大司教の疑問
ミシェルタの中央部に建つ白亜の建物、『光輪教会』のミシェルタ大聖堂。
今日も敬遠な信者が、大広間の壁に大きく描かれた”絶対神アブソ”を拝めている。
そんな様子を大司教バーンザックは階上から眺めている。その様子は一見すると、信者の絶えることのない崇拝を見て、その対象の絶対神へ畏敬を感じてるように見えただろう。
「大司教様」
「……」
誰かが大司教を呼ぶ。しかし彼はそれに答える様子は無い。
無視しているというわけではなく、考え事に没頭しているため聞こえてないだけのようだ。仕方ないので、もう一度尋ねる。
「大司教様」
「……おぅ、用事か。すまない、ちょっと考え事をしていた」
二回目はちゃんと応じる。話しかけてきたのは大司教に仕える一司祭だ。
「報告です。例の客人が一か月後にミシェルタを訪れる予定があるとのことです」
「ほう、承知した。時期に合わせて歓迎の準備をせよ」
「御意に」
司祭は伝えたい要件も伝えたことだし、珍しい大司教の思慮にふける理由を尋ねる。
「……あの奴のことを考えておられたのですか?」
大司教は賢明だ。だからこそここまで深く考え込むなら、きっとあの奴……侑希のことなのだろう。
「まあな。神に召喚されるというこの上ない名誉を賜いながら、それに似合わない能力…… 不可解だと思わないか?」
「と、おっしゃいますと?」
そして賢明だからこそ、不可解な点を見過ごすことができない。司祭は詳しく問ってみる。
「もし彼の者が本当に”勇者”の使命を携えてこの世界に下ったとするならば、こんなに弱いはずがあるか? 神敵を薙ぎ払う、圧倒的な覇の力こそ勇者に携わせてなんぼというものだ」
それは昨日も大司教がゴライアスとの問答で言っていたこと。それでは辻褄が合わないのだ。
「”勇者”という使命を果たすには絶対的な力は必要。現に【神理魔法】というのはそれなのだろう。……しかし【サイコキネシス】は、術者の器……高いMPがあってこそ成り立つものだと思ってる」
「彼の者は情報を見る限り、ただの一般人と同等のステータスしか持っていませんが」
「それが不可解なのだ。じゃあなぜ、そんなただの一般人に神の祝福と言えし伝説の能力が備わっているのだ?」
つまり”平凡なステータス”と”【神理魔法】という伝説の能力”、この二つの要素が噛み合ってないのだ。
ただ不慮の事故でこの世界にやって来ただけの”異世界人”なら、それに見合ったステータスだと言える。ニホン人がこの世界の人に比べて一線をかくほど優秀だということはない。
そして【神理魔法】という力を持つなら、その真価を十分に発揮できるような、恵まれたステータス値になってるはずだ。何せステータスというのはその人の能力の指標で、最初から持ってる【技能】や【属性適正】はその人の才能を表すのだから。しかし侑希はそうではない。
二つの要素がクロスしている、それが侑希だった。
「それに侑希、アイツと初対面したときに仰々しい魔力を感じたのも一つの疑問点だ。おそらく【身体強化】の類なのだろうが」
「侑希殿はこの世界について無知のようですし、自分の意思で【身体強化】を発動したのは考え辛いですね」
「その通りなのだ。おそらく、
これはサミラが言ってたことだ。もちろんミシェルタ有数の実力者でもある大司教がそのことに気付かない訳がない。
そしてまた大司教はサミラより上を行ってるため他に気付いたことがある。
「ただその張り巡らしてあった魔力からは、神聖さを感じなかった」
絶対神の魔力となれば、それは畏怖せざるを得ないほどの神聖さを感じることだ。ただ大司教は、侑希にまとわりつく魔力から神聖さというものを感じることができなかった。
彼も敬謙な神の信徒であり、また大司教として長らく神の威光を拝してきた以上は、それが勘違いである確率は限りなく低いだろう。
つまり、侑希にまとわりついていた魔力は絶対神のそれではないのだ。
「それって……」
「ただ召喚できる存在なんて我らが神以外にいない。それが矛盾になる」
ゴライアスが言っていたことだ。召喚は人智を凌駕した、まさに”神の奇跡”というべし所業なのだ。
だからこそ大司教も、最初に侑希の情報を聞きつけた時は期待したわけなのだが……
「不可解な点が多すぎますね。大司教様が思慮にふけるのも分かるというものです」
「だな。……まあ何にせよ、長星 侑希。彼の者は危険な予感がする。放ってはおけないのだ」
まだ現状では特に焦ることは無いのだが、それでも気掛かりな物は気掛かりだ。悩みの種は早いうちに潰しておきたい。それは司祭も同じ気持ちだった。
「とにかく、もう下がって良い」
「御意」
大司教は再び思慮にふけるべく、司祭に下がるように命じた。司祭は素直に従い、一礼するとその身を退かせる。
(長星 侑希。一体お前は、何者だ)
大司教の最大の疑問は、そこだった。
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