目覚めの兆候




━━小さな火球が揺らめいていた。


 そう、これは紛れもなく火属性魔法。適正のない属性の魔法だ。


(て、適正無しで……? え、適正なかったよね? 魔法適正、彼は持っていなかったはず……あれ、あれ?)


 追い討ちを喰らい絶賛混乱中のサミラ。

 確かに彼は”勇者”と呼ばれる異世界人で、他の人とは一線をかく高い知識を持っている。だからサミラの言葉を飲み込むように理解することができる、そこまでは百歩譲って問題無い。


 とは言っても、魔法をすんなり使えるかどうかはまったくの別問題。確かに一般人よりは有利だが、そこは完全にセンスの領域。


「ねえ侑希君、ちょっとステータスボードを見せて?」

「えっ、はい」


 サミラは何か思い当たる考えがあったようで、それを確かめるために侑希にステータスボードを持ってくるよう命じる。


 侑希は鍛錬場の端に置いていた鞄からステータスボードを取り出すとそれをサミラに手渡す。サミラは侑希のステータスボードを見て、信じられない事実を目にした。


「【火属性魔法】と【水属性魔法】の項目が増えている」

「どういうことです?」

「つまり適正が増えている。でも適正は元来産まれたときに決まるはず。一体どういうこと……」


 わけがわからないよ、と言いたげなサミラの表情だ。彼女はギルド職員としていろいろな事例に関わってきているが、それでも初めての事態だ。

 一体何が要因で彼は属性を手に入れたのだろうか。いやもしかしたら目覚めたのかも知れない。色々な推測が頭の中で駆け巡る。


 しかし侑希を置き去りにして一人思考の海に沈んでいたことに気づき、話題を逸らすべく提案を持ちかける。


「それじゃ他の適正がある属性――水属性はどうなの?」

「えーと、挑戦してみますね」


 水属性魔法も風や火と同様に、とあるコツに基づいて行使すればできるはずだ。もはや侑希がかつて属性適正を持っていなかったことは置き去りにしてチャレンジする。


「━━透き通る宝珠よ、【水球】」


 スっと瞑目し、集中を高めると声を響かせる。するとそれにリンクするように、空中にフワフワと浮かぶ水のボールが浮かび上がった。


 二流以上の魔導師から見たら失笑するほどに拙い練度ではあるが、確かに使えてることには変わりない。しかもそれが練習してないぶっつけ本番とかなら尚更だ。


「……ありえないでしょう?」

「そ、そうですか……? 俺としては、魔法が”エネルギーの変換”ということで合理的に考えてみただけですが……」

「合理的?」


 例えば火属性なら、魔力というエネルギーを一気に熱エネルギーに変換する感覚だ。そして持続させるため、酸素を送り込むように魔力も送り込む。


 そして水属性なら、魔力で空気中の水分子を凝縮させる感覚だ。要するに液体として具現化すれば良いので、気体としての水なら空気中に広がっているからそれを利用すればいい。


 風属性はさっきの通り、魔力の流れを空気の流れと同じように捉える感覚だ。そう思って魔法を使えばすんなりと上手くいった。


「そして土属性は?」

「土属性は、ちょっとピンと来ないです。ボヤけているというか、鮮明なイメージが思い浮かばないです」

「うん、それが普通よ」


 サミラの目が笑ってない。何かを悟ったかのようなそんな表情をしている。侑希の顔を冷や汗が撫でる。

 侑希の才能は想像を超えてることが判明した。練度が拙いのは、これから良くしていけばいいだけ。


「多分、この調子だと属性魔法は鍛錬あるのみね。自主練でもできそうだし、そうね…… なら【神理魔法】にチャレンジしてみる?」


 その言葉に侑希の目が輝いた。


 色々と批判を受けてばっかだが、やはり侑希を表す代名詞の能力の片割れ。それだけは最低でも自由に使いこなしてみたい。


「もちろん、チャレンジします」

「よし来た! と言っても私も詳しくは教えられないけど……」


 サミラはそう言いながら本を取り出し、一ページを開いた。


「勇者に関する記録をあさってみたんだけど、【サイコキネシス】は物体に”力”を与えて動かす魔法らしいのよね」


 静止してる物体は慣性の法則に基づき普通は動かない。それに力を与え、強制的に動かすのがこの魔法なのだ。

 ただバーンザックも言ってた通り、与えられる力はMPに比例する。だから今の侑希のMP保有量では戦力になるほどの力を与えられないだろうと言われてた。


(それでも、だよな。僅かにでも力を与えられるのは大きい。それだけでバランスを崩させることもできるかも知れないし)


「この記述を元に、侑希君お得意の”合理的”な魔法を試してみたらどう?」

「は、はい。なら何か、対象になる物体はありませんか?」


 【サイコキネシス】は目的物をともなう魔法だ。何もない無に向かって放つような魔法ではない。

 サミラはそれを聞くなり「任せなさいっ」と言ってどこかへ行き、ものの三十秒で人形らしきものを持って戻ってきた。


「ここはギルドの訓練場。魔法の的になるような物ならいくらでもあるわ!」


 ドヤ顔でボンッと侑希の足元にその人形らしきものを置く。


「え、いやでもこれって……」


 しかしそれを見た侑希はちょっと顔が引きつっている。まるでありえないものを見たような、そんな表情だ。


 何せその人形は、丸みを帯びた体型に、大きな鼻と猫のようなひげ、太めの眉毛、2本の足が付いている。頭に伸びた一本の毛には、赤いリボンが結び付けられている。


「どう考えても、ど〇いさん、じゃねえかぁぁぁーー!?」


 その叫びと共に、侑希の背後に炎と雷が落ちたように見えたのは気のせいだろうか。某超能力少年の仕業でないことを祈ろう。


「ちなみにこの人形も”伝説の勇者”直伝らしいのよ」

「またかぁぁーーっ!!」


 より一層けたましい侑希の叫び声が訓練場に響き渡った。


 それはさておき、


(えーと、これこそ魔力そのものを力に変換させるように考えればいいんだな…… 力を押し当てるのと同じように、魔力を人形に押し当てる感じで……)


 そう考え、更に強いイメージを深層心理に刻み込む。他の魔法を行使するときより鮮やかにイメージが思い浮かぶのは気のせいなのだろうか。


 それにまるで、そのイメージに重なるように精密な魔法陣が現れる。きっとこれが【サイコキネシス】の効果を秘めた魔法陣なのだろう。


(何か、来るっ)


 瞬間、衝撃が頭の中を駆け巡る。脳の奥深くに眠る知識が、一気に引き出されるような、なんとも言えない不思議な感覚にさいなまれる。


 そしてその知識が無意識に魔法を組み立て、それを現象として具現化する!


「━━吹き飛ばせ、力の奔流、【サイコキネシス】!!」


 しかし予想外はここでも起こった。


 轟っ! と音を立てて蒼色に輝く何かが侑希から溢れ出しだのだ。


「っ!? 『魔力視覚化』……すさまじい魔力の流れ!? てマズい!!」


 蒼色の奔流、それは侑希の魔力。


 MPに対して相応の魔力を消費したり魔力を直接作用させるような作業をした時に現れる現象なのだが、まさかこんなところで起こされるとは思っていなかった。

 呆気に取られるサミラだが同時に焦りを覚えた。


「ぐっ……」


 見れば侑希の顔面から血の気が失せていた。


 【サイコキネシス】で想定を超える魔力を流れ出してしまったがタメの魔力枯渇だ。


 術者のMP残量がかなり少なくなるとその症状が現れ、全身の倦怠感を始め寒気、神経麻痺、意識朦朧などを引き起こす。危険な状態だった。


 しかしサミラは焦ることはしない。こういう時こそ冷静を保ち、最善の選択を選ぶ必要がある。

 彼女がギルド職員以上に”魔道師”として一目置かれている存在なのは、人並み以上に臨機応変に対応することができるからだろう。


(回復効率は悪いけど『治癒術師』を呼ぶ余裕なんて無いわね)「侑希君、これを飲んで」


 サミラは念のため、と懐に忍ばせておいたMPポーションを取り出した。特別な薬草から作られる液体で、飲むと魔力を回復することができる優れものだ。

 侑希も気分が悪い中、必死に液体を喉に流し込む。吐き出さないように、喉を締めることも忘れない。


 そうして数分が経った。そのあいだずっと安静にしていた侑希の様子は、、


「うーん…… 大分マシになってきました。ありがとうございます」


 少しは顔に色が戻ってきていた。しかしこのまま訓練を続けるのも危険なので、しばらく安静しておくことにした。


「もう心配させて…… 制御はやっぱり難しかったようね。やっぱり伝説の能力だし、使えるに越したことは無いから、まあ鍛錬あるのみよ」


 そう言ってサミラはふとあることに気が付いた。「ちょっと待って」、と再び言って訓練場の外に出ていく。


 侑希は人形をいじりながら待つこと数分、サミラが帽子を取った姿で戻ってきた。


「気づいたらもうお昼になっていたわ。残念ながら私も仕事があるから、今日のレッスンはここまで。後は自主練するなり何なり、好きにしていいわ」

「あ、了解です。本日はありがとうございました」


 訓練場は攻撃が飛び交うので時計などは配置できない。その影響ですっかりと時間の流れを忘れていたが、気づけばもうそんな時間だったようだ。

 

 侑希はサミラに謝礼を述べて、とりあえずギルドに併設された食堂でお昼ご飯を食べながら何をするか考えることにした。


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