冒険者のお仕事




 侑希が異世界に転移してから一週間が経った。


 今日も今日とて、侑希はギルドの訓練場で魔法の鍛錬に励んでいた。ここ数日で蓄えた魔導書に書かれてある技術もフルに活用することで、初級魔法なら大分文句のつけようが無いレベルにまで達していた。


 サミラももう侑希の異端さを受け入れることにしたらしい。今では鍛錬の見守りは仕事の合間を縫ってしている。さながら部活の顧問みたいだ。


 そして今はサミラは休憩らしい。侑希の鍛錬を見守っていて、目に見えて洗練されていく侑希の魔法に満足気にうなづいていた。

 と、そこでふとガチャッと音がしたと思ったら、グリフィスが訓練場に入ってきた。こちらは転移初日に草原であった時と同じように鎧を着込んでいる。


「よう侑希君。調子はどうだい?」

「あ、グリフィスさん! それはもちろんバリバリですよ!」

「そうか。サミラ、どんな感じだ?」

「一言では表せない技量ね。もう天元突破」

「はは。度々、こっそり見ていたから知ってるけど」


 グリフィスは適当に会話を交わすとすぐに侑希の方に向き直った。どうやら用事があるようだ。


「魔法行使は順調のようだね。ならば少し、『遊び』に出ないか?」

「『遊び』ですか」

「なに、今日もちょこっと暇があってだな。所詮は暇つぶしだよ」


 そうグリフィスが提案した内容とは……


 ~~


 それから一時間ほどして、


「それでどうしてトラウマを掘り返すんですか?」

「なにトラウマは克服するものだろ? それは古来からの常識やぞ」

「いやそうですけど流石にこれは……」


 侑希とグリフィスはミシェルタの街の壁を越え再び草原に出ていた。

 太陽の光が燦々と降り注ぐ中侑希は愚痴る。グリフィスは相変わらず快闊に笑う。と言うのも、


「オーガ討伐は無いんじゃないですか? 俺、先週ヤツに殺されかけたんですよ?」


 『遊び』とかグリフィスが言っていたその内容はオーガ討伐のクエストだった。少々いやらしいところを持っているグリフィスである。


「冒険者たるものクエストを受けるのが主な職務。確実に食べていくならその分達成しなければいけないクエストだってあるんだぞ。ここらで過去を乗り越えなくてどうする」


 これは侑希が自給自足してもらうためには超えるべき壁だ。今、『神に捨てられた勇者』と蔑まれてる侑希をギルドはいつまでも庇護していられない。一定の期間が過ぎたら、クエストを受けるなどして自給自足してもらわなければ困るのだ。


 もちろんそれ以外に仕事はある。ただしクエスト受注ができるならそれをするに越したことはない。もちろんリスクはある仕事だが、そこのラインを見極めれるなら安定した生活が可能だ。


「だからと言ってゴブリンとか練習相手は他にまだいたのでは? なぜオーガが対象なのですか」

「大丈夫だ、今の侑希君なら死ぬ事は無い」

「精神的に死にそうですが……」


 ちなみに軽く言ってるが今から行われるのは魔物の討伐。この世界での魔物討伐の感覚はニホンで言うと熊や猪など害獣を殺すレベルに匹敵するだろう。


 でも結局は命を奪うことは必然。その覚悟が無いなら冒険者は当然向いていない。生きるため、と割り切る心を持てるか、侑希にはそれがあった。


(まあ今更魔物狩りで後ろめたい気持ちは持たないけどね。現に俺も先週襲われていたところを助けてもらった訳だし。ああやって人を襲う以上誰かが血に濡れても戦わなければいけない)


 侑希は一度死にかけた。それのせいか、魔物に敵対することへの抵抗心が消えていた。やらねばやられる、この世界の摂理だと直ぐに悟ったのだ。


 それならいくら御託や言い訳を並べたとしてもこの血濡れた仕事から逃げることしないのだ。


(殺害したら血が噴き出る。脳髄もビチャビチャと漏れるかも知れない。強烈な臭気が鼻を潰すかも知れない。なら事前イメージだ。過剰にでもイメージしておけば案外何とかなる)


 あえてここで無残という一言では表せないほどのイメージを浮かべる。侑希とて殺害に何も覚えない人間じゃないしもちろんそれは始めての行為。このような準備が無いと到底心が耐えることは出来ないだろう。


「さて今日のソルティル草原の様子はどうかな?」


 ソルティル草原ーーこの大草原の名前だ。

 しばらく草原を歩いていたがグリフィスの表情はあまり良くなかった。


「どうしたんですか? 顔が渋いですよ」

「それは褒め言葉かな?」

「いや違います『……ですよねー』。あっそういうことでは! 決して否定してる訳では!」

「分かってるよ。いやな、ハズれ引いただけだよ」


 そうグリフィスが指差す先にはこの前とかわらず若緑色の海原が地平線までと思えるほどに広がっていた。所々に魔獣と思えし影が見えるのだが、


「明らかに数が少ないな。おかしい、この時間帯なら夜の間に洞窟や森から這い出てきた魔物とかで溢れてるのだが今日はやけに数が少ない」

「不漁ってことですか?」

「あながち間違いでは無い」


 そういうことだ。本来はもっと気持ち悪いほどにウジャウジャと魔物が湧き出ているのだが、今日は目に優しい程度の湧き加減なのだ。本来を知らない侑希に取っては想像も付かないが。


「それに魔物が異常発生するという事態に見舞われている現在、ここまで魔物が湧いて無いとなるとそれもまた異常事態だ。まあ昼頃になれば大体は落ち着くのだがな」

「ということは、先週俺が助かったのは割と奇跡……?」

「そういうわけでもない。前もサミラは言ったと思うが、【身体強化】による強大なオーラを感じ取ったのだ」


 そんな会話を交わしながら目的地に到着。

 ここは周りより少し高くなっていて周囲の景色が一望出来る。そして魔法を放つならうってつけの位置である。


「侑希君、適当な魔法を魔物に繰り出してみると良い」

「ええっ、初級魔法で良いんですか?」

「駆け出しの魔導師なんて皆そんなものだ。遠距離攻撃、しかも魔法を使えることに意義があるってものだ」


 グリフィスの言葉で感覚が麻痺していたことを感じる侑希。もっとバンバン、それこそ中級や上級レベルの魔法を乱発するイメージを抱えていたが現実はそんなチート地味ていることはない。


 草原で攻撃するなら火属性だと物理的に炎上しかねないだろう。一応制御は効くのだろうが自信は無い。無難に水属性か風属性あたりが良いだろう。


「━━切り裂け虚空、【風刃】」


 そう言葉を紡ぎ侑希の目の前に出現した一つのカッター。風で出来ているそれの切れ味は包丁に匹敵するだろう。それに指向性を持たせる。狙いはあのオーガ、ターゲットロックオンだ。


 エイムはバッチリ。FPSとかは好まない侑希だが技術はある。指定ラインから対象が外れないうちに【風刃】を飛ばす。


 パシュッ! と弓矢を放つような音を立てて放たれ、一閃してオーガの首筋に直撃。そのまま横凪ぎに傷を残しそこから鮮血が泉のように噴き出る。


「中々の腕前だ。とても異世界から来て一週間とは思えない」


 グリフィスは面白げにそれを見ながら、脚に力を溜め込むと一気に駆け出した。

 風と見間違える速さまで加速し、一気にオーガに急迫すると遠心力と共に首の傷口に追い討ちをかける。


 剣斬一閃。一気にオーガの首が刈り取られた。

 肢体と頭部を引き離されたオーガは中々にグロい。「前よりも殺し方が派手になってるぅ」と顔をしかめながら耐え忍ぶ侑希。


「ふっ、これが上級冒険者の実力だ」

「は、速すぎる」

「まあ普段はここまで加速しないんだけどね。せいぜいサミラとフィニッシュを争った時に加速したくらいか。ちなみにこれは【縮地】という技能の一つで、下手に使うと体が速度に追いつかず自壊しかねないぞ」


 草花が朱色に染められていくのを眺めていたらいつの間にかグリフィスが側に戻ってきていた。ここからオーガまでの距離は優に五十メートルはあっただろう。それを短距離のオリンピック出演選手並の速度で駆け抜けたのだから驚いて当然だ。


 ちなみにこの距離間を狙い狂わず首を切り裂いた侑希の技量は・・・・・・凄いものがある。魔法が拙いと威力や速度をたもてず途中で軌道が逸れることが多い。これも鍛錬の賜物だ。


「さてこの調子でどんどん狩っていこう。残ってる奴を全て狩るだけでもまあおやつ程度にはなるだろう」

「あんまりですね」

「まあまだとっておきの穴場があるから心配するな」


 魔物狩りは再開した。



 ◇◆◇◆◇◆




「そこだっ! ━━純白の聖なる輝きよ、【閃光】」


 ピシュッ! と侑希の右手の人差し指先から放たれた一筋の光。それは破壊力を持ちそれは目に直撃すると焼き焦がす。

 患部から立ち上る黒煙が哀れさを誘っている。だが慈悲は断る、とばかりにグリフィスはとどめを決めていく。


 今放った魔法【閃光】は火属性の魔法だ。だがより細かく分類すると”光系統”という言い方が正しい。

 光系統は火属性というくくりに含まれる系統で、名前の通り光に関する魔法を指す。その中でも初歩的な魔法が、今侑希の放った【閃光】だ。


「憤慨馬の目が焼かれてたね。悲しい言葉が心に直接伝わって来たよ」

「あのムスッとしてカーッなった人の叫び声ですか、……と言っても分からないですよね。それでもとどめを刺したのはグリフィスさんですから、やはり俺の実力はまだまだですね」

「そんなことは無い。侑希君の魔法は徐々にとは言えないレベルで向上していってる。恐らく侑希君のレベル自体が上がってるのだろう」


 真紅が刃を染めた剣を構え、返り血を口元に浴びながら快闊に笑うグリフィス。まるでピンチに成りながらも勝利を得たヒーローのようだ。

 しかしなぜだろう、ドヤ顔してくるところが地味にイラッとくる。


(それはいいとして憤慨馬のネーミングセンスの方が哀れだよなぁ)


 今侑希とグリフィスさんで狩った魔物は憤慨馬という。鼻息が常に荒く目の周りが真っ赤、そして切れ長の目を持っている様子が憤慨してるように見える事からそう名付けられた可哀想な馬である。

 とはいえ馬なので素早さは速いし一蹴りで生身の人間を致命傷に追い込む事も出来る、油断ならない魔物だ。


(そしてレベルアップか、とどめを刺さなくても経験値みたいな奴は獲得できるんだな。あれか、討伐参加ボーナス。それか単に攻撃の報酬か)


 それでも侑希を時間経過につれ余裕にしてるのはグリフィスの推測通りレベルアップが原因だ。今ステータスカードが手元にないため確認することが出来ないので詳しい数値の変動までは知れないが。


「さてと……ここら一帯の魔物は狩り尽くしてしまったな」

「総計で十五体ですね。数としては多いんですか?」

「二人で狩れるだけには少ない。というかこの量なら一時間あれば達成できるだろう。あくまで通常時ならな」

「それほど魔物が少ないんですか」


 周りは草原と岩肌のみ。魔物の影はそこにない。吹くそよ風は魔物の遺した血の臭いを運んでくる。


「忘れたか? まだとっておきの穴場があるという事を」

「そういえばそうでしたね」


 グリフィスはどこかへ歩き始める。


 十五体、いくらグリフィスのような冒険者とタッグを組んで討伐したとはいえまだまだ初しい冒険者ならここらで撤収しても良い頃合の数だ。


 しかしそれでも終わらないのは侑希の余力をグリフィスが正確に判断してるから。むしろ力が余りすぎてるのを見て内心で苦笑いなレベルだ。


 魔物のいない平原を数分歩くとクレーターのように地面が凹んでいる場所があった。そのクレーターから横穴が続き洞窟となっている。


「ここには経験値が美味しい魔物がよく生息してるんだ。さて今日もボーナスタイムと行こうか」

「ウハウハが止まらない、て具合ですね」

「まさしくそのままだ。すぐにその現実を知るだろう」


 違う意味ですぐに現実を知る事になるのだが、二人は当然知るよしがない。


「明るいですね。淡く緑色に天井が光ってるような」

「そういう鉱石が至る所に散りばめられているのだ。ランプや光魔法がいらない面でもここは穴場だ」

「他の冒険者とかに見つかったりしないんですか?」

「この周囲に近寄らなくても魔物討伐は出来るからな。わざわざここに来る理由も無いのだ」


 秘境や穴場とは人々が気づかないからこそ存在する。改めてその常識を思い出した侑希。


 そうして更に十分。思ったよりも深くまで潜っているようだ。しかし一向に歩みを止める様子を見せない。そのことを訝しんだ侑希はグリフィスに問う。


「あのグリフィスさん。どこまで潜るんですか?」

「……」

「汗かいてますよ?」

「なんのこれしき」

「深いせいかここらは涼しいですよ? 汗をかくほど蒸し暑くなんか無いですよね」

「なにをいってるのやら」

「答えてください」

「ぐっ」


 グリフィスの不審な態度を見逃さない。かの陽柰のようなジト目で問い詰める。


「いやな。魔物があまりにもいなくてな」

「そういえばまだ遭遇してませんね」

「奥地の方に引っ込んだかと思ってな。それにしても潜り過ぎたか、いないのなら見切りつけて引き返そう」


 洞窟なら魔物は幾らでも潜んでいそうなもの。しかしここに潜るまでに一体も見かけていない。某クラフトゲームの知識がある侑希は「ピースフルでの洞窟探検やな」とか思っていたがよくよく考えればおかしい。


 だが次の瞬間、そんなことを考えている余裕すら一瞬で消え失した。


「ガルルッ!」

「ガルルッ!」

「ガルルッ!」


 狼の咆哮がその場に響き渡った。


「ちょっと待て、狼とかいたか?」

「いやーな予感がしますね」

「そうだな。あまり言いたくないのだが狼系統の魔物は結構強いのだ」

「本当に言わないで欲しかったです」


 そう会話しながら後ずさりを始める二人。グリフィスでもこの状況で狼複数と相手するのは危険だと判断した。


 しかし獣の五感は伊達では無い。残留した臭いと反響した会話を頼りに二人の居場所を即座に察知したのだろう。気配が近づいてくるのを感じる。


 暗闇の奥にルビーが見えた。いやこれは紅く輝く狼の目。六つあるから二で割ると三体分!


「まさか、ブラッドウルフか!?」


 グリフィスの焦りに満ちた声が洞窟内を反響した。

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