常じゃ無いですよ!」
「だからこそこうしているんです」
「皆まで言わないで下さい。大体分かりますから。詳しい事情の説明に立ち止まってる暇なんてありません。教えて下さい、場所を」
ブラッドウルフ、その数三体。それを尋常でないと言いながらも応援に駆けつけようとあっさり決めた。しかも発言を大体読んでいて行動力も素早い。
(人生経験は思ったより凄まじいのかも知れないな)「分かりました。すぐ行きましょう!」
侑希のような平民は当然、中級クラスの冒険者でもここまで時間を無駄にしない判断力は持ってないだろう。まるで国家の騎士団兵クラスで、明らかに慣れている。
だが理由も意味もさておきこの場ではその判断力がとにかく有り難い。
途中イズの使用した【追風】と言う追い風を吹かせ素早さを上昇させる魔法のおかげでそこからグリフィスさんのいる洞窟内部まで戻るには数分と要さなかった。
道中でイズと侑希は応援の手段を考える。たとえ駆けつけても何も出来なかったらお荷物に過ぎない。思考時間まで与えられて不意打ちも出来る。これだけ好条件なら一発で殲滅させたいものだ。
「たとえ相手がブラッドウルフでも本気の殲滅魔法には抗えないでしょう。防御力無視なら特に」
「出来るんですか、そんな魔法……」
「風属性雷系統の魔法【エレキハンマー】という雷のハンマーを振り下ろす魔法なら可能でしょう。しかしそれはグリフィスさんの位置次第では彼を巻き込みかねませんし、ウルフを射程範囲に捉えられない可能性もあります」
「危険ですね…… とは言えまさかグリフィスさんが軌道上からのがれるのを待ってる猶予なんて無いですよね」
「当然ですよ。そこで少し考えていたんですが、ある一つの結論に達しました」
その作戦でしばらくイズは思案していた。雷のハンマーをいかにウルフに命中させるための方法を。そして結論は出た。
「【サイコキネシス】でウルフを一箇所に集めるのです」
「出来るのですか? この魔法はあまり安定しませんし……」
「侑希さんがここまで一人で来たのなら、それが全てです。貴方の技量は、貴方が思う以上にあると思います。それにウルフの軽い体重くらいなら……」
凛々しい眼はどこか確信していた。侑希の【神理魔法】は決して使えなくはない、神に祝福された、偉大な力を齎すことを。
それに順当な評価したとしても、ウルフのような小獣の身体なら【サイコキネシス】の力にあてて動かせることは容易に想像出来る。そして肝心のその魔法を行使できるかだが、侑希なら成し遂げてくれるだろう、との信頼のみ。
確実性には少し欠けるがそれでも良かった。
特に侑希にとっては自分の能力を否定せず、むしろ期待されることが何よりも嬉しかった。そして絶対の成功を心で誓う。
「━━弾けろ天の力、暴れよ紫電、」
移動中にイズはブツブツと詠唱を紡ぐ。この時から詠唱を紡がないと間に合わないのだ。
それに対して侑希は【サイコキネシス】を放つためのイメージ集中だ。強大な力を巻き起こすことでウルフを一箇所に集める…… それはつまり三箇所への魔力操作を意味する。しかしそれを乗り切ってみせる、侑希はやる気だ。
そうして数分、暗い洞窟の中でウルフの咆哮が響き渡る。魔力の何となく感じれる気配に感覚を研ぎ澄まし、そして色濃くなっていく血の臭いから場所を察知して何とかウルフとグリフィスさんの戦闘現場の手前にある大岩に到着。
「イズさん、これは【描画】によるハリボテです」
「魔力を感じるから土魔法かと思いましたけど……なるほどです」
そういうと躊躇いもなく大岩に飛び込む。当然、実態を伴わないとでするりと抜けることができた。
そこで真っ赤に染まった満身創痍のグリフィスが視界に映る。呼びかけの声は紡ぐ余裕はない。代わりに助けの魔法の名前を紡ぐのだ!
「【エレキハンマー】!」
イズが突き出した手の先から、目に見えて銀色の光が溢れ出す。それは彼女の斜め上あたりで凝縮をはじめ、黄金色にスパークする一つの雷槌になる。それは大きく振りかぶり、勢いを貯める。
「侑希さん!」
「おうっ!」
たった一言、それだけでもイズの照準やタイミングが目に見えて分かった。窮地で心が通じ合ったのだろうか、二人の世界はリンクする!
(範囲は一体目のいる位置を中心に三メートル程。そのサークル内に、無理矢理押し込む!)
一体目のウルフは上からの力、擬似重力により抑え込むだけで十分。引き寄せるターゲットは二体、そちらに強い集中を割き、魔法を紡ぐ!
「━━力の奔流に、呑まれて爆ぜよ、|【サイコキネシス】!」
その瞬間、圧倒的な力が顕現。圧力すら感じられそうな活力が噴き出し、狙った二体のウルフがその力に押し当てられる。
それでも二匹は必至の抵抗を見せる。足先の爪を岩地に引っ掛けて何とか耐え凌ごうと試みる。しかし徐々に引き寄せられてる。
雷槌のインパクトはもうすぐ、ここでもう一押し限界突破!
「えぇい、全てを呑み込み雲散霧消! 灰塵となれ!」
もう彼の中でウルフが雷の暴虐に焼かれ尽くされるのは確定事項。それ程強いイメージが彼の深層心理には滾ってる。だからそれを具現化するべく、ただその事象を叫ぶ。
すると深層心理と世界がリンクし始める。更に数段強まった力の奔流はもうウルフに耐えさせることをしない。勢いが強すぎて遂に地面から足を離してしまった。
と同時に雷槌が迫り来る。三匹のウルフはそのまま射程範囲内に飲み込まれたまま……
バリバリバリィッ! と激しいインパクト。雷が爆ぜる音が響き渡り、眩い光がその威力を物語っている。
中央付近に呑み込まれたウルフはさすがにこの威力の雷魔法を前に為す術もないだろう。輸血回復なんてやらせる暇さえない、これこそが殲滅魔法。
だがしかし、イズはブラッドウルフを前に過剰な威力を叩き出してしまった。
普通なら魔力を無駄に損したで済む話だが、今回はそうもいかない。
何とインパクトの衝撃で更に雷が弾け飛び、まるで波のように打撃面から波紋を広げて……
そのままグリフィスの方へ向かっていった。
(マズい!? い、今からグリフィスさんを【サイコキネシス】で持ち上げて……いや思考が間に合わない)
顔が青褪める侑希。刹那にも満たない思考時間、この考えが一瞬で駆け巡ると侑希の脳内では様々な考えが混ざってしまい、訳が分からなくなり、辿り着く結論は「しまった」の一言につきる。
戦闘経験が浅いのもある。この数瞬でグリフィスを回避させるように【神理魔法】を制御させて発動するなんて侑希には無理だった。
対してグリフィスは死を前に感じた雷撃に驚きながらも、瞬時に大体を察し取り、目を瞑りながらニヤァと口元を裂いた。そして……
飛び散った余波の雷は、そのままグリフィスを丸ごと飲み込んだ。
岩も赤熱化したのかシュウシュウと炭酸のような音が響き渡る。生を許さない雷の斜線上に残るのはひび割れた岩肌、立ち上る黒煙。
そこに助けたかった人が生きてるのだろうか、いやもう……
「グ…… グリフィスさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
侑希は内心からの絶叫を上げた。
ウルフを殺害出来た、確かにそれは良い。しかしそれでグリフィスが死んでしまえば支離滅裂だ。更にとどめを刺したのが侑希達となると心に深く抉れた傷跡が残る事は避けられない。
恩人をこの手で、殺めてしまったのか……
もっともそんな心配は快闊な声によって一瞬で吹き飛ばされたが。
「これで全滅だな。ははっ、やるな君達」
「……へ?」
その声が聞こえてきたのはグリフィスのいた丁度その後ろ側。一見すると、暗闇と黒煙のせいもあり何も無い様に見えるが、目を凝らしてみるとそこには
「グリフィスさん!」
「おぅ」
自慢の相棒『雷斬』を盾にするように構えて、後ろの壁に吹き飛ばされながらも雷撃を凌いだグリフィスがいた。
既に全身が満身創痍なものの、雷で焼け焦げたような跡は一切無い。侑希は安堵しながらも訝しむ。
その内心を見て取ったグリフィスは力を振り絞り剣をヒラヒラさせながら言う。
「雷を放てる剣が雷を受け入れなくてどうする。それに雷の貯蔵量が空いていたら当然だろ? ……まあ放出も同時にし続けなければ許容量オーバーになっていたがな。しかも放出したら後ろへ吹っ飛ぶし、いつづ……」
そういうことだ。イズの放った雷撃は、実質的にエンプティー状態だった雷斬を充電したのだ。それでも過剰に流れ込む電撃の負荷がかかった剣はアチコチにヒビが入ってる。けれど流石はミスリル製、確かに使い手の命を守った。
しかし無理が来たした。思わず意識が飛びかけ首もガクッとうなだれてしまう。大丈夫を装ってるが状態は相当厳しい所だ。出血多量は今すぐ処置が必要である。
「ははっ、天のお迎えは事後に来たようだな」
「何弱気な事を言ってるのですか! か、回復魔法を唱えなければ」
「無理に適正のない事をしなくて良い。失敗したら下手したら我が身が飛ぶぞ? 魔力暴発によってな」
「っ」
【生命属性】に区分される回復魔法は癒しを齎す反面、非常にリスキーだ。失敗すれば暴発した魔力が相手にダメージを与えかねない。天の奇跡と言えし所業だから当然の対価だ。
そして侑希にはどうしても回復魔法の明確なイメージが思い浮かばない。しかも局所的治療ならまだしも全身の傷を塞いで折れてる骨も直したりしようとすれば経験が圧倒的に足りない。回復魔法は適性がなかったようだ。
だからこそ、救世主は二度救う。
「侑希さん、ここはどいて下さい」
「イズ……さん」
「私は光や雷の魔法は得意です。だけど本当は、私の真価はそれでは無いですから」
そう言いながら侑希に向かって微笑んで言った。
「最高適正、言い換えれば天職は『治癒術師』。体力回復に限らず人々を支援する、それが私イズ・ミレイムですよ」
ここにいるのは成人男性一人。集団回復魔法や超回復魔法を使用するわけでも無いなら端的な詠唱だけで十分。
イズは支援魔法に対して、常人を遥かに凌駕する適正を持っていたのだ。
「━━降り注ぐ天の恵み、【ハイヒール】」
直後グリフィスさんの座り込んでいる場所に魔法陣が出現。それは銀色で神聖さを感じる光を爛々と放ち続ける。
それを三十秒。
「うぐっ…いつつ…」
回復術の効果が適用された後には、傷口の塞がったグリフィスがいた。
しかし攻撃の跡等は神経にいまだ響いてるし、骨等の修復はあくまで軽いものであり万全では無い。無理に動く事が出来ないのは変わらない。
それでも命は確かに救われた。窮地は確かに脱したのだ。
「グリフィスさん……生きてて良かった!」
「うぉぅ、派手に喜ぶなぁ。まあ、確かにここ最近では一番のピンチだったが、冒険者に努める以上は逃れられない運命だ。いちいち喜んでいては精神が持たないぞ?」
「それでも良いんです! 恩人ですからー!」
「そ、率直にそう言われると反応を返しづらいな。中々直接言われる事は無いからな…… でも確かに今、報われたと思ったぞ」
感動と安堵から思わず侑希はグリフィスに飛びつく。少年とナイスガイなので罪では無い。例えるならば親子だ。親子に似た雰囲気がこの空間に漂っていた。
そんな様子をイズは外から見つめる。それに気づいたグリフィスは痛む体に鞭打ち立ち上がると一礼をした。
「ありがとう、イズ・ミレイム殿。命を救ってもらった事、この感謝は決して忘れぬ」
「律儀ですね。そんなの気にしなくて良いんです。これが『治癒術師』の本来するべき仕事ですから」
謙遜するイズ。顔には如実に表れていた。救うべき命を救えた事への誇りと安心感が。
(治癒術師、イズ・ミレイムかぁ……)
彼女を見つめる侑希の眼差しには明らかな敬意が混じっていた。
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