対応の表裏




 ギルドの食堂で昼ごはんを注文して、空いてる席で食べる。


 ただそれだけの行為なのに、


「なぁ、アイツが……」

「聞いた話だけどな……」


 周囲の冒険者の目線が異常なほどに飛んでくる。


 大司教が声高々に悪名を宣言しただけはある広まりっぷり。ミシェルタは広い街とは聞いていたが、この調子なら一週間も立たないうちに街の隅々にまで広がるのだろう。


 それにしても視線がうるさい。御飯を食べてるだけなのに凄い目立つ。恥ずかしさと鬱陶しさが同時にこみあげてきて、イライラが溜まる。


 そもそもギルドの食堂にいる冒険者の数自体が多い。というのもどうやら最近ミシェルタは「魔物が大量発生する」事態に襲われているらしい。この季節にしては魔物が例年より多いから冒険者達も稼ぎ時だとばかりに仕事をしている。


(……これを無視できるくらいの余裕が欲しいなぁ)


 そうは思っても、”神に捨てられた”かどうかはさておき、『勇者』にふさわしくない能力しか持っていなかったので仕方がない。


 結局、数分の間、視線を浴び続けながらご飯を食べることになった。だからそれから逃げるために、できるだけ「我関せず」を貫きながら、今後の予定を考える。


(さてこれから訓練を続けても良いけど、魔法を使うとかなり集中力とか使うんだよな……)


 訓練以外で午後の時間をつぶすなら、街へぶらりと出てみたい。昨日グリフィスからもらった荷物一式の中にミシェルタの地図も入ってるので、それを取り出して眺める。


 ギルドを中心に役所や領主邸、闘技場や公民館などの建物、市場や宿泊施設まで事細かに書かれている。どれも目を引かれるものばかりだけど、今優先することでは無い。


 他に無いかな、と地図を巡らせているとちょうど良い建物が目に留まった。


(ん、ミシェルタ国立図書館? かなり大きそうな建物だな……たくさん本が置いてあるのかも知れないな)


 図書館だ。本が収められている建物、それすなわち知識の宝庫だ。


 郷に入れば郷に従え、しかしそれにはその郷を”知る”必要がある。ゲームでも最初にルールや操作方法を確認するのは大事なのと同じだ。

 だからまず図書館で色々な本を読んで、必要な知識を身に着けていくことは魔法を使えるようになること以上に大事だ。


(よしっ、行き先決定!)


「おい、そこの坊ちゃん」

「へ?」


 すっかり自分の世界に没頭していたらしく、そんな侑希を呼ぶ声でようやく意識を取り戻した。

 見上げてみれば、そこには深い皺の刻まれたエプロン姿のおばちゃんが、


「食事終わったなら早く下げてくんな。後が詰まるから」

「は、はい。すいません」


 どこの食堂でも常識のマナーだ。すっかりやらかしたことを反省しながら、急いで食器の返却場所へ侑希は向かう。


「あーあ、怒られてやんの」

「常識がないの、当たり前よねー」


(くぅぅぅぅぅ! 反論できないぃぃ!)


 そこに当然のように後ろ指をさす冒険者達。侑希は取りあえず聴覚をシャットダウンして、風のように素早く食堂を後にした。




 ◇◆◇◆◇◆



 ギルドを出発して二十分、侑希はミシェルタ国立図書館に着いた。


(ギルドほどでは無いけどこちらも凄いな)


 相変わらずの石造りは遺跡のようだが中に入ってみると色の濃い、暗い色の樫の木材などがふんだんに使われていた。照明の光も周りの色のせいか弱くみえる、ちょっとビターな空間だった。


 太い柱のところに何かのプレートがある。見た目はまんまIp○dだ。

 近づいて表示されている文字を読んでみると『図書館の本一覧』と書かれていた。どうやらこれはよく図書館とかである検索用パソコンのようなものらしい。


(そんでどうやって使うんだ? 反応は無さそうだし、っと何だ、そばに『カードを置いて下さい』と書いてあるのか)


 利用方法はそばのパッドの上にステータスカードを置くだけ。

 置いた瞬間にパッドに魔法陣みたいな紋様が表示され、一瞬だけ淡青色に輝いたかと思うとプレートに『イラッシャイマセ、ナガホシ ユウキ サマ』と表示された。


(なかなか高度なテクノロジー…… 科学に引けを取らない魔法ってか、それも面白い)


 そんなことを思いながら『本のジャンルから検索』をタップする。ジャンルは魔法だ。その中で更に魔法基礎と書かれてるジャンルをタップ。

 画面に表示された本はどれも基本に通じている。しかもこれらの本は同じ棚に収納されてると来た。


(場所はCの本棚か。なんだ割と近くじゃん)


 その場所を図書館内地図で確認してレッツゴー。広い図書館だから移動に一分ほどかけて到着、さて何の本から読んでいこうか探していくことにする。


 とりあえずあの『魔法のスゝメ』が目に止まったからそれにしよう。どこかで似た題目を見た気がするが気のせいだろうとスルーする。


 ~~


(ふむふむ…… ここで前に書いてあることとつながるのか)


 それから数時間、ひたすらに侑希は本を読みふけていた。

 手に入る知識が全て新しいことだから興味が絶えることもない。知識欲にどこまでも素直で、すっかり新しいことを取得する快感に魅せられていた。


 読んだ本はこれで二冊目だ。もともと侑希はニホンにいたころから本は読む人で、読むスピードはそこそこ速い。それに頭もとりわけ悪いという訳ではないしラノベの知識もあるのですんなりと本を読み進めれていた。


 ということで三冊目に移動しよう、と思い席を立ち、もう一度Cの本棚に向かっていたら、予想外の人と遭遇した。


「ん? イズさんっ」


 銀髪エルフで宿屋の娘のイズだ。図書館だから声は控えめにしながら、近寄りながら話しかける。

 イズは本を抱えながら歩いていたが、ちゃんとその声は聞こえていたらしくチラッと侑希の方へ顔を向ける。


「こんなところで奇遇ですね。本を借りに来たんですか?」

「……まぁ」


 続く侑希の言葉に、歩く足は止めずに肯定するイズ。


「どんな本ですか? 俺にはまだよく分からないですが、大体の内容だけでも……」


 しかし侑希が話しかけてもイズと目線が合うことはない。むしろイズの歩くスピードはより速くなっている。

 昨日との態度の違いに侑希が訝しむような表情をしてると、イズはキッパリと告げた。


「図書館ではお静かに。……それ以外に私から話すことはありません」


 感情を感じさせない表情のまま、静かにハッキリと言った。それを聞いた侑希は少なくないショックを受けていた。

 確かに行動が馴れ馴れしかったかも、とは思うがそれでも昨日と大きく違う態度は納得がいかない。


(きっとここが図書館だから、規律に厳しいイズさんは静かにするよう言ってるんだろう……きっとそうだ)


 大きな鐘が鳴り響いたときのように頭が揺れ、とりあえず思考をそれで固める。現実逃避ともいえるだろう。


 集中が切れてしまった侑希は、時間も良い頃合ということで、数冊の本をまとめて借りて宿屋に戻ることにした。




 ◇◆◇◆◇◆




(っと、そろそろ夕食にするかな)


 それから自室でしばらく借りた本を読んでいただが、腹の虫がそろそろ夕食の時間になることを教えてくれた。

 早速一階の酒場へ降りて、空いている席へ。今日は人はそこそこにいるらしく、誰も座ってないテーブルが無かったので仕方なく相席に。


「? ……」


 おどおどしながら、申し訳なさそうに侑希が座ったのに相手の人も気づいたようで、チラッと横眼で侑希を見るとすぐに考え事にふけってしまった。


 さて今日頼むメニューは既に昨日のうちに決めている。早速呼び鈴を鳴らしてイズを呼ぶことに。それにこの空間に長くいるのもいたたまれない。


 チリ~ンと凛とした音が響く。するとせっせとオーダーに勤しんでいたイズはさっそく気づいて侑希の方へやって来る。エルフ特有の長い耳は聴力を上げるのだろうか。


「ご注文は」

「ウサギ……じゃなくて、この【ソイ鳥のトマト煮】で」

「分かりました」


 この忙しい中だからか、イズのウェイターも昨日と比べて素っ気ない。注文を聞くなり無駄話は一切せず、スタスタと厨房へと向かっていく。


 仕事熱心なのだが、なにかが違う。感じる雰囲気も昨日より冷えたもので、温厚さをあまり感じない。

 この態度の落差には欲張りと分かっていてもさすがに不服さを隠せない侑希。


 と、そこで相席の人が安心したように、また嘲笑うかのように口元をゆがめながら話しかけてきた。


「良かった。いつも通りで」

「いつも通り?」


 ただその言葉の意味が分からない。一体なにが”いつも通り”なのだろうか。そう尋ね返すと、相手もまた答える。


「イズちゃんは普段は物静かなんだよ。人を叱るときはもちろんめんど……その限りじゃないけど」

「あまり人と話さないということですか?」

「その通りだね」


 あまり人と話すことはないからこそ、昨日あーやって侑希とずっと話していたことが、イズのことを知ってる人にとっては不思議で堪らなかったらしい。

 しかし今日はこうして、いつも通り・・・・・の対応を取っている。これが見慣れたイズの姿だ。


「昨日は情けでもかけてるんじゃないかと思ったけど、その通りだろうね。……淡い期待だったね、”勇者”君や?」

「……くそっ」


 昨日の優しい態度はやはり偽りだったのか。

 やっぱりイズも街の人と同じく、内心では侑希のことを嫌っていたのだろうか。


 裏切られたような気分になり、思わず悔しさを吐き捨てる。


 とそこにタイミング悪くイズが料理を持ってやって来た。


「はい、注文の品です」

「……ありがとうございます」


 相変わらず冷ややかに、淡々とした所作で料理を置いていく。その美貌ながら感情を感じない表情だと、まるで人形のようで、不気味だった。


 侑希は氷の棘を首筋に当てられたかのような、そんな錯覚にあてられる。礼は言うが、どうしても本心からの声にはならない。

 

 周りから感じる目線も冷たい。一昨日までは春のように暖かい空気の中で暮らしていたのがウソのように、寒気と目眩も感じる空気だった。


(つら…… 信じられるのはグリフィスさんとサミラさんだけなのか? いやもしかして彼らですら……)


 思わず疑心暗鬼になってしまう。一人知らない地に飛ばされてしまい、そこで周りの人から常に敵視され続けているのだから無理もない話だが……


 取りあえず嫌な思考を忘れるために飯にがっつく。

 昼も夜もこのままでは落ち着かない。できることなら自室で食事をしたい、と思う。


「っ、ごほっ」

「うわ、汚いっ」


 急いで食べていると、喉に引っかかってしまい思わずむせてしまう。周りの人が何か言うのはどうでもいい。おさまらない咳き込みが辛い。今すぐ水が欲しい。


 とそこに、トンッという音を立てて水の入ったコップが置かれた。


「……? あっ」


 置いた人はイズだった。流れるような動作で水だけおいて、またすぐにウェイターの仕事に戻ってしまった。

 と思ったら、イズは侑希の方を振り向くこともせずに何かを投げた。それはどうやら丸めた紙のようだ。


 その紙を開いて、書かれてる文字を【言語理解】の能力で読み取ってみる……


「……」


 そこに書かれていた内容は、侑希にとってとてもありがたかったこと。まるで内心を読まれたのか、と錯覚するほどに的確なとある提案だった。


 そこでチラとイズは侑希を横目で見る。それは確認のためなのだろう。


「……ありがとうございます」


 侑希はうなづきながら、礼を述べる。


 それにイズは表情は変わらないままだが、小さくサムズアップして返した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る